bye bye…
部活終わり、後輩と二人で帰路に着く。学校から家までの距離が自分より近い後輩は歩き、自分は自転車。自転車を押すために自然と車道側を歩く自分だがレディファーストとかを意識している訳ではない。確かに後輩は女で、自分は男。学校帰りに二人で歩いているのを見られるとカップルかなんかだと勘違いされてもおかしくはないが、断じてそんな関係性ではない。かわいい後輩に手は出せない。かわいい後輩といっても容姿的なかわいいではなくて、いや、普通に容姿もかわいいんだろうけど、そういう意味ではなくて…いや、何考えてんだ。というか、普通に仲が良いだけでそんなカップルとかいう男女の枠組みに入れられるのは若干腹立たしい。これがどっちかの性別が違ったら何も言われないのに。
「じゃあ先輩また!」
「はい、ばいばい。」
自分がそんなどうでもいいことを考えている間に後輩の家に着いた。大きな一軒家、羨ましい〜なんて思いながら適当に手を振って帰ろうとする自分を後輩は呼び止めた。
「違います。"またね"です!」
「…え、なに、一緒だろ。」
最初言っている意味が分からなかったが、どうやら後輩はまたねではなくバイバイと言ったことに引っかかっていたらしい。
「全っ然違いますよ!また会いましょうっていう言葉で安心する人もいるんです。自分がまた会いたいって思ってる相手がそう思ってないと悲しいでしょう?またねって言ってばいばいだけ返されると冷たいんですよ。」
「…そう?」
「そうですよ!先輩、またね。」
「はいはい。またね。」
そのこだわりはよく分からないが後輩にとっては大事なものだったらしい。そもそも先輩にまたねは若干馴れ馴れしくないかとか色んな思いはあるが、またねと言わないと帰らせてくれなそうなので言った。すると満足そうに彼女は笑顔を見せて家に入っていった。
「…ですよね。いや、わかってましたよ。」
「……ごめん。」
「や、こっちこそ困らせてごめんなさい…あ、じゃあ私明日仕事早いしそろそろ帰らなきゃなんで。じゃあ、先輩…ばいばい……」
頭をずしんと殴られた感覚がした。自分は彼女にそういう好意を抱いてはいなかったから、想いに応えられないと告白を断ったくせに、またねと言われなかったらすごく寂しい。彼女が言っていた意味が数年ぶりに分かった。また会いたい人にばいばいと言われる。それも、またねの意味に拘っていた人に。自分の身勝手さを痛感しながら固い意志で口を開いた。
「またね。」
手を繋いで
先生の手は、私の手よりも随分大きくてやけに熱を持っていた。私なんかよりもずっと長く生きているのに繋ぎ方がぎこちない。それがあまりにもかわいらしくて思わず口角があがった。
「…はい、これで満足?」
「まだです。」
「……はぁー、さすがに見つかったらまずいからさ。そろそろいいでしょ?」
「まだ。」
口元のニヤけを隠しきれない私とは違い、先生は辺りをずっとキョロキョロしながら不安そうな表情を浮かべている。私とて好きな先生に職を失ってほしいとは思っているほど歪んではいない。こんな時間にこんな教室に誰も来る訳は無いと分かっているから実行に移しているのに、本当に先生は心配性だ。慎重派で真面目。民衆が想像する模範の教師像そのままのような人。なのに、細かいところが抜けてて詰めが甘い。だから、こういう人間に足元を掬われてしまうのだ。弱みともいえないような弱みだが、先生にとっては他の人に知られてほしくないことだったらしい。なんでもするから黙っててほしいと懇願する先生の表情はすごくかわいかったなー。でもなんでもするなんてあんまりペラペラ言うもんじゃないですよ。私以外だったら何をさせられてたか分かったもんじゃないでしょう。そう考えたら私のお願いなんてかわいいものでしょう?ねぇ、先生。
どこ?
