もんぷ

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3/24/2025, 12:47:17 PM

もう二度と

 もう二度と会わないような人には明るく優しく振る舞うことができる。最寄りではないコンビニの店員さんとか、道を聞いてきた外国人観光客とか、旅行先で写真を撮ってもらうようにお願いしてきたカップルとか。普段とは別人のように明るく元気にハキハキと受け答えができる。ただ、それに二度目があるとぼろが出てしまうのだ。コンビニの店員さんに「いつもありがとうございます。良い天気ですね。」と話しかけられるときょどってしまうし、外国人観光客が「アリガトウ!今度あなたが故郷に来た時は案内するよ!」とカタコトで言われても苦笑いしか返せないし、あのカップルらしき人が「○月×日△△でこの写真を撮ってくれた親切な方を探しています!」とTikTokをあげていたら背筋が凍る。その場限りのキャラ作りが得意なだけで中身がそれに伴っていない。ああ、人生向いていないなと思う。けど、この生き方しか知らないからこの生き方をするしかない。自分の剥がれかけたキャラを丁寧に貼り直して、ぼろが出たところは綺麗に掃除して無かったことに。誰が見てもキャラか本当か分からないくらいに作り上げたその理想像を自分のものとした時に、きっともう二度と自分の惨めさ感じないようになるだろう。

3/23/2025, 1:59:02 PM

雲り

 部屋を片付けていると小学校の頃の夏休みの絵日記が出てきた。よくこんなの残っていたなと開けてみると幼い頃の自分の汚い字と独特の絵。長野のおじいちゃんの家に行ったこと、花火を見たこと、プールに行ったこと。全てうっすらと覚えているようであんまり覚えていない記憶にページを進める手が止まらない。途中、力尽きたのか絵も明らかにやる気のない棒人間で、ほとんど寝てましたなんて書いてある日があった。自分らしいなと鼻で笑いながら先生のコメントの欄を見る。一つ一つに当たり障りのない「良かったですね」や「次は頑張りましょう」とか書いてあったが、これにはどう反応するか。

「雲りではなく曇りです」

 見ると天気の欄には自分の汚い字で「雲り」の文字。ツッコむところがそこしかなかったのだろう。先生も大変だ、なんて思っていたらふとこの絵日記が返ってきた時の記憶が思い出された。得意げに書いた雲の漢字。みんながひらがなで書いているくもりを漢字で書ける自分がかっこいいと思っていたが、達筆な先生の字で書かれた「曇り」の文字は自分が想像していた「くもり」や「雲り」よりもおどおどしい雰囲気が感じられて怖かった。そこで初めて自分の小ささを知った。

3/23/2025, 8:01:39 AM

bye bye…

 部活終わり、後輩と二人で帰路に着く。学校から家までの距離が自分より近い後輩は歩き、自分は自転車。自転車を押すために自然と車道側を歩く自分だがレディファーストとかを意識している訳ではない。確かに後輩は女で、自分は男。学校帰りに二人で歩いているのを見られるとカップルかなんかだと勘違いされてもおかしくはないが、断じてそんな関係性ではない。かわいい後輩に手は出せない。かわいい後輩といっても容姿的なかわいいではなくて、いや、普通に容姿もかわいいんだろうけど、そういう意味ではなくて…いや、何考えてんだ。というか、普通に仲が良いだけでそんなカップルとかいう男女の枠組みに入れられるのは若干腹立たしい。これがどっちかの性別が違ったら何も言われないのに。

「じゃあ先輩また!」
「はい、ばいばい。」
自分がそんなどうでもいいことを考えている間に後輩の家に着いた。大きな一軒家、羨ましい〜なんて思いながら適当に手を振って帰ろうとする自分を後輩は呼び止めた。
「違います。"またね"です!」
「…え、なに、一緒だろ。」
最初言っている意味が分からなかったが、どうやら後輩はまたねではなくバイバイと言ったことに引っかかっていたらしい。

「全っ然違いますよ!また会いましょうっていう言葉で安心する人もいるんです。自分がまた会いたいって思ってる相手がそう思ってないと悲しいでしょう?またねって言ってばいばいだけ返されると冷たいんですよ。」
「…そう?」
「そうですよ!先輩、またね。」
「はいはい。またね。」
そのこだわりはよく分からないが後輩にとっては大事なものだったらしい。そもそも先輩にまたねは若干馴れ馴れしくないかとか色んな思いはあるが、またねと言わないと帰らせてくれなそうなので言った。すると満足そうに彼女は笑顔を見せて家に入っていった。




