愛 - 恋 = ?
ホワイトボードにそんな式が書かれていた
家族愛とか、友愛とかかな?
恋のない愛っていうのは
これを書いたのは、筆跡を見るに会長だろうなぁ
私が所属している、ムンサという会員制の集まり
入会条件はIQテストに合格すること……というような会ではなく、SNSでなんとなく繋がって、謎の公式サイトを共同で立ち上げた人たちの集団だ
定期的にとあるビルの、会長が所有する一室にみんなで集まっている
やることといえば、適当に話しをしたり、ゲームやったり、ダラダラしたり、たまにサイト更新のネタ探しに外へ出ることもあったり
で、ムンサの部屋のホワイトボードに会長が式を書いたようだけど
式を見つめていると、「ただいまー」と言う声が聞こえてきた
大量のお菓子を買って会長が帰ってきたのだ
会長は私が式を見ていたことに気づいた様子
ニヤッと笑ってこっちへ来る
「この問題解けた?」
「これ、明確な答えとかあるんですか?」
「無い
答えによってその人の心理をでっち上げるつもり」
「心理テスト的な?
答えづらいなぁ」
「いいからいいから
会長を信じて」
下手な答えを出せなくなったけど、どうせ会長が何を言い出すかなんてわからないし、ぱっと思いついたことを言おう
「じゃあ、家族愛で」
「ふむふむ
この問題は、あなたが飢えている愛と、私に求める愛がわかります」
ロクな内容じゃなかった
前半はともかく、後半が
そもそも私は家族愛は満たされてますけどね
というか、しれっと式で恋愛の可能性だけを完全に抹消している点に、保身の形跡が見られる
「そうかそうか
私には家族のように思われたいんだね
私のことはお姉さんだと思ってくれて構わないよ?」
なんか機嫌良さそう
なんで自分ででっち上げた内容でああもはしゃげるのか理解できない
でも、ああいうおかしなところがこの人の魅力だと思う
見ていて飽きないというか
だからこそ、みんなこんな怪しい集まりにずっと参加してるわけだし
私はたしかに会長に対して愛を持っている
家族愛でも友愛でもまして恋愛でもない
自分でもわからない、言葉にできない不思議な愛だ
はっきりとした正体はわからないけど、この気持ちは、大事にしたいな
ま、会長には絶対に言わないんだけどね
僕に課されたミッションは以下の通り
「梨派と林檎派の戦争を阻止せよ」
無茶な要求をしてくるものだ
奴らは長らく憎み合い、罵り合い、お互い歩み寄るなんてことは思いつきもしないというのに
梨派曰く、「林檎など干からびた梨の下位互換だ」
林檎派曰く、「梨など水で薄めた林檎の下位互換だ」
もういっそ、両方勝手に滅んで梨も林檎も楽しめる人々で理想郷を作るほうがいいのではないかと思う
ちなみに、僕はバラ科にアレルギーを持っているので、どちらも楽しめない
僕が今回の任務に乗り気でない理由の一つはそれだ
どちらにも良さがあるじゃないかと説いたところで、説得力がないだろう
それを言ってる人間が、梨も林檎も食べられないのだから
なぜわざわざ僕を任務に行かせたのか
理解不能だ
なにか別の目的でもあるのだろうかと疑いたくなってくるほどだ
ん?
別の目的だって?
そこで僕の頭にある考えが降ってきた
これはもしかしたら、逆に戦争を起こさせようとしているのではないか
僕に任務を下した人は表向きは梨派だが、あくまで梨のほうが好きなだけであり、林檎嫌いではない
だから林檎派との争いに心を痛めていた
しかし、彼が梨や林檎を食すところを見た記憶がない
まさか、彼は梨派どころではなく、最近暗躍している反薔薇派なのでは?
僕を利用し状況をかき乱し、二つの勢力を同時に滅ぼそうとしているのかもしれない
こうしてはいられないぞ
梨と林檎で戦争をしている場合ではない
双方に魔の手が迫っている
僕は梨派と林檎派に対して、迫る危機に気づかせるため、行動を開始する
この状況をチャンスに変える
うまくいけば、危機を逆に利用し、和解に繋げられるかもしれない
LaLaLa GoodBye♪
二度と来んなバッキャロー♪
店に来て、当店自慢の料理を食ったまではいい
それなら普通のお客さんたちだった
口に合わなくて、小さい声で不味いねって言うくらいなら、別に俺も怒らない
しかし!
