「ねぇ、苦しい」
そう君は言った。
空気を吸い込めばむせ返ってしまいそうな程暑い夏、田んぼだらけの、過疎化が進む田舎。
きっと君は、こんな辺鄙な場所に居たくないのだと思った。
君は模範的な人で、どんなときも、どんなことも想像以上の結果を残してきた。けれどある日、恋人であった僕の家に入っていく君を見た誰かが「あのふたりは一線を超えた。高校生なのに」なんて法螺を吹いたのだ。こんな小さい田舎では、ウワサは瞬く間に広まる。だから当然僕らの耳にもその"ウワサ"は入ってくるのだ。
元々この土地に住んでいた僕は気にしていなかった。こんなことは日常茶飯事にあるから。だが都会から来た君は、僕より気にしやすくて、真に受けやすい性格。それにこんな田舎に慣れていない君だからこそ、気に病んでしまったのだろう。
僕があの日、家に呼ばなければ。
僕には、そんな責任があった。
だから、言ってしまった。
「いいよ。何処にでも連れていく」
なんて___
「…君となら、世界でふたりぼっちになったって構わない」
僕はそう言って君を連れ出した。
貴方をひと目見るだけで一日を頑張る力が湧いた。
貴方と会話を交わすだけで一日中笑顔でいられた。
貴方に触れられるだけで、胸が高鳴った。
貴方が話しかけてくれたら、少しだけ可愛子ぶってしまう。
貴方の隣を歩けば、少しだけ歩くスピードが遅くなってしまう。
貴方が他の子に笑顔を向けていたら、嫉妬してしまう。
貴方の周りに人が集まっていたら、拗ねてしまう。
貴方の気だるげな瞳も、爽やかな香りも、甘い声も、細い体も、長い前髪も、可愛いくしゃみも、鼻歌でさえも。全てが愛おしく、愛らしい。
貴方を見るだけで頑張れるのも、話すだけで一日中笑っていられるのも、気づけば貴方のことばかり考えてしまっているのも。
この胸の高鳴りに名前を付けるとしたら、それは
きっと___
"この世界は不条理だ"
そう言っていたクラスメイトがいた。
友達でもなければ、大して仲良くもなかった。
彼は頭が良かった。よく周りの人と切磋琢磨しあっていた。
彼の周りにはたくさんの人が集まった。いじられキャラであったからなのか、一人でいるところを見たことがなかった。
いじられればそれに勢いよく、強気に言い返す。それが彼なりのスタンスであったのだろう。
ある日から彼と仲良くなった。帰路や放課後を共にした。だからと言って恋愛感情、その他特別な感情が芽生えたりはしない。今までと変わらず、あくまで"クラスメイト"として、"彼は彼"、"私は私"であった。
そして彼は言った。
"全員同じ高校行こう"
嬉しかった。嘘であっても、そう言ってくれる程には心を許してくれていたのだと。けれど私たちは全員違う高校に行くつもりだ。だからせめても、皆が受かればいいと思った。そうすれば笑ってまたいつか会えるから。
そんな期待を胸に合格発表を待った。
私たちの中で1番頭の良かった彼だけが、不合格だった。
あの日、君が待ち合わせの場所に来なかったのはそういうことだろう?
きっともう、会って話すこともない。
彼の行く先を、私は知らない。
彼はただのクラスメイトだ。たった1年間だけの、クラスメイト。
この世界は不条理だ。だけど君と過ごした日々は、あの4人は、私にとって大切な思い出。
貴方の未来に、幸あれ。