心のざわめき
風鈴も揺れないくらいの小さな心のざわざわが次第に大きくなり、その奥底にめきめきと立派な根を成した。
たいして仲良くもない彼女を目で追ってしまうのは、彼女がただ単純にかわいらしくてその一挙一動に癒されるからだと思っていた。仲良くなってからもそれは一緒で、彼女に親友だと位置付けられるほど近い距離になってもそのかわいらしいという最初の感情は消えなかった。むしろ色々な一面を知るにつれ、その全てを愛おしいと感じるようになった。明らかに他のどんな友達とは違う感情を持っていると気づいた時には、もうしっかりとした根が張られていたからどうしようもなかった。
この気持ちを伝えることは一生無いと思っていたし、伝えたからって自分が夢見た将来にはならないと分かっていた。そんなのとっくに分かっていたはずなのに、彼女がパートナーと幸せになると聞いた時は全てを投げ出したくなるくらい狂いそうだった。立っていることもままならなくて、涙も怒りも全ての感情がぐわんぐわんと揺れ動いて、頭がおかしくなりそうだった。心に張った根はめきめきと大きな木になり、自力で切り倒すのには難しくなるくらいまで育っていたのに、彼女の一声で天変地異が起きたかのようにざわざわと荒れた。葉が落ち、花が枯れてもなお、その根はびっしりと地に張り付いたままで自分が持つ彼女への執着心に呆れさへ覚えた。あー、これからどうしよ。
君を探して
中学校に上がる前の年の夏、受験勉強の息抜きにと父と母が隣町の市役所の近くで行われるイベントに連れて行ってくれた。フリーマーケット、地域の物産展などでそこそこ賑わっていたがどうしても楽しむ気になれなくて出店から外れた場所にあるベンチに腰掛けて単語帳を読んでいた。すると、ちょうどそのベンチの近くの小さいステージみたいなので催しが始まった。なんてことのない、ゆるい町内の出し物。よく知らない民謡だとか、伝統楽器の演奏、町内会の漫才など。ステージ前のベンチはおおよそ身内で固められているのか一つのイベントが終わるごとに人の入れ替えが激しかった。たまに舞台に目をやってはまた単語帳に目を移す。ぶつぶつと一人で単語を暗誦している最中、ママさんクラブのハンドベル演奏が終わり、若い男の子が1人つかつかと出て来た。私と同い年ぐらいに見えるが中学校らしい制服を着ているので年上らしい。その人がステージの中央に立つと音楽が流れ始めた。知らない曲だがさっきまでの音楽とは打って変わって最近の曲っぽいなと感じた。そして、その音楽に合わせて彼は踊りだした。ブレイクダンスのようなアクションがすごい訳ではないが手や足を大きく使ってしなやかに動きをこなす。かなり激しい動きなのに無表情をしているのがアンバランスなのが印象的だった。特別イケメンとかいう訳ではないし、特段背が高い訳でもないし、目を引くような派手な風貌もしていない。ごくごく普通の男子中学生。なのにどうしても目が離せなくなった。その動き一つ一つに心を奪われ、単語帳に戻れなくなってしまった。やがて音楽は止み、その人は深々とお辞儀をして照れたように笑った。さっきの無表情からは想像もつかない柔らかい笑みを浮かべたその人がいつまで経っても頭から離れなかった。それが私の初恋。
「ふーん。そっからその人に会えたの?」
「いや、名前とかわかんなかったんで…」
「残念だね。」
「…ていうか私のことはいいんですよ。先輩の初恋も教えてください。」
「え、やだよ。」
そう言って照れたように柔らかく笑う、君を探していた。
透明
机に向かうよりも外に出て運動することが好きで、正義感と自己主張が強く、背が高くてショートカットだった幼い頃の自分。当時好きだった男子に好きと伝えると「男みたいで無理!誰がおまえなんか好きになるかよ」とぼろくそに言われ、クラスの男子中に馬鹿にされてから男性不信に陥った。一時期は兄さえ口をきくのも怖く、中学からは逃げるように女子校に通い始めた。男子のいない学校は平和で、思春期の影響で少し性格も大人しくなったが、今度は周りから女子校の王子様だと囃し立てられた。ちやほやされるのは嬉しいとも思わなくはないが自分が忌み嫌う男に仕立て上げられるのは吐き気がしそうだった。女性らしく見られたくて伸ばした髪も少しずつ覚え出したメイクも無視して、自分の骨格の男らしさや背の高さばかり重宝されているのが嫌だった。女なのに、女になりたいと願うのに、周りはそれをよしとしない。私と同世代の女子には透明の壁があるようだった。クラスの子に告白されることも数回あった。小学校のトラウマから男性と付き合うよりも抵抗は少ないとは薄々思っていたが全て断った。告白は、どれも私自身ではなく女子校の王子様である私を好きであり、男役をしてくれる人を好きなだけだと分かってたから。関わる全ての人と私の間には透明の壁があるようだった。男性不信、加えて男を押し付けてくる女性不信。誰かこの壁をすり抜けて、ありのままの女でいたいと思う私を受け入れてくれる人はいないのか。救いのない日々にまた透明の壁を厚くしながらそう願った。
終わり、また初まる
終わり、また初まる
星
夜に見える星を模写して何の星座が見えたかを学ぶ理科の宿題。みんながこれが北極星で、それって夏の大三角形じゃない?みたいに笑う中、自分は先生に説教を受けていた。
「あのね、中澤くん。これはね、自分で見て描くっていう経験が大事な宿題なの。他の子のを見て写しても意味がないの。」
「…はい。」
今日学校に来るまでこのプリントが真っ白だったのは訳がある。夜は暗いから1人で出かけないで親御さんについてきてもらってねという先生からの注意を守りたかったから。でも、お母さんは夜に働きに出るし、お父さんは星そのものだから。星を見に行きたくても見に行けなくて、家の窓からは星が見えなくて、お母さんが帰ってくるのを待ってたら寝ちゃった。だから家族みんなで星を見にいったなべちゃんの綺麗な絵を写させてもらっていた。宿題のために大きな望遠鏡を買ってもらった話や、星ばかり載った分厚い図鑑が家にあるという話を聞きながら北斗七星を描いていた時、ちょうど先生に見つかって怒られているという訳だ。ああ、怒られちゃった。お母さんに告げ口されないといいな。宿題を忘れたかった訳でも1人だけ怒られて悲しくなりたかった訳でもないのに。自分で見て描くのが大事だなんて分かってる。やっと解放された後、じわりと滲んだ涙を飲み込んで何事もなかったかのようにみんなの星の絵を眺めていた。