夏の匂いか
なにがあるかな
スイカのほどよく甘い匂い
童心のワクワクするプールの匂い
海の潮の匂い
花火の匂い
うーん、魅力的な匂いたちだね
他にどんなものがあるだろう
とか考えてたのに
君はなんてことを言うのか
「夏の臭いっていったら、この前炊いたご飯腐らせちゃってさ
あれは臭かったね」
臭いじゃなくて匂いって言ってるだろ
僕がせっかくポジティブな匂いの話をしようとしてるのに、よりによって腐ったご飯の話って
確かに夏は食品が腐りやすいけどさあ
僕もうっかり冷蔵庫に移すの忘れてひどい目にあったよ
でもそうじゃないじゃん
いい匂いの話じゃん
「あとさ、夏は汗かくから体臭が気になるよね
なるべく自分を汗臭くしたくないなあ」
うん、だからそういう話じゃないんだよ
いい匂いなんだって、僕が話そうとしてるのは
なんで臭い方に持っていこうとするの?
僕もなるべく体が臭わないように、外に出るときは対策するけどさ
「そういえば、久々に冷房つけたらかび臭くってさあ」
まだ続ける?
ああもう、気持ちのいい話をしようと思ったのに、なんなんだよ!
わかったよ、もういいよ、夏の臭いの話で!
夏の臭いでしょ?
あれだよ、あのー、ええと
あぁー、なんか夏の嫌な臭いの方はなんにも思いつかない!
なんかムカつくな!
友人がふと、呟いた
「改名したい」
彼は名前を山田 創人といい、どう考えてもその名前になんの不都合もないだろうから、改名なんてできないのではないか?
確か、改名にはそれなりの理由が必要なはず
「知っての通り、僕は創天っていう神様を考えて、後付で名前の由来にしたわけじゃん?」
なんだそれ、初めて知ったぞ
後付の由来ってなんだよ
名付け親が決めた時の理由が由来だろう
それ以外は由来とは言わない
「それで最近、炎連っていう神様を考えてさあ
そっちのデザインが渾身の出来だったんだよ」
そういえば創人は絵がうまかった
今度見せてもらいたいな
で、その神を考えたからなんなんだ?
「炎連を気に入っちゃってさ
鞍替えしたくなったわけ」
なるほど、創天由来(という設定)の名前だったけど、炎連のほうを気に入ったから、そっち由来の名前に変えたいと
「創天から炎連に鞍替えして、名前を炎人にしたいと思ったんだよね」
まあ無理だな
その理由じゃ通らないよ
というか、なんでそんなことをしようと思ったんだ?
そもそも創人の名前の由来は、自分の道を創り出す人になってほしい、だろ
ところでなんで俺は創人の名前の由来を知ってるんだっけ
まあどうでもいいや
「僕はさ、前から改名に興味があってね
しかもただの改名じゃないんだよ
壮大な改名に憧れてたんだ」
壮大な改名?
神の鞍替えのことか?
「知ってる?
ツタンカーメンは始め、ツタンカーメンじゃなかったんだよ
改名したんだ」
へえ
ツタンカーメンって改名してたのか
「僕も詳しくは知らないけど、ツタンカーメンはより正確にはトゥト・アンク・アメンなんだけどね、アメンはアメン神のことなんだよ
けど、ツタンカーメンの父親がアテン神以外は認めないって言ってたらしくてね
元々はトゥト・アンク・アテンって名前だったんだ
言語を変えれば、ツタンカーテンだね
でも父親の死後、多神教に戻ってアメン神が最高神に返り咲いて、アメンになったらしいんだよ」
なるほど
つまり、神を鞍替えして、ツタンカーテンはツタンカーメンになったのか
鞍替えって言い方が正しいかは知らないけど
「それを知って、これだ!って思ったんだよね」
なんでこれだ!って思っちゃったんだろうな
しかも創人の由来は本来の由来とは違う、完全な後付だろ
「だからね、僕は改名するよ!
