8月が終わったというのに未だに暑いが、今日はそこまでじゃない
夏の忘れ物を探しに行くなら、今日がいいだろう
この町の裏社会は、表の人間にとっては意外なほど、福利厚生がしっかりしている
下手をすれば、そのへんの会社なんかよりよっぽど手厚い
犯罪を行うことで命を失う、もしくは命を奪う可能性があることを除けばな
反社会的組織ってのは、劣悪な環境だと裏切られる可能性があるから、待遇はよくしないとやっていけない、という考えだそうだ
なので、夏の間は休暇やテレワークが多く、出勤も絶対に必要な時だけだった
しかし、暑さも和らいできた今、満を持して、本当なら夏にやっておきたかった仕事
暑さでしくじるリスクを避け、後回しにしていたこの仕事をようやく片付けられる
俺たちと敵対する組織
その幹部の男を抹殺するのだ
奴の行動はすでに把握済み
あとは、計画した場所で手を下すだけ
そのはずだった
俺は自分自身に驚いた
幹部の男は子供を連れていた
引き金を引けない
まさか、俺にそんな心が残っていたなんて
物陰で心臓が激しく鼓動を打つ
どうやら無理そうだ
俺には、子供に父親が殺される場面を見せることはできない
どちらにしろ俺の体は震えていて、正確に撃てない
幹部の男は、子供とともに建物へと消えていく
仕事は失敗だ
夏の忘れ物は、俺の手からこぼれ落ちた
いくら福利厚生がしっかりしているとはいえ、そこは犯罪組織
ここぞという場面で、あんな理由でしくじればどうなるかはわかりきっている
死ななければ儲けもの
命だけしか助からなくても、奇跡的な幸運と言えるような話だ
しかし、不思議と後悔はなかった
俺は、自分がまだ人の血が流れていると、知ることができた
そんな気がして、嬉しかったからな
さて、状況を整理しよう
今は8月31日、午後5時だ
明日には新学期が始まる
つまり、夏休みの宿題を提出する日だ
そして僕は、夏休みの宿題を一部を除いて、今日始めて今日仕上げきるつもりだった
僕の計画では、1日かければ余裕
そのはずだったんだ
少し早い昼ご飯を食べたあと、正午にうっかり寝て、午後5時に起きるなんてことがなければ
今からじゃもう間に合わない
どうせ間に合わないなら、することはひとつ
宿題なんてほったらかして、遊ぶ
7時にご飯を食べたら、また遊ぶ
で、お風呂に入って歯を磨いて寝る
それしかない
そもそも夏休みの宿題ってなんだろう
休みの最中の課題って矛盾してるよね
けどやらなかったら先生に叱られると思う
でも、大した理由もない(と僕は信じてる)学校の伝統で課せられたこの宿題を、思考停止して受け入れていいのか
大人がそう言ったんだから従ってればいいや、なんていう子供が社会に出た時、ちゃんとやっていけるのか
そんな人間になるくらいなら、叱られてでも自分を貫く方が将来の役に立つはず
そもそも、調子に乗ってると思われるかもしれないけど、僕は成績が十分いいんだ
宿題をわざわざやらなくても、なんの問題もない
それと、普段の授業でやらない自由研究とかは済ませてある
その上でもう覚えた授業と同じ内容の宿題をやるっていうのは、プロのサッカー選手が小学生と試合をして上達しようとするようなもの
だから、僕は強い意志で宿題を放棄する
自分で言うのもなんだけど、完璧な考えだ
僕の考えを聞けば、いくら先生でも反論はできないし、叱るなんてことはきっとしない
大丈夫
自分を信じよう
これは宿題をしてない現実から逃げるためのごまかしとかじゃない
僕は正しい
何も心配はいらない
いざって時には明日を8月32日にすればいいんだ
そうしよう
ふたりがどこから来たのかはわからない
具体的に、どういう存在なのかも
ただわかることは、普通の人間は頭の上に輪っかなど無いし、翼も生えてない
それから、私以外の人間からは見えないなんてこともあり得ない
人のようで、明らかに人でないもの
ふたりは人間の生活を見に来たらしい
ふたりが仕える存在が、長らくこの世界を見られない状態になっていて、その存在が頑張ってギリギリふたりを送り込めたのだと説明された
その存在がなんなのか、私にはよく理解できなかったけど
このふたりも、このふたりが仕える存在も、世界が混沌を極めているのではないか、すでに滅んでいるのではないかと心配していたそうで、なるべく急いでやって来たそうだ
でも、この世界は今、至って穏やか
気の遠くなるような大昔には戦争とかが起きていたらしいけど
現代では、サイモンの夢という複数のシステムによって、人々が適度に快適な生活を送れるような社会が構築され、資源や土地などを巡って争うこともない
ふたりは興味深そうに、見て回っていた
色々なことを知りたがったから、私は世界のさまざまな情報が集まる、ライブラリーを勧めた
私が端末を操作して、ふたりの興味の赴くまま、情報を調べる
そんな感じで何日間も、私はふたりとともに街を回ったり、情報を調べたりした
なぜふたりは自分たちで自由に動かず、私について来るのだろう
そう思って聞いてみるとふたりは、誰かに認識されないとここでは活動できないのだと話した
だから、私にだけ姿が見えるように現れ、認識してもらったのだと
他の人に見えなくしたのは、混乱を起こさないためだと言われ、納得する
一ヶ月ほど経った時、ふたりはそろそろ帰ると告げた
仕える相手に、いい報告が出せそうだとのこと
それが終われば、次は別の世界の観測をしないといけないようで、まだまだ忙しさは続くらしい
