ずっと好きな人がいた。
幼稚園から一緒で、家も近かったからよく遊んでいた。それは高校生になっても変わらず、暇さえあれば通話を繋いでひたすらゲームをしていた。
楽しかった。時間を浪費していると分かっていても。この幸せがずっと続くんだなって、思っていた。
「お前に紹介したい奴がいる」
呼び出され、突然言われた言葉。隣には可愛らしい女の子。
「俺の彼女。四葉」
彼女は恥ずかしそうに頭を下げた。
私とは違って女の子らしく、口調も丁寧だ。声も仕草もふわふわしていて、いるだけで場が和むような。
彼女の隣を見れば、今までにないくらい穏やかに、優しく微笑みかける貴方。
私にはそんな顔、しなかったくせに。
私は"お前"で、彼女は"四葉"。
私の方が、いっぱい彼を知っているのに。
私の方が、ずっと長くいるのに。
私の方が、ずっと好きなのに。
"三葉"の私じゃ、幸せになれないの…?
たぶん、こういうところ。
すぐに嫉妬して、勝手に不機嫌になって、他人にぶつける。こんな妬み嫉みに溢れた私より、純粋無垢な彼女の方が貴方に似合ってる。
あんたらの幸せなんか願ってやらない。
ぶち壊してやりたいほど憎いけど、
「お幸せに。」
怖かった。
もう二度と貴方と会えないんじゃないかって、話せないままお別れしちゃうんじゃないかって、不安だった。
貴方の両親が厳しいってことは知ってる。それがどのくらいのものなのかは知らないが、勝手に他所の家の教育方針に口は出せない。だから今回の集まりも来ないのかなって思っていた。
それなのに___
貴方はヒーローみたいに現れて、ただ自由に過ごしているだけなのに場が和んで、ひとりきりだった私にも声をかけてくれて。私は"くだらない"なんて言って突っぱねたけど、本当は嬉しかったよ。
皆で夜ご飯を食べようってなったときも、きっと普段だったら来るはずなかったのに全力で親を説得なんかしちゃって。らしくない。
席に座っていつもみたいにいじられてはそれに反応して強気に突っ込んで…夢みたいって思ったんだ。
貴方がこの場所にいるなんて、時間を共有できていることに胸が締め付けられた。貴方は"気持ち悪い"なんて言うけど、嘘じゃないよ。
これから先は貴方にとって、きっと辛く苦しい道のりかもしれない。でも貴方の結末を"BAD"で終わらせる訳にはいかない。
だって貴方は本当に素敵な人だから。
不条理だなんて叫ぶ情けない一面も、男の子らしい時も、誰かと笑っている顔も。
貴方はただのクラスメイト。たった一年間だけの、大切な人。
いつかまた会えたとき、貴方には胸を張って言ってほしいんだ。
"幸せだよ"って。
君との日々が死んでから、十数年が経った。
ずっと連絡は来なく、今も行方不明のままひとりぼっちでいるのだろうか。そんなことを考えると苦しくなる。
僕は大学で出会った人と付き合い、同棲し、結婚した。僕は彼女のことを愛している。愛がなくては夜伽もしないし、触れたりなんかしない。だからちゃんと彼女を愛していると思う。
だけどやっぱり、"かつての君"が思い浮かぶのだ。
彼女の笑った顔、よく通る声、長く真っ直ぐな髪、甘い香り。全てが君に見えてしまって、苦しかった。
けれど先に裏切ったのは僕だ。裏切り者の僕なんかが"苦しい"なんて言うべきじゃないから、だから___
「パパー!」
「ん、どうした?」
「にひひっ、何でもなーい!」
君が歩めなかった生活を、僕は全力で営むことにする。
そう決めたけれど、心に穴が空いたみたいな、何ひとつ抜け落ちてしまったような感覚になる。
今日は晴天。君と、君を脅かす全ての者から逃げ出した日もこんな空だった。
そんな天気と相反するように、君がいなくなった日から僕の心の中は土砂降りのまんまなんだ。
何も無い田舎の高等学校。生徒は各学年10人くらい。
その中でもふたりは異質な恋人だった。
周りの人たちがどんな噂や陰口を言おうが、ふたりはふたりの雰囲気を壊さずにいたのだ。あくまでふたりはふたり、私たちは私たち、といったように彼らは一線を引くのが上手かった。
そんなふたりがある日から学校に来なくなった。けれど数日で戻った___のは、片方の彼だけだった。
彼女の姿は見当たらなかった。
私は思わず聞いてしまった。
「綾乃ちゃんと一緒じゃないの?」
「綾乃は、まだ逃げているよ。君から」
「どうして私なの?」
「ありもしない噂を流したの、君だろう?」
嗚呼、憎らしい。
バレないようにやっていたつもりだったのに。
紛れもなく彼らは"特別"だったのだ。
「いいよ。何処にでも連れていく」
なんて、貴方は言ってくれたね。
嬉しかったんだ。無口な貴方が私に対してそんなことを言ってくれるなんて思わなかったから。
そして私たちはふたりだけの逃避行を始めた。
行ったことのない遥か遠い街に出かけたり、私たちが元々住んでいた場所にはないようなカラフルなスイーツを食べたり。貴方は、「食欲が削られる」なんて言ってあまり食べなかったよね。
たったの数日間だったけど、幸せがいっぱいだった。
ルールに囚われなくて、陰口もなくて、自由にありのままの私でいることができて、何より隣に貴方が居てくれたから。
そんな幸せは突然終わりを告げた。当たり前のことだ。
高校生なんてまだまだ子供。まだまだ囚われる存在。
私たちの幸せな逃避行は、警察によって幕を閉じた。
「…ねぇ、諦めるの」
「もう無理だよ。十分だ」
「嫌だ。言ってくれたじゃん、何処にでも連れてくって」
「行けるわけがない。本当に信じていたの?」
「信じてたよ。あんたなら私を連れ出してくれるって。でももう終わりなんだね」
「…そうだな」
「本当、バカみたい」
貴方も、私も。