ストック1

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9/6/2025, 11:24:02 AM

深夜の誰もいない教室に、それは現れる
過去にこの学校に在籍しており、病気で若くして亡くなった少年
生徒の間で噂される、学校十三不思議のうちのひとつ
No.8、絵師霊
七不思議では足りないため、数字が増えた十三不思議の中にありながら、彼が恐れられることはなく、むしろ生徒たちから愛されている
彼の姿を見たものはいないのが、それでも人気なのだ
その理由は、彼の生前からの夢と未練によって引き起こされる怪奇現象にある
彼は漫画家になりたかった
小さい頃から様々な漫画を読み、親しみ、感動してきた彼が、その夢を持つのもごく自然なこと
その夢を忘れられず、この世に残り続ける彼は、チョークで黒板に漫画を書き始めたのだ
その漫画が生徒に評判で、絵師霊という名で呼ばれるようになった
漫画はすべて写真として保存されている
絵師霊の出没する教室には、漫画を愛する彼のため様々な漫画が供えられており、それらは絵師霊を楽しませるだけではない
新たなアイディアの源泉でもあった
絵師霊は嬉しくて、夢中で毎晩様々な漫画を描き、生徒たちを楽しませる
そんな中で、噂を聞きつけた会社から、彼にプロとして連載する話が舞い込んでくる
絵師霊は初めて、人前に姿を表した
その姿は、どこにでもいる普通の少年だ
会社側は、学校への配慮と、幽霊というプロフィールではなく、自身の実力で頑張れるよう、絵師霊の正体を隠した上で連載したいと言い、絵師霊はそれが自分の望みでもあるため、快諾した
絵師霊は地縛霊ではない
単に、漫画を大勢に見せたかったから、慣れ親しんだ学校にいたのだ
亡くなった場所が学校ではなく病院なのがその証拠
だから絵師霊は連載のため、一時的に学校の外へ出た
生徒たちは秘密を守り、彼を応援する
打ち切りになる不安もあったが、絵師霊は前向きに、ダメでもまた生徒たちが自分の漫画を楽しんでくれるさと、明るい気持ちで連載に取り掛かった
絵師霊の連載は好評だった
月刊で連載される漫画を描く傍ら、時々息抜きで学校へ行き、以前のような漫画を黒板に描いたりもする
そうして数年の連載を続け、ついに漫画は最終回を迎えた
学校の卒業生や在校生は、夢を叶えた絵師霊が満足して消えてしまうのではないか
そう不安になりながらも、彼が満足できたならそれでいいと、納得もしている
だから、盛大に見送ろうと彼を学校に迎えたのだ
絵師霊は消えなかった
彼の漫画への探究心はとどまるところを知らない
夢を叶えてなお、彼は学校で夜な夜な漫画を描きながら、次の連載に向けて構想を練り始めたのだ
絵師霊の漫画家としての道は、まだ始まったばかりだ

9/5/2025, 12:05:50 PM

信号は赤だ
あの日からずっと
赤なのだから、渡ることはできない
その信号は、青になることはない
それでも他に渡れる道はなくて、その場で立ち尽くしたまま
探せば他の道はあるんだろうな
ただ、俺にそれを見つける気力なんてものは残ってなかった
俺のことを、周囲は抜け殻のようだと感じていると思う
それは俺自身でも感じてることだ
俺には熱意を注いでいた夢があった
その夢を叶えるために、頑張ってきたんだ
ただ、それは潰えてしまった
夢破れた理由は、俺に才能がなかったとか、そういうことじゃない
才能の有無なんて知る前に潰えた
時代だ
俺の持つ夢は今の時代に求められない分野だった
どうやら、俺が夢を持った時にはすでに斜陽になり始めていたようだ
その時はそんなこと、知らなかったし、想像もしてなかったけど
俺自身に才能や実力がなくて、夢破れたなら諦めることはできた
けどこんな終わり方じゃ納得行かない
納得行かないところで、時代が変わってしまったら、俺にはどうにもできないんだけど
俺はこのまま虚しさを抱えて生きていくのかな
そんなことを考え始めて、鬱々とした気分になっていると、弟から真剣な顔で、話したいことがあると言われた
慎重に言葉を選びながら、弟は俺にあることを告げた
簡単に言うと、俺の新たな夢になるかもしれないものを見つけた、という話だ
俺は、そんなものはないだろうと思いながらも、せっかく弟が俺のために見つけてくれたのだからと、聞くだけ聞くことにした
それは、俺の今までの努力の成果を活かせる分野だった
ゼロからの始まりじゃない
俺のしてきた努力の延長線上にあるのが、それだったんだ
俺は一気に興味を持ち、弟とともに詳しく調べると、それにどんどん惹き付けられていく
その分野が俺の新たな夢となるのに、時間はあまり必要なかったと思う
心の中で、信号が青になるのを感じた
あとは、踏み出せばいいだけ
迷いはなかった
やっと、俺は自分の人生の歩を、再び進めることができたんだ
今度こそ、納得行くまでやる
その結果がどうなろうとも、後悔のないように、全力で頑張ろう