その世界、住人からは地球とかアースとか、様々な呼ばれ方をしているとかなんとか
まあ、私には関係ない
ふたりは、サイモンの夢が安定してるなら、この世界は大丈夫だろうと言うと、感謝の言葉を残してどこかへ去っていった
本当に、不思議なふたりだったな
また来るようなことを言ってたから、また会えるかな
できることなら、また会いたい
心の中の風景は、本当に綺麗で
これから始まる冒険に胸踊らせていた記憶がある
当時はすごく美しい風景だったんだ
本気で綺麗だと思っていたんだ
これが思い出補正ってやつか
いまやレトロゲームと呼ばれるそのゲームソフト
久々にプレイしてみようと起動してみたら、なんということか
思ってたのと違う景色が広がっていた
けっこうカクカクしている
記憶の中ほど美しくない
広いと思ってたけど、なかなかに狭い
他にも、巨大に感じていた物が、意外と小さかったりな
俺の感覚では壮大で、オープンワールドと比較対象になるとはさすがに思ってないけど、かなり広いよね、と思っていたゲームの中心となる最も大きいマップ
今改めて走ると、狭苦しくて端まですぐ着く
体感、セミオープンワールドのひとつのエリアより狭い
俺は記憶と現実の落差にショックを受けた
一番ショックなのは、美麗なグラフィックに慣れすぎて、レトロな3Dゲームの絵をしょぼく感じてしまう自分自身だ
この景色に美しさを感じてワクワクしていたあの頃の俺はどこへ行ってしまったのだろう
けど、実際ゲームを進めてみたら、グラフィックの質なんてものは気にならなくなった
不便さはあるものの、相変わらずひたすらに面白い
そしてキャラクターの演出だが、むしろこのグラフィックだからこその、限られた表現から繰り出されるドラマ性のようなものの虜になっていく
今ならグラフィックの粗は欠点ではなく、個性だと思える
そういえば、わざと昔のゲームのグラフィックレベルに落としたインディーゲームがあるって聞いたことがあったな
やっぱり、魅力に感じる何かが、綺麗なだけでは表せない何かがあるんだろうな
ドット絵だって未だに現役だし
さて、改めてこのゲームの魅力に気づけた俺は、ノリノリでプレイを続行するのだった
やっぱりこのゲーム、最高だ
ここにはかつて、私の城があった
今や、とても広い範囲に夏草が生い茂るだけの場所になっているけれども
現在、私はただの旅人
特別な生まれでもなく、特別な力を持っているわけでもない
しかし前世は一国の王だった
私の治めていた国は、少なくとも私がかつて王として生きていた間は繁栄していたはずだが、長い年月をかけ、滅んでしまったようだ
ここは今は別の国の領土となっている
自分の城の跡地がどんな状態か気になっていたのだが、事前の情報通り何もなかったな
だが、私の目的はそんなことを確認することではない
前世で私が命がけで封印した悪魔がどうなったのか、それが重要だ
まさか封印が解けたなどということはあるまい
奴は当時、私の精神を乗っ取り、この王国で好き放題しようとしていたらしいが、残念ながら私は悪魔に対する対処法を心得ていた
対悪魔の魔法の勉強が趣味だったからだ
しかし奴は強く、私では封印するので精一杯だった
今生において、私は悪魔の所在が心配でしかたなく、ようやく都合がついてここまで来たのだ
私は生い茂る夏草の中へ入っていく
かつてより弱まっているものの、悪魔の気配を感じる
やはりまだ封印されているようだ
封印を強化して、この国のしかるべきところへ悪魔の存在を伝えよう
そう思って気配の方へ近づくと、弱々しい仔猫がいた
こいつ、悪魔だな
なぜ仔猫になっている?
「貴様、かつてのジェームズ2世だな?」
「そういう貴様はあの時の悪魔だろう?
そんな姿で何をしている?」
「頼む、我のここまでの経緯を聞いてくれ」
なんだか、こいつには危険性を一切感じなかったので、経緯とやらを聞くことにした
悪魔曰く、封印を解くために様々な魔法を長い年月、試し続けたそうだ
だが私の封印が思ったより強かったらしい
それは私も知らないことだった
私はかなりの実力者だったのか
ともかく、封印を解く方法を試しすぎて魔力が底をつきそうになったのだ
「しかも気づくのが遅れたが、恐ろしいことに、我は魔力を取り込む力が貴様との戦いで失われてしまっていたのだ
後遺症というやつだな
で、なんとか対悪魔封印から脱するだけでも実現するために、残る魔力で体の悪魔要素をできるだけ薄めた」
その結果、仔猫の姿に肉体が再構成されたらしい
残念なことに、魔力が尽きて体が動かなくなって、三十年間夏草の中で倒れていたようだが
「我はもはや悪魔的な行為はできん
しかも悪魔ですらない
ちょっと悪魔成分があるだけの特殊な仔猫だ
飼ってくれ」
正直断りたいが、本当に危険がないのを感じるのと、仔猫の姿で潤んだ目を見せられては、放置するのは良心が痛む
「悪さは絶対にするなよ?」
「やりたくてもできんし、もはややる気もない
貴様に永い時間封印されたのがトラウマになっている」
ならばいいか
私は仔猫化した悪魔を家族として迎え入れることにした
……のちにこの悪魔、いつの間にか力を取り戻していたのだが、私と暮らす中でなにか感化されたようで、その力を人のために振るうようになっていた
そもそも、途中から悪魔のくせに気配が天使のそれに近かったので、もはやこいつは善性の存在に生まれ変わったようだ