山田 創人は山田 炎人になる!」
なんか決意してるけど、無理だろうなあ
ツタンカーメンみたいにはいかないよ
しかも後付だもん
我々の敵は天体だった
青く深く、我らの地球にうり二つの星
その星、彩蒼は意思を持っていた
彩蒼は生物だったのだ
突如生まれた彩蒼は、栄養を必要としており、地球は栄養が豊富らしい
つまり、彩蒼は食事を摂ろうとしている
彩蒼は宇宙のバグのようなものだという
本来現れるはずのないものだが、外部による何らかのきっかけで誕生してしまった
そのきっかけというのは、宇宙外のことであるため、詳しくは観測不能でわからないようだが
我々に彩蒼のことを教えてくれた存在がいた
簡単に言えばそれは宇宙人で、遥か彼方の星の古代文明で神と崇められた種族だ
彼らは自らを、祖羅と名乗った
二十万年前から永き眠りについていたが、彩蒼の誕生を感知し、目覚めたらしい
彩蒼は自分たちの星にとっても危険な存在であり、早々になんとかしたい、とのことだった
事態の解決への道はひとつ
祖羅が技術の粋を結集して作り出したパワードスーツのようなものに身を包み、適性者である私が彩蒼のサッカーボールほどのコアを星から抜くこと
なんの因果か、地球の命運を託されることとなってしまった
適性者は他にもたくさんいるが、彩蒼へ突入できるのは、もっとも適性の高い私ひとり
なぜなら、二人以上での侵入は彩蒼に存在を気づかれ、宇宙へ放出されるからだ
私は覚悟を決めて、祖羅によって彩蒼のコア近くの深海にテレポートする
コアはすぐに見つかった
蒼い光を放ち、美しく、宝石のように輝いている
コアに触れ、コアごと地球にテレポートすれば、任務は完了
だが……
非常に動きづらい
コアが敵に自分が狙われぬよう、海の成分を動きづらいものに変えているようだ
コア自体は、二人以上がいる気配を感じることしかできないので、ひとりである私の存在がバレることはない
しかし、ながく居続ければいつかはバレる
私は静かにもがきながら、コアへ近づいていく
時間はあまりない
焦りと動きづらい苦しみに急かされながら、なんとかコアにたどり着き、触れる
すると、彩蒼の思念が流れ込んできた
私の精神が悲鳴を上げる
恐ろしいほどの孤独感
彩蒼の感じているそれが私に襲い掛かってきたのだ
彩蒼が彩蒼になる前からの、私には理解できない宇宙外の記憶と、仲間を欲する心
それと同時に私は知った
彩蒼がなぜ生まれたか、彩蒼になる前に何があったかはわからないが、彩蒼の孤独は癒やさなければならない
彩蒼は絶対に殺すことはできない
コアを抜いても、孤独感により再び星が形成され、空腹により地球は食われる
そして、コアの破壊は不可能
我々がするべきことは、コアを孤独から救うことだ
私は思念に耐えながら、コアと共に地球へ帰還した
私の彩蒼でのできごと聞いた祖羅は驚きもせず、淡々とコアを謎の技術で改造し始めた
驚かないことに驚いたが、そういう種族なのだろう
しかし祖羅への信頼はあるが、やはり地球の命運がかかっているので、心配だ
だが私の心配をよそに、改造はすぐ終わった
コアは人間の子供になっていた
祖羅は言う
地球で人として暮せば、孤独とは無縁
彩蒼を改造する際、人間としての思考を埋め込んだ
星を形成する力も封じた
彩蒼は普通の人間へと生まれ変わった、と
私はホッとした
地球が救われたからだけではない
彩蒼が抱えていた孤独感を拭えるだろうからだ
彩蒼はその後、蒼と改めて名付けられ、私が育てることとなった
祖羅も数名が残り、協力してくれている
こうして、地球を襲った未曾有の危機は、思ってもいなかった形で防がれた
私が本当に頑張らなければならないのは、これからなのだろうな
だが祖羅の協力もある
大丈夫だろう
夏の気配を感じる?
いやいや、もう気配どころじゃないでしょう
夏はもう僕らの国にやって来て、挨拶して回ってるじゃないですか
来るのはいいけど、情熱的にフラメンコを踊るような暑さを撒き散らさなくていいんですよ
ああ、八月が今から怖いです
今がフラメンコ程度で済んでいるとするならば、八月なんて夏がファイヤーダンス踊ってるようなものじゃないかと思いますね
火の付いた棒をブンブン振り回すんですよ
熱い……もとい暑いことこの上ない
酷暑という言葉にピッタリの例えだと思いませんか?
みんな梅雨の時は陰鬱な気分になったりすると思いますけど、僕の場合、酷暑に比べたらむしろ気持ちいいですよ
ジメジメ感なんて我慢しちゃいます
雨も降るジメジメしたそれなりの暑さ(フラメンコ)と、太陽ギラギラの蒸し蒸しした恐るべき暑さ(ファイヤーダンス)ではどっちがマシか
梅雨の間のほうが圧倒的にいいはず
結局のところ、夏の問題は常軌を逸した暑さによる苦痛なんですよ
雨は嫌かもしれないけど、面倒くさいからってだけでしょ?
あと気分も沈みますか
でも酷暑は直接的かつ即座に命に関わりますからね
油断してるとすぐ意識を刈り取られて、すぐ命まで刈り取られるんですよ
本当に、この暑さなんとかなりませんか?
まあ、ならないですよね
で、なんの話でしたっけ?
ああ、そうそう
夏の気配というか、もう普通に夏なので、水分補給はより意識して、無理せず冷房も付けて、外を出歩いたり、外で活動をする時は熱中症に最大限気をつけましょうってことですよ
ジムで筋トレをした帰り道、俺を呼ぶ声が聞こえた
どうやら異世界から俺の力を必要とする者が助けを求めているようだ
何を言っているかよく聞こえないが、俺の力が役に立つなら、いいだろう
力を貸してやる
さあ行こう、まだ見ぬ世界へ!
