ストック1

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5/16/2025, 11:00:05 AM

彼は歴戦の英雄だった
一流の剣技
一流の肉体
一流の精神
彼に敵う者などいない
そう言われるのも頷ける強さだった
彼は誰かを守るために戦い、皆が彼に敬意を払った
まさに無敵
いつからだろうか、彼は敵による傷を負わなくなり、戦場においては不死身、とまで言われ始めた
そんな中、彼の体に傷を付ける男が現れる
英雄に匹敵する剣の使い手に、皆が驚愕した
なぜ、あのような実力者が今まで表に出なかったのか
それは、男が自らの腕を上げるため、敵と互角になるように、自らに制限を課して戦っていたからだ
絶対的な力を持ちながら、常にギリギリの戦い方をして、上を目指す
そのため、男は今まで表舞台に出てこなかったのだ
しかし、男は英雄という、互角の相手を得た
もはや制限をする必要はない
英雄と男は好敵手となり、死闘の中で腕を磨き始める
英雄は、誰かを守る以外の戦いを知り、男は全力を出してなお、ギリギリとなる戦いを経験する
互いに敵同士でありながら友情すら感じていた
幾度となく刃を交える二人
勝負は毎回つかず、その度、双方強くなるために修練を行う
戦っては退き、己を鍛え、また戦う
どれほどの戦いを行っただろうか
いつまでも戦い、いつまでも腕を上げ続ける
そんな日々が続くような気がしていた
だが、ついに決着の時は来る
これまでで最も激しい戦いの末、英雄は男に致命の一撃を与えた
男は満足そうに笑い、感謝の言葉とともに命を終える
英雄は涙を流し、別れの言葉を呟いた
敵を倒したというのに、英雄は深い喪失感に包まれ、彼は剣を取ることができなくなった
戦いの中でこそ、彼は輝いていた
しかし、戦いによって彼は、深い傷を負うこととなったのだ
彼の心はもはや、英雄ではない
もう戦いたくない、と心の底から思う
彼は、自分が戦うための心を全て捨てることにした
未練はない
戦うために一番必要だった、これまで大切にしてきた、これから彼が手放す勇気も、もはや彼には不要なものだった
好敵手が息絶えた時に、失う恐怖によって、勇気など使い物にならなくなっていたのだ
その日、歴戦の英雄は戦場を去り、ただの一人の人間となった
彼に敬意を持った人々は、彼の心に幸福が訪れることを深く望んだ
そして、穏やかな人生を歩むことを、強く願った
いつか、彼に笑顔が戻ることを信じて

5/15/2025, 10:31:29 AM

光輝け、暗闇で!
うおおおおおお!
レバーを回しまくるぞ!
しかし腕が疲れる!
停電したので俺は懐中電灯を探したが、見つけたそれは電池切れ
電池自体も在庫切れ
そうして見つけたのは災害用のラジオ付き電灯
しかし、これはレバーを回して発電しなければ使えない!
充電できても長くは保たず!
だが、今の俺は体を鍛えたい気分だ!
特に腕を!
なので好都合!
どりゃああああああ!
……しかし流石に疲れたな
少しの間ラジオでも聴いて休もう

『5分筋トレチャレンジー!』

ちょうどなにか始まった

『このコーナーでは、5分でできる簡単な筋トレを紹介
みなさんも、私の解説に合わせてやってみてください』

ああ、これでは休むどころではない
疲れている上、暗闇の中で筋トレするのは危ないが、これもなにかの縁
やらないわけにはいかないな
疲れた腕を奮い立たせ、ラジオの声に合わせて筋トレ開始!
筋トレを頑張る俺よ、光輝け、暗闇で!
きっと丈夫な体になるぞ!

5/14/2025, 11:08:56 AM

私が幼い頃の話
友達が私のところへ来て、すごいことを知った、と言いあることを話した
親戚の人に聞いたらしい

「酸素って毒なんだって!
たくさん吸い込むと大変なんだよ!」

その時の私は一応、酸素は空気の中にあるもの、くらいの認識だが知ってはいた
そして、嬉々として報告してきた友達の言葉に、青ざめた
普段から毒を吸いまくってると思ったからだ
混乱する私
目の前の友達はなんでこんなに平気でニコニコしていられるのか
自分だって酸素を吸い込んでるのに
私は毒を吸わないように、息を止めた
これ以上毒を吸い込みたくなかったからだ
当然、息なんて止めたら苦しくなる
我慢したけど、苦しくてすぐに呼吸を再開した私は、どうしていいかわからなくなり、泣き始めてしまったのだった
突然息を止めたと思ったら泣き出した私を見て、友達はわけもわからずただひたすらオロオロするしかない
しかし、私の家が近くだったので、ハッとして慌てて私の母を呼びに行き、母は心配そうにやって来た

「酸素が毒だから、息止めたけど、苦しくなって、息しちゃってぇぇ」

泣きじゃくる私を落ち着かせるのに、母はかなり苦労したらしい
母から、呼吸くらいなら毒にならないから大丈夫だと教えられ、友達は悪くないのに謝って、それでもしばらく涙を流し、ようやく泣き止んだ私は、母とともに友達を家まで送ってから帰った
たぶん、赤ちゃんの頃を除いて、あれほど泣いたのは今までであの時だけだと思う
あの時は本当に怖かった
子供の頃って、そういう勘違い泣きってあるよね
あなたにもそういう思い出って、ある?