他のお客さんのいる前で、でかい声で不味いっつーのは失礼じゃないの?
普段から声がでかいだけで、本人たち、不味いですよーってアピールしたいわけじゃないと思うけど
けどな?
こっちとしちゃあ他のお客さんが美味しい美味しい言って食ってくれてる料理を大音声で不味いとか言われちゃあ許せねえわけよ
何が失礼って、俺の料理に惚れてくれた人たちに失礼だよ
自分が好きなものをでかい声で否定されてんのよ?
俺だったらあとでサンドバッグぶん殴ってるね
まぁあんだけ不味いっつってんだから、もう二度と来ねえだろ
LaLaLa GoodBye♪
他の店じゃあでかい声で不味いとか言うなよー♪
来やがったよ
しかも増えたよ
なんで来てんの?
と思ったら、でかい声でまた「この店不味くてさ」とか言いやがる
不味いなら来んなよ
友達に広めなくていいのよ
この間と同じもん注文して
またでかい声で不味いって、ふざけんなコラ
とか思っていたら
なんか、増えた友人二人がこの間も来た二人に対してガチ説教を始めた
新しく来た二人はまともだったみたいだ
ありがてえ
帰り際に俺に謝って、不味い言ってた二人にも謝らせ、会計して「僕は美味しいと思いました」「俺もです」と言って去っていった
ま、あの二人に免じて許してやるかぁ
あの二人、また来てくれっかな
わかってたよ
どこまでも行けるような気がしたけど、こうなるに決まってる
気持ちが大きくなってたんだと思う
じゃなかったら、戦おうなんて考えなかったはず
うっかり四天王最強を倒したものだから、魔王にだって勝てる、なんて思い上がってしまった
その四天王最強を従えるくらい圧倒的な強さだなんて、考えるまでもなくわかるのにね
魔王を倒せる実力の人間は、魔王との戦いで聖剣が現れ、聖剣によって魔王を滅ぼす
きっと聖剣に選ばれる、現れてくれる、なんて根拠のない自信を持った私が悪い
実際には、聖剣が出る間もなく簡単に致命傷を受けた
戦いにすらならなかった
仲間の顔が浮かぶ
ごめん、みんな
私はもう、ここまでみたい
せめて、魔王にひと傷くらいはつけてやりたかったけど、力の差がありすぎた
せめて、聖剣に選ばれる勇者が、すぐにでも現れることを祈ろう
…………
……
「どうした?
怖い夢でも見たか?」
いつの間にか眠っていた
目を覚ました私の顔を、お父様が心配そうに覗く
「うん
私が別の誰かで、その誰かがお父様に挑んで、負けて……死んだの」
今思い出しても、嫌な夢
夢とはいえ、お父様を殺そうとするなんて
夢とはいえ、お父様に殺されるなんて
でもきっと、お父様はただの夢だと笑い飛ばしてくれる
そう思ったのに、お父様はなぜか真剣な表情になった
「そうか
そろそろ頃合いか
……始めよう」
私にはその言葉の意味がわからなかった
始める?
何を?
お父様は私を、城の中の入ってはいけないと言われていた部屋へと連れてきた
そこは、夢で見た部屋
違うのは、大きな魔法陣が描かれていること
「ここは、何?」
お父様は答えない
私を見ながら、悲しそうな顔をして、なにかの魔法を発動した
「う、ああああぁぁぁぁ!」
頭が痛い!
何かが頭に入り込んでくる!
これは……記憶?
私は……そうだ、私は……
「……気分はどうだ……?」
「最悪……
あなたを殺そうとしたのに、転生させられて、娘として育てられるなんて……」
なんの目的で、魔王はそんなことをしたの?
「すまぬ
他に方法がなかった
我を倒せるほどの人間がいなかったものでな
長らく魔王城の魔素を浴び、強靭な肉体を得た今の君なら、我を葬る勇者となれるはずだ」
魔王は自分を倒す存在を育てた?
なぜ?
