友人が落ち込んでいる
無理もない
別の友人に、しばらく連絡しないでくれ、なんて言われたのだから
相手は理由を言いにくそうにしていて、聞いても答えてくれなかったようだ
別に怒らせたわけではないらしいが、ただ少し距離を置きたい、と言われたそうで、まあショックだよな
ちょっと慰めてやるかな
こういう時は友人のそういう言葉が必要なんじゃないか?
うまくいくかはわからないけど
「まあ、怒ってないんなら大丈夫だろ
ちょっとしたことで気分が乗らないとか、そういう感じじゃないのか?」
友人はこちらに顔を向けて、ため息をついた
「そんなやさしさなんて、いいよ
きっと俺がなんかやらかしたんだ
ほっといてくれ」
これはかなりダメージ受けてるな
まあ、本人もこう言ってることだし、俺も少し黙っておくか
下手に慰めるよりも、そのほうが心の整理ができるのかもしれないし
しばらく沈黙が続く
ちょっと気まずさを感じ始めた時、友人が口を開いた
「ほっといてくれとは言ったけどさ
こんなに放置することはないだろ」
ん?
え、なんて?
「俺、お前がもうちょっと突っ込んで話してくれんの待ってたんだぜ?」
あれ?
何言ってんだこいつ
「一回で引き下がらないでくれよ
もうちょっとさあ、なんかあるだろ?
もう少し頑張ってやさしい言葉をかけてくれって」
えーとつまり、こいつは俺の慰めを拒絶するふりをして落ち込んでますアピールをし、俺が粘って自分をもっと慰めてくれるのを期待したってこと?
何だこのカスみたいなかまってちゃんは
面倒くせえ
そんで自分でそれをバラして文句言うか?
「いや、そんなのわからんって
慰めてほしいの?」
「いや、そんな、言われたから慰める感じでやられても……」
お前が言い出したことだろ
というか、俺は最初っから自主的に慰める気満々だったよ?
なのに拒絶の言葉を発したのは誰だよ
俺はそこでなんとなく、こいつが距離を置かれた理由がわかった
全てはこの面倒くさい態度が原因だ
これまでそんなことはなかったが、それはたまたまであり、もともとそういう奴で、きっかけがあると面倒くさいスイッチが入り、今みたいなことになるのだろう
もう一人の友人は、今の俺と同じような状況になったものと思われる
そして面倒くさい本性を知ってしまったのだ
もう、これは本人に言おう
「たぶん、距離置かれたのはその態度が原因だと思うぞ」
目の前の友人は目をそらした
「時として、事実は人を傷つけるぜ?」
自覚あんのかよ
余計たち悪いな
「わかってるなら改善しような」
「これは俺の一種の性質でね
今さらこの癖を無くすことなんて……」
「俺やあいつに絶交されたくなかったら、友人相手に面倒くさいこと言うのやめような?」
こういう時は圧を与えるに限る
俺は向こうが言い切る前に言葉を割り込ませた
ヤバい、みたいな顔をしたあいつは、ひと呼吸すると、
「わかった、頑張る」
観念したように下を向いてそう呟いた
一応やる気はあるみたいだけど、本人が言ったように、そういう所を変えるのは難しい気がする
本当に改善できるか?
改善しろとは言ったものの、心配だ
世の中には、二種類の人間がいる
風魔法発動のための感覚がわかる者と、風魔法発動のための感覚が全く理解できない者
間違いなく私は後者だ
私の適性は氷魔法だったけど、ついでに風魔法も習得しておくと便利だと言われたので、特訓し始めたのだけど
初っ端から風魔法の師匠が何を言っているのかわからなかった
風魔法の練習をする場所は、凪の間と言われる場所
この空間では、物理的な方法で一定の強さの風を吹かせることができない
手で仰げば、少しくらいの風は起こせるけど、その程度が限界
つまりほぼ無風
この空間なら、魔法で生み出した風が空気の流れに影響を受けづらいから、コツをつかむのにもってこいなのだ
で、師匠によると、凪の間を使う理由がもうひとつあって、風魔法を発動するために必要となるのが、無風の中で風を感じることだかららしい
ムフウノナカデカゼヲカンジルコト?
