もんぷ

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10/27/2025, 11:14:11 PM

消えない焔

 いつの間にか導火線についていた火は、もう燃やすものなんて何も無いはずなのにいつまでも消えてくれない。恋焦がれるなんて比喩だと思っていたのが、どうやら自分よりも賢い先人がこの感情に名前をつけていただけだったらしい。薄暗い部屋には二人の影しか動いていない。自分に被さる彼の目は、ドライヤー終わりのサラサラの髪で見えない。その目にかかるほどの前髪の奥はこちらを捉えているのだろうか。自信が無くて目を逸らす。下手したら自分よりも軽そうな彼の重みを全身で受け止め、今日も夜が更けていく。この行為だけ切り取って見ていたらまるで恋人かのようだと錯覚してしまうのに。恋人とする行為のはずだけど、恋人とでなくてもできてしまうのが世の大人らしい。それに疑問を持つ自分だって、大人の枠組みにはいるはずなのに。
「かわいい。」
自分とは違う地のイントネーションで発されるそれを、素直に受け止められるほど自分は子どもじゃない。だってかわいくないから。誰よりも信じたい人の言葉でさえ信じられない自分なのだから、そりゃ彼にだって愛されないよなぁ。涙が落ちても、そのふかふかの布団の上ではいつものことだから、彼は優しくそれを拾ってからまた続きを進める。消火なんてできない。させてくれない。自分にはもう燃えるものなんて無いはずなのに。ただ燃やされ続けるのをどこか他人事のように思いながら、目の前の愛おしい人の頬に手をやる。その人もいつもより熱を持っていることにホッとしながら目を閉じ、優しい感覚を待つ。いつもどこか危うい関係なのに、続いてしまうのは、続けてしまうのは、確かに消えない火が灯っているから。彼が雑に水を振り撒いて火をつけるのをやめるようになるまで、それはきっと続くだろう。気まぐれでも、遊びでも、本能でも、どんな理由であれ火をつけ続ける彼に傷つけられながら過ごす夜を何度も超えた先にある夢を見ていたい。繋いだ手からも分け合う火を愛おしみながら、明けゆく夜に思考を放棄した。

10/26/2025, 1:22:57 PM

終わらない問い

 自分がなんで生まれたんか、何がしたいんか、何に向かってるんか。そんな答えの出しようのないことばかり考えるのは飽きた。自分が10年後何をしてるとかなんて想像できひんし、そんなことよりも今を楽しくする方が大事やった。友達と笑ってふざけて、なんとなく楽しい方へ行って、おいしい思いをして、一人の家には帰らずにその日その日を甘く過ごして。毎日ストレスフリーにゆらゆら生きてて、なんとかやれている。けど、行為の後の自然現象のようなものでなくても、ふと虚無感に陥って笑顔が消えることがある。元が考えすぎる人間やから、根本のとこは変わってなくて、でも考えても意味がないって分かったからなるべくやめるようにしてる。大量の酒もそう。何も考えなくて済む。煙草もそう。吸ってると自分の中の消えない何かが薄まる気がする。調子の良い言葉や行動もそう。求められたら満足させる言葉を言って、自分が支配してる気になって随分心が落ち着く。まぁ、そのどれもが自分をすり減らしてるってことは分かってるけど、やめられない。どうせはいつかみんないなくなる。自分のそれが少し早くなろうがなんでもいいじゃないか。そもそも自分に興味を持たないで欲しい。これからもずっと一緒にいてほしいとか、今度はもっとこうしてほしいとか、やめて。本当に面倒くさい。今が楽しければ良いやん。今を満たしてあげてるんやから、それで満足してや。これからなんて無いで。勝手にそっちの未来に俺を入れんな。勝手に詮索すんな。中身が無いってバレるんが怖いねん。

