予感
大抵自分の予感って当たる気がする。うわ、なんか明日寝坊しそうとか思ってたら案の定するし、食べたい数量限定のものは大抵食べれないし、何か嫌な役割のじゃんけんはほとんど負ける。良い予感は当たらないくせに。そんなこんなで嫌な予感はするものの全く回避する術は無く、人よりもちょっとだけ損な役回りをすることが増えていた。終わらない…と呟く自分に対して彼は背中を軽く叩いた。
「どーんまいっ」
この世の終わりのような顔をしている自分に対して、彼はくくっと軽く笑いながらコーヒーに口をつけた。当たり前のように飲んで「え、これおいしっ」なんて言ってるけど、それ、自分のなんだけど……とか恨み言を言ってる暇はない。えーと、資料資料。明日に控えたパワーポイント資料。今日に限って電車も遅延せずに寝坊だけして重役出勤した1限目は、発表資料を制作する授業だったらしく、振り分けられた数人のグループに入って作業をしていた。が、もちろん遅れてきた自分のパートを作り終えることができず、申し訳なさから自分で提出役を名乗り出たものの、他の授業ではじゃんけんで負けてグループディスカッションで司会役をすることになって、内職も全然できず放課後を迎えた。パワーポイントの提出期限は今日の19時。だから、この人の不幸を嘲笑うような男の相手を程々にしながら、必死にパソコンに向き合ってるのに結局全然終わらない。いや、確かに寝坊した自分も悪いけどさ…朝弱いんだもん……
「もう無理…」
あと提出まで20分。涙目になってきたところで彼は少し眉を顰めて見せてと言ってきた。
「ほとんどできてるやん。この部分は口頭でいけるやろ。ほら、あとここだけ打っておしまいでいいんちゃう?」
「え、あ、そっか…」
言われた通りに要所をカタカタと打ち込んでなんとか形を仕上げる。さっきまで自分が悩んでいたのは何だったのかというほどスムーズに終わった。そうだ、この男はそういう人だ。しっかり一限にも間に合っているし、遅れてやってきた自分を笑いながら迎えている頃には、彼のパートを打ち込み終わっていた。憎たらしいくらいに、要領の良い奴。損な役回りをのらりくらりとかわしつつ、やるべきことは早々に終わらせて、自身が得をする方へ物事を進める。自分とは正反対。
「うん、ええやん。良い感じ。早よ提出して帰ろ?」
そもそも何もかもが正反対。朝が弱い自分、早起きが得意な彼。ごくごく平凡な容姿の自分、天性の美貌を持つ彼。セール品を吟味する自分、裕福な家に生まれた彼。人見知りばかりする自分、交友関係の広い彼。要領の悪い自分、要領の良い彼。なんでこんなに不公平なんだろう。
「よし、できた。」
なんとも言えない気持ちで提出ボタンを押して、しっかりと時間内に提出。はぁ、良かった、終わった。
「おつかれ。はい、これ。」
「え…これ、」
「前、最後の一個目の前で終わったー言うてて落ち込んでたやん?あげる。」
手渡されたのは有名店の毎日数量限定で焼かれるチーズケーキ。結構朝早く並ぶやつで、並んだとしても買えるか分かんないやつなのに。
「わざわざ並んでくれたん…?」
「そう。朝苦手な恋人のためにわざわざ並んであげたんやから感謝しーや?」
「ありがとう!めっちゃ嬉しい。」
「うん。それにさ、やっぱ朝電話すんのやめへんほうがいいんちゃう?また遅刻すんの嫌やろ?」
「…はい。本当にそうだわ。」
朝から電話なんてなんか小っ恥ずかしいとか思ってたけど無いとこのザマだもん。仕方ない。家に着いてチーズケーキを頬張りながら二人でドラマを観る。良い予感なんて当たらないけど、この人と一緒に過ごしていくという予感だけはなんだか当たる気がする。
10/22/2025, 12:21:21 PM