空恋
空を愛しているこの自分の想いは、絶対に外に出すつもりは無かった。家族愛的なほのぼのしたものや、友人愛、親愛のような受け入れやすいものに言葉を変えて、自分の想いの半分さえ伝えられないくらいの断片的で抽象的なものをちょくちょくプレゼントしていた。もちろん、恋に臆病な彼女は自分の感情に気づくはずもなく、平穏な日々を迎えていた。歪んだ想いばかりぶつけられて、人間の醜い部分ばかりを見て傷ついてきた空だからこそ、自分のこの純粋とは言えないドロドロとした感情を目にした時には壊れてしまうなんてことは予想がついていた。
プリンが好きな空。しかし、彼女はカラメルが大嫌いだ。だから、苦いカラメルの部分は自分が食べて、空は甘いところだけを頬張る。おいしいね、なんて無邪気に笑う空を見て自分も微笑む。これでいいのだ。空は甘い部分だけを食べて、自分が苦い部分をもらう。それと同じように、空は優しくて綺麗な世界だけを見ていてほしい。苦くて、辛くて、気持ち悪いものは空には必要ないから自分が全部請け負う。そう思っていたのに。
大好物のプリンでさえ1人で食べられない空が恋をした。自分以外の人に。なんて、こんなこと、信じられるだろうか。
波音に耳をすませて
大学のメンバーで海。仲良い奴らどうしでひたすらビーチバレー楽しんだり水に浸かったりしてたのは楽しかったけど、ひたすらにはしゃぎたい奴らが男だけじゃとかなんとか言い出してそこらへんにいた綺麗な女の子に声をかけたりしたから飲み物を買ってくると適当に言って輪を離れた。せっかく仲良いみんなで来てるのに、知らない人いたら気つかっちゃうし、女の子が嫌いな訳ではないけど、そもそもおれイケメンじゃねーからかわいい子がいてもどうにかなろうとかなれるとかは考えられねーし。砂浜から離れたとこにある自販機で1人分のりんごジュースを買って、人が少なめな岩場の方に歩く。1人抜け出してめんどくさいやつ、というより大人数だから割と自由に離れたり戻ったりとしてるから特段変な行動をしてる訳ではない。ちょっとしたら戻るつもりだし。濡れた足とビーサンがペタペタして気持ち悪い。ちょっと歩いた先の岩場に適当に腰掛けてりんごジュースを飲む。波音と風の音に目を閉じて口の中の爽やかな味を反芻する。今は楽しい。楽しいけど、なんか違う。楽しいけど昔の方が楽しかったよなあと思う。どれだけ海に来たって波の音をじっと聴いていたって、昔から好きなりんごジュースを飲んだって、あの子どもの頃には戻れない。そんな当たり前のことを残念に思いながらぼーっと海を眺めていた。
遠くへ行きたい
深夜二時、思いつきで喋る私、遠くへ行きたいという独り言、二つ返事で車のキーを取り出す君。
クリスタル
夏祭りの時に200円を握りしめて行った宝石つかみどりのお店。ダイヤの形をした水色のやつと、指輪の形をした赤のやつがお気に入り。実家に帰って久しぶりに開けた大事なものを入れる箱。やたら厳重にハンカチにくるんで保管していたこの懐かしのクリスタルたちを発見した。まさか残っているとは思わず懐かしくなって笑みが溢れた。
「あかね、これママからのプレゼント。」
「え?!なにこれ!キラキラしてるー!」
キラキラしたプラスチックの塊を前にして誰よりも嬉しそうな我が子の顔。どんなキラキラしたものよりも子どもの頃の宝物よりも今はこの笑顔が大事だ。
夏の匂い
梅雨が明け始め出すと君が使いはじめる、あの柑橘系の汗拭きシートが夏の匂い。