「そんなに死にたいなら、自害すればいいでしょ
なんでそんな回りくどいことを?」
「死ねないのだ
何度も死のうとした
しかし、魔王の血統がそれをさせぬ」
魔王によると、彼は人間と争いたくはなかったそうだ
しかし、魔王の血には歴代魔王の怨念が宿るらしい
魔王はそれに抗うことはできず、意思とは無関係に人間を滅ぼそうとする
だから子を作らず、自分で魔王の血筋を終わりにするため、勇者を待った
「だが勇者は現れなかった
だから、我のもとへたどり着いた君の遺体を作り変えて転生させ、ここまで育てた
素質はあるはずだと思って、な」
魔王の言っていることは、たぶん本当のこと
納得行かない部分もあるけど、私は魔王と再び戦うことにした
本当は、魔王を救いたい気持ちもあったけど、きっとそれは叶わないことなんだ
私ができることは、せめて、魔王の望み通りに殺すこと
「……わかった、私があなたを殺す」
「うむ、感謝する」
そう言うと魔王は私に、かつての愛剣を渡してきた
こうして、戦いの火蓋は切って落とされる
何度か打ち合って思う
あの頃とは違う
私は互角に魔王と戦えていた
体に力がみなぎるのを感じる
そして、運命の時は来た
私の持つ剣が輝き、聖剣へと変貌した
それをきっかけとして、私は一気に優勢となる
魔王は防ぐので手一杯
私は攻め手を強め、一瞬の隙を逃さず、致命の一撃を魔王に喰らわせた
魔王の体が力なく崩れ落ちる
「勇者よ、改めて、感謝する
我が呪われた運命も、これでようやく、終わる」
魔王は心底安堵した表情で、息も絶え絶えに言葉を発する
私は悲しい気持ちが溢れてきた
娘として育てられてきて、この人の優しさを知っていたから
だからせめて、最期は娘として接してあげよう
「さよなら、お父様
ゆっくり休んでね」
魔王は柔らかな笑みを浮かべると、そのまま眠るように亡くなった
「はい、勇者と魔王の物語はこれでおしまい」
「おかあさん、ゆうしゃもまおうも、すごくかわいそうだったね」
「そうだね
でももしかしたら、魔王はどこかで生まれ変わって、新しい人生を始めたかもしれないよ?」
「うん!
ゆうしゃだってうまれかわったもんね!
まおうはいま、どこにいるんだろう?」
「死ぬための人生なんて、悲しすぎるよ!
魔王城の魔素が私の体内にあるなら、魔王の転生魔法だって使えるはず!
うまく行けば血の呪いだって浄化できるかもしれない!
いや、してみせる!
絶対に生まれ変わらせるんだ!
今度は私がお母さんだからね!
転生したら、あなたの物語を話して聞かせてやる!
こんどこそ幸せにするから、さっさと可愛い赤ちゃんに戻ってよね!」
必死に魔力を練り続けて、限界が近いと思った瞬間、魔王は赤ちゃんの姿になっていた
赤ちゃんは大声で泣いている
ああ、よかった
うまくいったんだ
私は魔王だったその子を抱いて、話のわかる魔族に成り行きを話すと、城を出て人間界へと向かった
今度こそ、幸せになってもらわないと
いや、幸せにするんだ!
未知の交差点はたくさんある
数えるのもバカバカしいほど
私の知っている交差点の数なんて、この世の交差点の1%にも満たない
が、しかし
たまたま行く機会のあった街に、お気に入りの景色の交差点を発見した!
積極的にではないけれど、なんとなく景色のいい交差点を求めていた私にとって、かなり理想の姿だった
四つ角にビルが高く建ち、歩道が広く、各方向の先も、ごちゃついた感じがしないキレイに整列したビル群がある
そうだよ、これだよ!
私が見たかった交差点は!
幸い、ここは自宅の最寄り駅から1時間ほど電車に乗ればたどり着ける
つまり、見たいと思った時、暇ならそんなにハードル高くなく行けるということ
この世に無数にある中で、こんな素晴らしい交差点へ簡単に行けるというのは、かなり嬉しい
もしここが海外だったり、国内でも飛行機や新幹線で行かなければならない場所だったら、気軽な気持ちで向かえなかっただろう
どうか、この交差点の景色がいつまでも続いてほしい
心からそう思う