目の前が真っ白になったが、しばらくすると景色が見え始めた
俺は大きな魔法陣の上に立ち、周囲には魔道士らしき人々が立っていた
俺を喚び、召喚した人々だろう
リーダー格らしき魔道士が言う
「よくぞ我らの呼びかけに応えてくれた
お主を歓迎しよう」
一騎当千の力を持つ戦士を求む
そうして喚び出されたのが俺らしい
一騎当千か……実際のところ俺は何をすればいいのだろう
少しワクワクしながら聞くと、とんでもないことを言われた
自国に逆らう隣国を征服したい、と
てっきり勇者として魔王を倒すのだと期待した俺が、心底がっかりしたのは言うまでもない
こいつら、俺を戦争の道具にするつもりだな
「そなたが力を貸してくれれば、我らはそなたに最高の待遇でもって応えると約束しよう」
いかにも魅力的だろうと言わんばかりだが、正直この程度の文明レベルで俺の心を満足させるのは無理だろう
筋トレのためのジムも器具もプロテインもないのではないか?
それに、戦争などに手を貸す気はない
ハッキリと断ることにした
「残念じゃ
この手は使いたくはなかったが、もはや洗脳するしかあるまい」
リーダー格の魔道士と、他十数名が魔法を発動した
洗脳のための魔法だろう
だが……
「効かないな
俺に洗脳は通用せん」
何も起こらない
俺はなんともない
「なんじゃと
複数名で行う高位の洗脳魔法じゃぞ!?」
高位だかなんだか知らないが、そんなくだらん魔法など俺には無意味
効果などあるはずもないのだ
なぜなら
「俺は素晴らしい筋肉の持ち主だからだ
筋肉があれば、魔法など無力!
筋肉は人生のソリューションだ」
「き、筋肉で魔法が防げるものか!
貴様は一体何者じゃ!」
俺に魔法が効かなかったことを認められないらしい
なにか裏があるはずだと思考を巡らせている
バカめ、種も仕掛けもない
俺の世界に魔法はない
ゆえに魔法に対抗する方法もない
ならば答えは決まっている
「何者でもないさ、俺は
ただひとつ言えることは、筋肉は人生のソリューションだ」
「なんなんじゃそれはぁ!」
叫びながらリーダー格は指示を出し、魔道士たちが一斉に魔法を放とうとする
それに対し、俺は素早く拳骨で魔道士共を殴り飛ばし、ダウンさせた
残るはリーダー格のみ
やつは唖然としながらも、強い使命感を瞳に宿す
「こやつを放置すれば、我が国がどうなるかわかったものではない!
惜しいが、殺すしかあるまい」
勝手に喚んでおいて都合が悪ければ抹殺とは、つくづく自分勝手なやつだ
こんな国に協力しなくて正解だな
「跡形もなく消え去れ!
ダークカタストロフ!!」
凄まじい力を感じる
暗黒の雲が立ち込め、暗黒の雷が荒れ狂い、暗黒の炎がほとばしる
それらすべてが俺一人に降り注ぎ……
「フン!」
俺の鉄拳により即座に霧散した
「な、何が起きておる
最高位魔法じゃぞ
加減したとはいえ、本来は周囲数キロを壊滅させる魔法なんじゃぞ!!
なぜたったひとりの人間が、拳ひとつで消せるんじゃ!!」
リーダー格は奥の手を防がれて狼狽えまくっている
俺がなぜ防げたか、理解できないようだ
しかし非常に簡単なことなのだ
「言っただろう
筋肉は人生のソリューションだ」
「それはもうよいわ!
こうなれば相打ち覚悟でぶしっ!」
往生際の悪い爺さんだな
うざいので殴って黙らせてしまった
その後、俺は召喚された城の中で拳を用いて聞き込みをすると、戦争理由は強欲な王が自分と支持者の利益を得るためと知り、戦争に賛同する連中をあぶり出して根こそぎ拳をお見舞い
戦争に反対する勢力を拳ひとつで結集させ、反乱を起こさせた
さらに俺が国王を鉄拳制裁し、国の体制が変わったのだった
「お前はもはや王ではない
これからはひとりの人間として、人々のために生きろ」
俺はそんな感じでいいことを言ったのだが、王は終始怯えるだけで、俺の話など聞いていなかった
それから少しして、俺は戦争反対派や民から王になってほしいとの言葉をもらったが、拒否し、自分たちで建て直すよう促した
政治などわからない俺が王になっても、ろくなことにならないだろう
それに、ここは俺には少し退屈だ
元の世界に帰らねば
ジムでの筋トレが俺を待っている
俺を召喚してきたリーダー格の魔道士の爺さんに、拳をチラつかせながら丁寧に頼むと、帰還魔法の使用を快諾してくれたので、短い間だったが、この世界ともおさらばだ
「お元気で!」
皆が俺との別れを惜しんでくれている
「お前たちも元気でな
筋肉は人生のソリューションだ
そのことを忘れず筋トレに励み、いい国を作っていくんだぞ」
俺はそう言い残すと、光に包まれ、無事元の世界へ帰ることができたのだった
夢や幻のような、しかし確かに俺が体験した異世界での出来事は以上だ
最後にこれだけは言っておきたい
筋肉は人生のソリューションだ