 あぁ、その点、こいつは楽やわ。絶対に踏み込んでこーへん。自分のことで手一杯やから。始まりはいつだっただろうか。一回きりで終わらせることしかしない自分がこんなにも何度も会う相手は相当限られている。こいつは、すぐ塞ぎ込んで、終わりのないような問いに馬鹿みたいに向き合って、何事にも不器用で。昔の自分みたい。生きたいって抗うくせに、取り返しのつかないその決断をいとも簡単にしようとして。本当に昔の自分と似ている。あほやなぁ、ゆっくりすり減らしてく方が楽やのに。急いでどっか行こうとしても痕がつくだけでそう簡単にはいなくなれへんねん。見ない間に痛々しい線の痕が増えてしまったその腕を掴んでベッドへ押し付ける。ほら、こんなに弱々しいのに今だってどくどくと脈は動いている。そんな弱々しい腕を押さえつける自分の腕に、もうすっかり昔のものになったのに綺麗にはなってくれないその部分が見えて嫌になる。何も知らなそうな、幸せそうに生きてきた女の子たちが、いつも長袖で隠していた自分の腕を見るたびに悲痛そうな表情をする。そして、「わかるよ。しんどいよね」とか、「その部分も私が癒すよ」とか、そういう見当違いな言葉を放つ。馬鹿馬鹿しい。俺がどんな思いでこんなんしてんのか分かるわけ無いやろ。お前なんかで傷が癒える訳無いねん。聞きたくもない言葉を放つ口を適当に塞ぎ、諸々を丸め込む。そんな自分の得意技を繰り出さずに済むこいつは愛おしくてたまらない。どこを見ているかさえわからないその目が綺麗で、しっかり動いている鼓動が心地良くて、何も求めてこないのがもどかしくて。
手を弱々しい腕から相手の指へ移動させて絡める。その脆さを分け合って、境目が分からないように溶けていく。繋いだ手は最後までずっと離さない。すぐに自分を傷つけようとするこいつを放っておけないとかいう上から目線の行動ではない。普段の他の人の行為はその支配にも近い、一つ上から主導権を奪うことをしているが、あくまでもこいつとのこれはただの傷の舐め合い。増えた線をただただ慈しみ、それでも生きていることを分かち合い、どこにも行けずに一緒に堕ちていく。運命だとかそれらしい自分の言葉を鵜呑みにして、いつか二人でそこへ行けたらどれだけ幸せやろう。そこまであと何年かかるんか。なんて、終わらない問いを頭からかき消しては、目の前の視界を愛おしい人でいっぱいにする。

10/26/2025, 9:59:48 AM

揺れる羽根

 同じシャンプーとリンスで、ドライヤーも適当に終わらせるくせに、常時発生しているあの天使の輪は何かの嫌味なのだろうか。ドラッグストアでシャンプーとリンスを眺めていたら、思考の真ん中にいた男の現物が奥の方からやってきた。詰め替え用のやつがあんまり安くないしこっちに変えても良いかと聞くとすぐに了承された。お会計を終え、大きなカバンを持って隣を歩く彼の姿を見る。ブリーチを繰り返して色素の抜けた金髪に、ぱっちりとした目と高い鼻。純日本人であるとは信じ難いほどに、日本人離れした顔の整い方は、もはや彫刻だ。
「ん?」
ずっと見ていたこちらに気づき、優しく微笑まれた。白いダボっとしたスウェットに黒いズボンというシンプルな出立なのに、それだけでも様になるスタイルに嫌気がする。
「あ、排水溝ネット買わな。100均行こ?」
その綺麗な口角から出る言葉は割と庶民的で、長年の付き合いの自分からそれがうつってしまったのかと思うとどこか申し訳ない。しかし、生きるためには必要なことだ。行きつけのショッピングモール内で勝手を知り尽くした100均。先週来た時よりも季節のコーナーが変わっていて今はハロウィンらしい小物やらがたくさん置いてあった。特に何かをするって予定は無いし、イベントごとにいちいち浮かれるような時期も過ぎたけど、なんとなくその棚の前に足を運ぶ。
「あ、これかわいい。」
とか言いながら目の前の男はカボチャの置物なんかを手に取っている。そんな中、ふと目についたのはサンプルの白い天使の輪のカチューシャ。何の気なしにそれを彼の頭にあてがう。急に頭に何かをつけられているのに当たり前のように受け入れ、どう?とかわいらしくポーズをとっていた。うん…なんか分かってたけど似合い過ぎている。あるはずのない白い羽根が揺れている。ただかわいいだの似合うだの言えば調子に乗るのは確実なので微妙な反応を返す。
「えー、じゃあそっちはこれな。」
そう言って手に取ったのは黒いふわふわの猫耳のカチューシャ。完全に自分には似合わないやつ。
「嫌なんだけど。」
「絶対かわいいから!お願い。」
つけるまで買い物に戻れなそうだったから仕方なくつける。棚の上に置いてあった鏡に映った自分はひどい顔。大体休みの日に買い物するだけのダル着だし、髪もセットしてないし、嫌々だからひどい顔。ほら、かわいいわけがないと文句を言おうとした途端、シャッターの音が響いた。彼はしてやったりの顔。そこで、彼はやはり天使の顔をした悪魔であると理解した。

