昨日と違う私
昨日と違う私でいたい。服は昨日来たガーリーなワンピースじゃなくて黒のパーカーをだぼっと着るだけでいい。昨日つけていた繊細なパールが揺れるピアスじゃなくてゴツゴツしたシルバーのピアス。色んな服を着て、色んな髪型にして、色んなアクセサリーをつけて、昨日と違う私を見つけたい。その中で少しでもあの人に「良いね」と言われる自分になりたい。
空に溶ける
空に溶けていく眩い粉たち。繊細なラメをのせた瞼はその大きい目をより輝かせる。肌よりもワントーン明るい白がのせられたその鼻や頬はしっかりと光が入る。慣れた手つきで完成されていくその綺麗な顔に思わず見惚れていたら、こちらの視線と空の怪訝そうな視線がぶつかる。
「そんな見られてたらやりにくいんだけど…」
「ごめん。綺麗だったから……」
「はぁ……どーも。」
また鏡に向き直る空は赤くなった頬に、かわいいピンク色をのせた。
どうしても…
どうしても、あの読み込んだカタログから輝いて見える、ビビッドなピンクのランドセルを背負いたかった。物心ついた頃からピンクやふりふりしたかわいらしいものが好きだった私にとって、そのランドセルは唯一手が届く宝物だった。父子家庭で裕福ではなく、服も持ち物も基本は誰かのおさがり。特に団地の同じ棟の上の階に住む三つ上と五つ上の男子からお下がりの洋服をもらっていたので、幼少期はだいぶボーイッシュな服装をしていた。「うちの家は他の家とは違う」と子どもながらに理解していて、ほとんど会話のない父に反抗する意味もないと妙に達観した子だった。しかし、小学校入学を半年後に控えたある日、父がどこから仕入れてきたか分からない誰かのお下がりの真っ赤なランドセルを私に手渡した。あの日から赤は一番嫌いな色になった。まだ黒でないだけマシだ、と何度も自分に言い聞かせたが、ピンクのそれに丸つけていたカタログは名残惜しくて捨てられなかった。テレビでずっと見ていたアイドルのようにかわいいスカートを履いて鬱陶しいほどのピンクとふりふりを身に纏いたいと思いながら小学校を卒業。卒業式でも袴もふりふりした制服らしい服は着れず、近所の子からもらった着古した赤のTシャツと半ズボンの軽装で卒業証書を受け取った。
まって
まってあまってるいとがからまってしまってるからまってからまってるのとまってくれないのあいまってもっとからまってしまってるからまってまってからからまってるのとくからまっててねそうせまってもこういうときあなたはきまってまってくれないねかまってほしいのもたいがいにしなよわたしがこまってしまうから
待って。余ってる糸が絡まってしまってるから待って。絡まってるのと待ってくれないのあいまってもっと絡まってしまってるから待って。待ってから絡まってるの解くから待っててね。そう迫ってもこういう時あなたは決まって待ってくれないね。構ってほしいのも大概にしなよ。私が困ってしまうから。
まだ知らない世界
駅の西口から出てすぐのところには遊具もあまりない公園と小さなスーパーぐらいしかなく、大きいコンビニや商業施設が近い東口よりも人通りが本当に少ない。家が西口側にある自分にとってはありがたく、電灯がポツポツと灯る帰り道を一人歩いていた。しんとした夜の空気を味わいながら歩いていると、暗闇で目立つ自動販売機の前で学ランを着た少年が佇んでいた。暗い中自動販売機の灯りを頼りに携帯を取り出して前髪を気にするようなそのいじらしさが残業で疲れた体に沁みた。塾帰りの彼女でも待っているのだろうか、付き合いたてなのかな、なんて妄想が膨らむ。遠目にそれを見ながら歩いていた時、自分の後ろから走ってきたサラリーマンがその子に声をかけて共に歩き出した。お、お父さん…?!自分が予想していたかわいらしい中学生女子は現れず、全く違った人が現れたのを見て、自分の想像力の無さをつきつけられた。思春期男子が夜中にお父さんと約束して帰るなんてことはありえるのだろうか、お父さんと会うだけなのに前髪って整えるのだろうか、その子がただナルシストっぽい感じだっただけなのか…?まだ知らない世界が広がっていることを実感した。