「…ですよね。いや、わかってましたよ。」
「……ごめん。」
「や、こっちこそ困らせてごめんなさい…あ、じゃあ私明日仕事早いしそろそろ帰らなきゃなんで。じゃあ、先輩…ばいばい……」
頭をずしんと殴られた感覚がした。自分は彼女にそういう好意を抱いてはいなかったから、想いに応えられないと告白を断ったくせに、またねと言われなかったらすごく寂しい。彼女が言っていた意味が数年ぶりに分かった。また会いたい人にばいばいと言われる。それも、またねの意味に拘っていた人に。自分の身勝手さを痛感しながら固い意志で口を開いた。
「またね。」

3/21/2025, 9:53:32 AM

手を繋いで

 先生の手は、私の手よりも随分大きくてやけに熱を持っていた。私なんかよりもずっと長く生きているのに繋ぎ方がぎこちない。それがあまりにもかわいらしくて思わず口角があがった。
「…はい、これで満足?」
「まだです。」
「……はぁー、さすがに見つかったらまずいからさ。そろそろいいでしょ?」
「まだ。」
口元のニヤけを隠しきれない私とは違い、先生は辺りをずっとキョロキョロしながら不安そうな表情を浮かべている。私とて好きな先生に職を失ってほしいとは思っているほど歪んではいない。こんな時間にこんな教室に誰も来る訳は無いと分かっているから実行に移しているのに、本当に先生は心配性だ。慎重派で真面目。民衆が想像する模範の教師像そのままのような人。なのに、細かいところが抜けてて詰めが甘い。だから、こういう人間に足元を掬われてしまうのだ。弱みともいえないような弱みだが、先生にとっては他の人に知られてほしくないことだったらしい。なんでもするから黙っててほしいと懇願する先生の表情はすごくかわいかったなー。でもなんでもするなんてあんまりペラペラ言うもんじゃないですよ。私以外だったら何をさせられてたか分かったもんじゃないでしょう。そう考えたら私のお願いなんてかわいいものでしょう?ねぇ、先生。

3/19/2025, 2:14:16 PM

どこ?

 いまどこ?なんていう端的なLINE。本当は返すのを遅くして焦らすなんていうテクニックを使いたいところだが、私が返すのが遅いと彼はきっと"次の子"に送ってしまうから。仕方なく画面を開いて"家"とこちらも端的な返事を送る。"きて"の2文字の通知を見てからベッドから体を起こして、私には大きすぎる彼のスウェットと穿いているのが見えないぐらいのショートパンツに着替えて、適当なキャップを被ってサンダルに足を通す。秋に入ってからますます夜は寒いがそんなことはどうでもいい。どうせ明日の朝には気温も上がっているから、今だけ我慢すれば良い話。かわいく見える最低限のメイクのチェックを終えてから携帯財布鍵Suicaだけ持って家を飛び出す。

「おそい。もっとはやく来てよー。」
連絡が来てから30分以内に家を出たのを褒めてほしいのに、目の前の男は不満げだ。
「もっとはやく来なきゃ次の子に連絡するんでしょ。」
「…なにそれ?信用ないね、おれ。」
ちくりと刺すような言葉を言ったのに彼はへらへらと笑いながら私の首に手を回す。笑ってとぼけるくせに否定はしないことに心底腹が立つ。こんだけ急いできてやったのに、きっと私は彼の一番ではない。前から何番目かの一人で、おそらく、後ろにもまだ何人も続く。その意識が頭をチラついてめまいがしそうだ。
「…この前他の子といたでしょ?駅の近くで見たんだけど。」
「んー?見間違いじゃね?大丈夫だって。信じてよ。」
私がおまえを見間違える訳が無いだろ。私があげた限定のスニーカー履いてどこのホテル消えてったんだよ。嘘つき嘘つき嘘つき。てかあんな化粧濃い奴に私負けたの?ありえないんだけど。吐きそう。気分悪い。言いたいことも、感情も、涙も、溢れて止まらないのに、それらを全て責め立てる前に彼は私を宥めるように頭を撫でながら口を閉じさせる。いつもこうだ。口を奪い、思考を奪い、心を奪う。全て返してくれる気も、帰してくれる気もさらさらない。疲れて大人しくなった私を見て満足げに笑う彼は本当に悪い顔をしている。ああ、早く夜が明けますようにと願って目を閉じた。

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