意味不明、理解不能、何語で喋ってます?
無風なのにどうやって風を感じるというのか
けど周りの人たちは誰一人として疑問に思わず、無風の中で風を感じ、魔法で早速小さい風を起こしていた
嘘でしょ?
来る前は氷魔法も超成績良かったし、そこそこいけるでしょ!などと考えていたのに
私は風魔法発動のための魔力すら練れなかった
なぜなら、存在しない風を感じるという妄想スキルを持っていなかったから
とはいえ、それは私が風魔法に向いていなかっただけで、きっと珍しいことではないだろう
誰しも得手不得手はある
習得できないのは残念たけど、氷を伸ばしながら、風以外の魔法習得を目指そう
そんなことを考えながら師匠を見ると、こちらを向いて驚愕の表情を顔に貼り付けていた
いつもはあんなに落ち着き払っているのに
どうやら私は常に冷静な師匠が驚愕するくらいの、とても珍しいレベルの落ちこぼれだったようだ
「あなた、ふざけているわけじゃないのよね?」
「え、はい、普通に意味がわからなかったです
無風で風を感じるとか」
師匠は何か言いたそうに口を開けるが、言葉が何も思い浮かばず、そのまま口は開きっぱなしだった
こういうのを唖然っていうのかな?
「氷魔法は、できるのよね?」
「はい」
「なんで?」
「私に聞かれましても……困ります」
氷魔法はだって、快適な温度から変わらない定温の間で存在しない氷の冷たさを感じるだけだから、簡単でしょ
風とは全然話が違う
「それができたら、風も感じられない?」
「え?
関係なくないですか?
氷の冷たさと風ですよ?」
「普通、発動するだけなら各系統の内ひとつでもできれば、全部できるのよ
無いものを感じるという点で、同じようなものだから」
なんてことだろう
どうやら私の感覚が風に対してだけ致命的に合っていないらしい
「もう一度、風を感じてみて」
「……ダメです、全然、発動の取っ掛かりすら掴めないです
その感覚は私にはありません」
「そんなバカな」
師匠が頭を抱える
しかし、何か思いついたようで、こちらに向けて強めの風魔法を吹かせた
風力はあるけど、無害なやつだ
「魔法で風を吹かせることであなた自身の体に風の感覚を覚えさせます
これできっと、あなたも風魔法を使えるわ
しばらく吹かせ続けるから、感覚を研ぎ澄ませて」
強いけど気持ちのいい風が吹いてる
これなら何か掴めるかもしれない
それなりの時間、風に当たり続け、寒くなってきたところで魔法が止まった
「忘れないうちに風の感覚を反芻しなさい」
「はい!」
…………
……
…
「師匠、全然わかりません!
無風の中に風は感じられません!」
「…………、…………!!
……!」
師匠は声にならない何かを無音で呟きながら再び頭を抱え、疲れた表情で座り込んだ
大丈夫かな?
私が心配していると、師匠が突然にこやかな笑顔で立ち上がり、私を見た
そして、それはそれはとてもいい笑顔をそのままに、こう言った
「あなたには風魔法の習得は不可能よ
諦めて別の魔法を頑張りなさい」
「はいっ!」
私も笑顔で返事をして、凪の間をあとにした
無理なものは無理だから、さっさと切ってできることに集中したほうがいいよね
あとで聞いた話では、あのあと師匠は数日間寝込んだらしい
そんなにショックだったのかな?
最近、妙な夢を時々見る
俺には妻と二人の子供がいて、毎日充実した生活を送っているのだが、その夢の中では、俺は独身で、昔からの友人たちと楽しく過ごしているんだ
結婚どころか、恋人なんてものにも、興味がない感じで
別に今の生活に不満なんて無いんだけど、心の奥底では、ひとりを求めている自分がいるのだろうか
夢の話を妻に話すと、
「あなたみたいな寂しがり屋が独身になったら、死んじゃうんじゃない?