いまどこ?なんていう端的なLINE。本当は返すのを遅くして焦らすなんていうテクニックを使いたいところだが、私が返すのが遅いと彼はきっと"次の子"に送ってしまうから。仕方なく画面を開いて"家"とこちらも端的な返事を送る。"きて"の2文字の通知を見てからベッドから体を起こして、私には大きすぎる彼のスウェットと穿いているのが見えないぐらいのショートパンツに着替えて、適当なキャップを被ってサンダルに足を通す。秋に入ってからますます夜は寒いがそんなことはどうでもいい。どうせ明日の朝には気温も上がっているから、今だけ我慢すれば良い話。かわいく見える最低限のメイクのチェックを終えてから携帯財布鍵Suicaだけ持って家を飛び出す。
「おそい。もっとはやく来てよー。」
連絡が来てから30分以内に家を出たのを褒めてほしいのに、目の前の男は不満げだ。
「もっとはやく来なきゃ次の子に連絡するんでしょ。」
「…なにそれ?信用ないね、おれ。」
ちくりと刺すような言葉を言ったのに彼はへらへらと笑いながら私の首に手を回す。笑ってとぼけるくせに否定はしないことに心底腹が立つ。こんだけ急いできてやったのに、きっと私は彼の一番ではない。前から何番目かの一人で、おそらく、後ろにもまだ何人も続く。その意識が頭をチラついてめまいがしそうだ。
「…この前他の子といたでしょ?駅の近くで見たんだけど。」
「んー?見間違いじゃね?大丈夫だって。信じてよ。」
私がおまえを見間違える訳が無いだろ。私があげた限定のスニーカー履いてどこのホテル消えてったんだよ。嘘つき嘘つき嘘つき。てかあんな化粧濃い奴に私負けたの?ありえないんだけど。吐きそう。気分悪い。言いたいことも、感情も、涙も、溢れて止まらないのに、それらを全て責め立てる前に彼は私を宥めるように頭を撫でながら口を閉じさせる。いつもこうだ。口を奪い、思考を奪い、心を奪う。全て返してくれる気も、帰してくれる気もさらさらない。疲れて大人しくなった私を見て満足げに笑う彼は本当に悪い顔をしている。ああ、早く夜が明けますようにと願って目を閉じた。
大好き
「大好きだよ」
画面越しに囁かれた愛の言葉に思わずため息が漏れる。それは言葉の意味をそのまま受け取った恍惚の意味のため息ではなく、現実とのギャップに対する辟易の意味。
大好きなあのアイドルからの愛の言葉、嬉しいはずなのに素直に受け取れなくなったのはいつからだろう。ライブに行ったら他のファンと同じように甲高い悲鳴を挙げる以外の選択肢は無いが、ここがとっ散らかったアパートの一室ならそうは行かない。さっき食べたカップラーメンのゴミだとか、干しっぱなしの毛玉だらけのアウターだとかがやけに現実に引き戻してくる。明日もまた仕事かー、とか、来週の友達の結婚式の出費が地味に痛いなー、とか。考えたくないことばかりが頭を埋め尽くして素直に画面越しのライブを楽しめない。彼は汗さえもキラキラしてるのに私はメイクもほとんど落ちてボロボロ。彼は一つずつ夢を叶えてたくさんのステージに立って皆に愛の言葉を伝えるが、私は一つの仕事をこなすのにもたくさん時間がかかるし、口を開けば謝罪の言葉ばかり。学生の頃はたくさん訪れていたライブも今やオンラインばかり。平日になんて行けやしない。彼のためにと気合を入れていた化粧も服も髪も爪も、オフィスカジュアルを提唱する職場には一つもそぐわない。何年前かのあのライブツアー、最前列で、あれは絶対に私を見て彼が言った「大好きだよ」の言葉。彼が今、私の目の前に現れても、同じ顔で、同じ温度感で、「大好きだよ」と囁けるだろうか。いや、無理だろう。きっと引き攣ってるだろう。いや、やっぱプロだから言えるのかな。なんて悶々と考えては、まだキラキラとした画面が広がる中、ソファの上で重たくなった瞼を閉じた。
叶わぬ夢
女子高生の夢。それは彼氏が欲しいということ。
「ねぇ、彼氏欲しいー!」
「香奈は高望みしなきゃできるでしょ。」
高望み。その言葉は、私が今好きな人と結ばれるのは難しいということを暗に示していた。恨めしさを込めて睨みつけるも、楓は気にしていないようにトイレの鏡で前髪を直していた。
「じゃあ楓は愛しの山本くんとどうなのよ?前委員会終わりに話してたじゃん」
「ちょ、こんなとこで辞めてよ。誰か今トイレ来たら聞かれるじゃん。てか本当やめてよ?あの下駄箱で待ってた時もずっとニヤニヤしちゃってさー、バレたらどうしてくれんの。」
「あはは、ごめんって!」
さっきの楓の言葉に思わず腹がたったが、意外とそれは的を得ている。なぜなら、私は、割とモテるから。こんなことを言っちゃなんだが、昔から顔だけは褒められることが多かったし、自分がかわいいと自覚してからそれをより追求するために色々努力をしている。もちろん女優やアイドルのような突出したかわいさではないことは分かっているが、クラスや学校の中ではまあまあかわいいのではないかと密かに思っている。対して、私の好きな人は、本物のイケメンだ。本当に芸能人レベル。最近人気のアイドルに似てる。幼少期の頃から一緒なのに、未だにこんなかっこいい人間はいるのかと度々驚かされる。彼に似たアイドルを好きになってしまうぐらい彼に恋焦がれているのだが、いまいち進展はない。仲の良い女友達兼幼馴染どまり。はー、辛。まあ幸いなことに彼は他に彼女を作るような気配も無いのでそこは安心だが。長期戦だなー。てか、もうかれこれ5歳?とかから好きだから…12年の片思い?長い長い。どんなスポーツでもこんな長期戦無いでしょ。だるっ。もうこんな希望のない人にうつつを抜かさず、私を好きだと言ってくれる人に素直になれたらどれほど良いことか。そんなのとっくにわかってるのに。でも無理。もう、貴重なキラキラJKライフを彼氏なしで棒に振るんだから責任取って結婚してくれよー。無駄な通知ばかり来る携帯画面を見てはぁーと長いため息を吐いた。