10/22/2025, 12:21:21 PM

予感

 大抵自分の予感って当たる気がする。うわ、なんか明日寝坊しそうとか思ってたら案の定するし、食べたい数量限定のものは大抵食べれないし、何か嫌な役割のじゃんけんはほとんど負ける。良い予感は当たらないくせに。そんなこんなで嫌な予感はするものの全く回避する術は無く、人よりもちょっとだけ損な役回りをすることが増えていた。終わらない…と呟く自分に対して彼は背中を軽く叩いた。
「どーんまいっ」
この世の終わりのような顔をしている自分に対して、彼はくくっと軽く笑いながらコーヒーに口をつけた。当たり前のように飲んで「え、これおいしっ」なんて言ってるけど、それ、自分のなんだけど……とか恨み言を言ってる暇はない。えーと、資料資料。明日に控えたパワーポイント資料。今日に限って電車も遅延せずに寝坊だけして重役出勤した1限目は、発表資料を制作する授業だったらしく、振り分けられた数人のグループに入って作業をしていた。が、もちろん遅れてきた自分のパートを作り終えることができず、申し訳なさから自分で提出役を名乗り出たものの、他の授業ではじゃんけんで負けてグループディスカッションで司会役をすることになって、内職も全然できず放課後を迎えた。パワーポイントの提出期限は今日の19時。だから、この人の不幸を嘲笑うような男の相手を程々にしながら、必死にパソコンに向き合ってるのに結局全然終わらない。いや、確かに寝坊した自分も悪いけどさ…朝弱いんだもん……
「もう無理…」
あと提出まで20分。涙目になってきたところで彼は少し眉を顰めて見せてと言ってきた。
「ほとんどできてるやん。この部分は口頭でいけるやろ。ほら、あとここだけ打っておしまいでいいんちゃう?」
「え、あ、そっか…」
言われた通りに要所をカタカタと打ち込んでなんとか形を仕上げる。さっきまで自分が悩んでいたのは何だったのかというほどスムーズに終わった。そうだ、この男はそういう人だ。しっかり一限にも間に合っているし、遅れてやってきた自分を笑いながら迎えている頃には、彼のパートを打ち込み終わっていた。憎たらしいくらいに、要領の良い奴。損な役回りをのらりくらりとかわしつつ、やるべきことは早々に終わらせて、自身が得をする方へ物事を進める。自分とは正反対。
「うん、ええやん。良い感じ。早よ提出して帰ろ?」
そもそも何もかもが正反対。朝が弱い自分、早起きが得意な彼。ごくごく平凡な容姿の自分、天性の美貌を持つ彼。セール品を吟味する自分、裕福な家に生まれた彼。人見知りばかりする自分、交友関係の広い彼。要領の悪い自分、要領の良い彼。なんでこんなに不公平なんだろう。
「よし、できた。」
なんとも言えない気持ちで提出ボタンを押して、しっかりと時間内に提出。はぁ、良かった、終わった。
「おつかれ。はい、これ。」
「え…これ、」
「前、最後の一個目の前で終わったー言うてて落ち込んでたやん?あげる。」
手渡されたのは有名店の毎日数量限定で焼かれるチーズケーキ。結構朝早く並ぶやつで、並んだとしても買えるか分かんないやつなのに。
「わざわざ並んでくれたん…?」
「そう。朝苦手な恋人のためにわざわざ並んであげたんやから感謝しーや?」
「ありがとう!めっちゃ嬉しい。」
「うん。それにさ、やっぱ朝電話すんのやめへんほうがいいんちゃう?また遅刻すんの嫌やろ?」
「…はい。本当にそうだわ。」
朝から電話なんてなんか小っ恥ずかしいとか思ってたけど無いとこのザマだもん。仕方ない。家に着いてチーズケーキを頬張りながら二人でドラマを観る。良い予感なんて当たらないけど、この人と一緒に過ごしていくという予感だけはなんだか当たる気がする。

10/21/2025, 11:48:36 AM

friends

 あの人から見たら、自分は友達で、あの子も友達で、彼も友達で、自分とあの子も彼もみんな友達同士。あの人が見る世界はそんな平和なもので、絵本にだってできそうな関係性だ。ところがどっこい、現実は甘くない。もちろん、仲が良いのは大前提で、誰かが嫌いだとかそういうことは無いんだけど。きっと自分やあの子から見る世界とは180°違うから。

 自分から見たあの人は、ちょっと特別な友達。何もかもをさらけ出して、あっちも何もかもをさらけ出してくれる距離の近い友達。多分親友って言葉が一番近いんだけど、それよりもちょっと特別っていう関係性。自分から見た彼は、大好きで大好きで大好きな友達。もうほんっとーにかっこよくてずーっと付き合いたい!ってアピールしてんのに普通にあしらわれてる。塩対応だけどそこもまた好きなの!そして、自分から見たあの子は、ちょっと特殊な友達。これはまた後で。

 あの子から見たら彼はちょっと特別な友達。一緒に悪巧みしてあの人をからかったり、何か自然と彼の隣をゲットしている。みんなの年下という権利を最大限活用してかわいこぶっちゃってさぁ。彼もそれを普通に受け入れて、自分のことは遠ざけるくせにさ、もうひどい。そんなあの子から見たあの人は、大好きなのに素直に言えない友達。小学生によくある、好きな人をからかったりするあれ。もう本当小学生じゃないのによくやるよ。まだそういうところに幼さが見える。でも、だからこそあの人と仲良い自分は気に食わないらしい。何かと噛みついてきて、さらには当てつけで彼の隣を陣取る。

 だから、そんなあの子から見た自分は、ずっと追いかけっこをしてお互いにないものを欲しがる友達。あの人と彼には見えない火花を散らしながら今日もお互いに牽制し合う友達。その牽制も追いかけっこもすごく楽しいけどヒートアップしたら結構面倒で。あの人と彼さえいなければすごく平和で楽しい、最高の友達!

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