だから、願望とかじゃなくてただの夢だよ」
と笑われてしまった
確かに俺は寂しがり屋で、独り暮らしなんてできないだろうし、家族と一緒じゃないと不安になるタイプだ
夢なんて、変な内容であることも多いし、考えるだけ無駄かな
「お前、最近ボーッとしてること多くない?」
友人が俺を心配そうに見る
「そうか?」
自分ではあまりそんな気はしないんだけど
「寝不足でもしてるんじゃないか?
睡眠は大事だぜ」
寝不足か
そういえば、最近変な夢を見るな
「なんか、夢の中で俺は結婚して子供もいてさ
その夢を見てからちょっと変な感じはするな
ま、関係ないだろうけどさ」
「なんだそりゃ
お前、絶対に一生結婚しないだろ
他人に束縛されたくないーとか言ってさ」
それはそうだ
恋愛や結婚したら自分の人生、他人に分けるようなもんだ
それを否定はしないけど、俺はそういうのに興味ないし、自分が一番大事だ
「案外、結婚願望があったりしてな」
「ないない」
嫌な夢を見た
幸せすぎて不安でも抱えてるんだろうか
独身なんて考えられないし、自分を二の次にしてでも大切にしたい人と出会えるのは、幸運なことだと思うのに
「パパ、なんか疲れてない?」
「パパ、具合悪そうだよ?」
子供たちが心配して顔を覗き込む
情けない
この子たちにもわかるくらい、態度に出ていたか
「大丈夫
ちょっと悪い夢を見ただけだよ」
「そっか
無理しないでね?」
無理しないでね、か
そうだな
少し、心を休めたほうがいいかもしれないな
しばらく横になろう
また変な夢を見なければいいが
「病院行ったほうがいいぞ?
しんどそうだ」
友人が、とても心配していることが伝わる表情で言ってきた
やはり自分ではわからないが、そこまで言うのなら、俺はどこかおかしいんだろう
「わかった
明日にでも診てもらうよ」
「なんかあったら、連絡してくれよ?」
「ああ、ありがとう」
俺は友人と別れ、自宅へ向かう
遠くから友人が何かを叫ぶ声が聞こえた
しかし、何を言っているのかはわからない
その時、本当に俺はおかしかったのだ
全く気づかなかった
俺が赤信号で交差点へ進み、車が俺に迫っていることに
事故に合う夢を見た
これは何かの暗示か?
まあ、ただの夢だし、気にし過ぎはよくない
それにしても、やけにハッキリした夢だった
夢?
本当に?
いや、あれは夢じゃない
違う、向こうが俺の現実だ
俺は事故にあって、どうした?
ここはいったい……
そうだ、この場所こそ夢なんだ
どうにかして現実に戻らなくては
俺はなんとなく、家を出ようとした
そうすれば夢から醒める気がしたからだ
急いでドアを開けて出ようとする
しかし、俺の腕を誰かが掴んだ
恐る恐る振り向くと、妻と二人の子供が、いつもの笑顔で、固く、強く、俺の腕を掴んでいた
「あなたは私たちの家族なんだよ?
どこへ行くの?」
「やめろ、離せ
俺はこんな夢からは醒めるんだ」
「パパ、家に戻ってきて?」
「俺は現実に戻るんだ!
離してくれ!」
「パパ、ここでずっと、ずーっと一緒に暮らそう?」
だんだんと、家に引きずり込まれる
俺は全く進むことができない
このまま引きずり込まれたら、もう現実に戻れない
そんな嫌な予感を強く感じる
「やめてくれ!
離せ、離してくれ!」
ダメだ、振りほどけない
もう、ダメだ
必死の抵抗も虚しく、俺は三人に家の中へと引きずり込まれて、そして……
なにか、変な夢を見ていた気がするが、思い出せない
まあいいか
夢はしょせん夢だ
「あ、おはよう」
「おはようパパ」
「パパおはよう
今日は起きるの遅かったね」
今日も家族は笑顔で俺を迎えてくれる
俺は幸せ者だな
三人の笑顔を見られる
それだけで俺は充分だ
『昨夜七時頃、会社員の男性が軽自動車にはねられる事故が発生しました
男性は意識不明の重体です
目撃者によると、男性は赤信号で交差点を渡っていたとのことで、警察は詳しい事故原因を……』
心の羅針盤など必要ない!