5/13/2025, 11:33:52 AM

私の記憶の海は、もっとこう、青くなかったかね?
なんだいこの血のように赤い海は
赤潮とかいうレベルではないじゃあないか

「お前は生前の行いが悪かったので、地獄に堕ちたんだよ
ここは地獄の血の海さ」

私はそんなに悪いことをしてきたつもりはないが、まぁいい
もうあの美しい海が見られないとは、少し寂しくはあるな
昔見たカスピ海は、それはそれは綺麗な海だった

「カスピ海は湖だ」

なに、そうなのか?
海と言っているのに?
なんてことだ
生涯その事実を知ることがなかったのか、私は
湖であるというのは、有名な話かね?

「とても有名だよ」

地獄で無知をさらしてしまったな
恥ずかしすぎてある意味地獄だよ

「ところで、俺は地獄の鬼だから、血の海しか見たことがないんだ
現世の海ってやつは、そんなに綺麗なものなのか?」

ああ、とても美しいよ
場所によって鮮やかなブルーたったり、透き通っていたりしてね、一度は見たほうがいいよ
君もいつか、現世に行けるといいね

「地獄の鬼にそんな事を言うやつは、お前くらいだな」

変わり者ではあるかな
私はよく変人クソ野郎と罵られた人生だったね

「ひどい言われようだな
一体何をやらかしたんだ?
悪いことをしてきたつもりはないとは言ったが、思い当たる節はないのか?
そうそう地獄になんて堕ちないぞ」

うーむ、強いて言うなら、趣味で罪なき人々から金を騙し取り、恵まれない人々に寄付をしたことかな

「悪質すぎるな
汚い金を綺麗な用途で使っている所がよけいにクズすぎる
しかも趣味ときた
間違いなくそれが原因だ」

でも、楽しい人生だったから、地獄に堕ちたとて後悔など無い
ただ、怨恨で私を刺し殺した男には会いたくないから、彼が死んだら天国へ行ってほしい

「たぶん、向こうも会いたくないと思うぞ?
しかし後悔がないとは、幸せなやつだな」

……いや、考えたら後悔はあったな
私はずっと内陸で生きてきたからね
生の海をこの目で見たかった

「ん?
何を言ってるんだ?
美しい海を見てきたんじゃないのか?」

見てきたよ
写真や番組、動画サービスなどでね
最近は画質が素晴らしいから、その場に行かなくても美しい海が見られる
だが、生の迫力はすごいだろうな
……私は一言も嘘は言ってないよ?

「……お前は地獄に堕ちるべくして堕ちたんだろうな」

さぁて、せっかく地獄に来たんだ
存分に楽しむつもりだよ私は

「……誰か、こいつに地獄の苦しみを味わわせてくれ」

5/12/2025, 11:10:28 AM

魔獣の王と人々から恐れられたこの私が、たったひとりの人間の子供のために、かつての同胞たちと戦うことになるとは、世の中わからぬものだ
魔獣の天敵である精霊の中でも、頂点の一角と言われる存在が宿ったせいで狙われることとなったその子供は、平穏を望み、魔獣との戦いなど望まず、むしろ仲良くなりたいなどと言う、心優しい子だった
あの精霊も、しっかり考えてから人に宿ってほしいものだな
この上なく居心地がいいのです、ではない
それはそうだろう
あんなに優しい子はそうそういない
とても優しい心の持ち主なのだから、そういった心に惹きつけられる精霊にとって最高の宿主なのも当然
問題は、精霊があの子に馴染むまでの間、眠りについてしまったことだ
戦う力を持たない子供に勝手に宿っておいて、守りもせずに眠りこけるなど無責任であろう
放っておけばあの子は必ず魔獣に襲われる
だから、私があの子を守らねばならぬ
傷つき、倒れていた私を助けてくれたあの子を
私を恐れず、友のように接してくれたあの子を
たとえ全魔獣を敵に回したとしても、裏切り者と蔑まれたとしても、私は守り切るぞ
心優しき私の友よ
ただ君だけのために、私はこの天地を震わせる王の力を、余すことなく行使しよう

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