消えない焔
いつの間にか導火線についていた火は、もう燃やすものなんて何も無いはずなのにいつまでも消えてくれない。恋焦がれるなんて比喩だと思っていたのが、どうやら自分よりも賢い先人がこの感情に名前をつけていただけだったらしい。薄暗い部屋には二人の影しか動いていない。自分に被さる彼の目は、ドライヤー終わりのサラサラの髪で見えない。その目にかかるほどの前髪の奥はこちらを捉えているのだろうか。自信が無くて目を逸らす。下手したら自分よりも軽そうな彼の重みを全身で受け止め、今日も夜が更けていく。この行為だけ切り取って見ていたらまるで恋人かのようだと錯覚してしまうのに。恋人とする行為のはずだけど、恋人とでなくてもできてしまうのが世の大人らしい。それに疑問を持つ自分だって、大人の枠組みにはいるはずなのに。
「かわいい。」
自分とは違う地のイントネーションで発されるそれを、素直に受け止められるほど自分は子どもじゃない。だってかわいくないから。誰よりも信じたい人の言葉でさえ信じられない自分なのだから、そりゃ彼にだって愛されないよなぁ。涙が落ちても、そのふかふかの布団の上ではいつものことだから、彼は優しくそれを拾ってからまた続きを進める。消火なんてできない。させてくれない。自分にはもう燃えるものなんて無いはずなのに。ただ燃やされ続けるのをどこか他人事のように思いながら、目の前の愛おしい人の頬に手をやる。その人もいつもより熱を持っていることにホッとしながら目を閉じ、優しい感覚を待つ。いつもどこか危うい関係なのに、続いてしまうのは、続けてしまうのは、確かに消えない火が灯っているから。彼が雑に水を振り撒いて火をつけるのをやめるようになるまで、それはきっと続くだろう。気まぐれでも、遊びでも、本能でも、どんな理由であれ火をつけ続ける彼に傷つけられながら過ごす夜を何度も超えた先にある夢を見ていたい。繋いだ手からも分け合う火を愛おしみながら、明けゆく夜に思考を放棄した。
10/27/2025, 11:14:11 PM