人生の進路など示してもらわなくて結構!
私は己で考え、己でゆく道を決める!
他者の意見は聞くが、それを絶対のものとはしない!
最後は自らの判断で行動し、その結果は自らの責任とする!
他者に進む先を握らせず、他者の進む道を握ることもない!
ただ、己で決めた道を進むのみ!
己自身が心の羅針盤だ!
心の羅針盤?
欲しいね
私はなんでもかんでも自分で決めることはできないから
時には信頼できる誰かに決めてもらうこともあるよ
自分で決めないと納得できない
それも理解はできるけど、私の場合は意外と、自分で考えるより納得感のある答えにたどり着ける
まあ、だからといって他人にすべてを委ねることはしないよ?
あくまで時々、だよ
心の羅針盤なんて無いよ
だって、人生の正しい方向なんて誰にもわからないでしょ
普通の羅針盤は正確に方向を示すけど、人生には正しさなんてないからね
結局、自分や他人の選択を正しいと信じたり、疑ったり、悩んだりそうやって自分がいいと思う方向を探っていくしかないんじゃない?
答えが欲しい気持ちはわかるけど、心の羅針盤なんて無いほうがいいよ
そのほうがきっと、自由な心で行動できるから
「またね」
お客さんのひとりがそう言って店を出た
彼は私の店をよく利用し、ブラックコーヒーを必ず頼み、食事と会話を楽しんで帰っていく
その時、必ず私に「またね」と言ってから店をあとにするのがお決まりだ
初めて来た時もそうだった
注文したブラックコーヒーを飲み、料理を食べ、一緒に来た人や他のお客さん、それから店主である私との会話をしばらく楽しむと、「またね」と言って帰っていった
それから少なくとも、週に三度は必ず私の店に来るようになり、今に至るというわけだ
この店のメニューや、雰囲気、他のお客さんのことをそれほど気に入ってくれたなら、こんなにありがたいことはない
この人は、変わらずにずっと、私の店が終わるまで通い続けてくれる
そんな予感がしていた
ある日、いつものように来店し、いつものように食事と会話を楽しんでいた彼だったが、急に悲しそうな笑顔で話し始めた
どうやら事情があって、遠くへ引っ越すことになったらしい
この店に来られるのも、今日が最後だとか
寂しさを感じながらも、人生は様々なことが起きる、そういうこともあるさ、と私は思った
「いままで、ありがとう
ここは僕の癒やしだったよ
それじゃあ、さよなら」
彼は他のお客さんや私に見送られながら、感慨深げに店を出た
「またね」とは言わずに
私は、気づいたら彼を追って店を出ていた
彼は少し驚いた様子でこちらを見る
私は願いを込めるつもりで言った
「また、お待ちしてます」
彼は微笑むと、背を向けて手を振りながら去って行った
その後も私は、相変わらず店を続けていた
彼はもう来ることはなかったが、他のお客さんとの交流は続いている
前と変わらず充実した毎日だ
今までどおり
彼が来ないこと以外は何も変わらない
お客さんに食事を提供し、お客さんの日常の話を聞き、会話を楽しむ
これまでもずっと、私は一息つける場所として、この店をやってきたのだ
そして、彼がいなくなってから何年か経ち……
ある日、店のドアから懐かしい人が、懐かしい顔を覗かせた
「やってる?」
あの日、引っ越してしまった彼だった
あのあと、しばらくは安定した生活を送っていたものの、途中から色々なことが目まぐるしく起こり、環境が変わって、再びこの地域へ帰ってくることにしたそうだ
本人によると、最後の方は激動という言葉がふさわしかったとか
引越し先へとどまることもできたが、ふとこの店のことが頭をよぎったという
またこの店に通いたくなって、戻ってきたのだと、嬉しそうに語った
嬉しいのは私も同じだった
彼はこの店をそれほど気に入ってくれていたのだ
それを聞いた瞬間は、店をやっていて最も幸せな瞬間だったと思う
彼は変わらず、ブラックコーヒーを頼み、食事と会話を楽しむと、店をあとにした
「またね」
以前のように、そう言いながら