9/4/2025, 11:54:57 AM

あの時、言い出せなかった「」
伝えようと思っていたのに、口に出せなかった言葉
何を言おうとしたのか、今ではもう覚えていない
いつのことだったのか、相手が誰だったのかも
ただ、私の中でその出来事は、心残りという形で確かに存在している
この心残りを解消する方法はあるのだろうか

私がモヤのかかったそんな昔の記憶を思い出そうとしていると、急に目の前が真っ白になった
何が起きたのだろう?
この状況が何か、全くわからない
けど不思議と、これからいいことが起こるような予感が心を満たす
怖がる必要はないようだ
気がつくと、私は懐かしい景色の中にいた
ここは、私が魔法学校の学生だった頃によく来ていた、学校近くの湖だ
周囲を見回すと、少し遠くに学生の姿があった
あれは、私の同級生の……誰だったか
ああそうだ、思い出した
卒業前に遠くの地へ行ってしまったヘンリーだ
私はずいぶん昔へ来てしまったのか
記憶がだんだんと戻ってくる
そう、私はヘンリーへ何かを伝えようと思ったのだ
それで、結局言い出せなかった
私が言おうと思っていたこと……
そうだ
ヘンリーは、事故が原因で魔法を使えなくなって、そのあと遠くへ行ってしまった
でも、事故のあともヘンリーは魔法を諦めきれない様子で、私は魔法を使えないまでも、魔法に代わる、魔法に似た道を伝えようと思ったのだ
ただ、私が代替案を出すということは、暗にヘンリーに魔法を使うことを諦めろ、と言っているようで、言い出せなかった
これが幻でも何でもなく、本当に過去へ行けたなら
今度こそ伝えよう
私はヘンリーのもとへ駆け寄った
できるだけ、当時の雰囲気を思い出しながら

「ヘンリー」

「あれ、エリナ
授業はどうした?」

「ええと、説明しづらいんだけど……」

「じゃあ、説明しなくていいよ
なにか事情があるんだろ?」

そう
ヘンリーはそういう人だった
相手の事情を慮れる人
とても優しくて、穏やかな人だ
ヘンリーは、ちょっと話そうよと言うと、その場に座った
私も座る

「エリナ
僕は魔法を使えなくなったけど、諦めきれないんだ
今でも、もしかしたら魔法を発動できるんじゃないかと思って、試してみてる
まあ、もちろん無理なんだけどね」

少し切なそうな表情をしているけれど、この表情から読み取れる以上に、心は傷ついているはず
ヘンリーは言葉を続ける

「だけど、僕だっていつまでも執着しているわけにはいかない
なにか、別の道を探さなきゃね
だけど、なかなかこれっていう道が見つからなくて……」

ヘンリーも、諦めきれないなりに新たな道を切り開こうとしていたのだ
だったら、私のできることはひとつ
当時はまだ研究が始まったばかりの分野
それをヘンリーに教えよう

「実は、そのことで話したいことがあってね
魔力を動力にして動く魔道具っていうものがあるの」

「魔道具?」

「ヘンリーは、魔法を使えないけど、魔力を練ることはできるでしょ?
魔道具は、魔力を練れさえすれば使えるもので、研究が進められてるんだって
ヘンリーは手先が器用だから、道具作りに向いてると思う
もし興味があるなら、魔道具の研究者になってみたら?」

「そんなものが……
ありがとうエリナ
ちょっと調べてみるよ」

ヘンリーはそう言うと、善は急げとその場を去ろうとし、こちらへ振り返った

「なんとなく、君が未来から来たエリナだっていうのはわかる
このことは、今のエリナには秘密にしておくよ」

私は驚いて、同時に納得した
ヘンリーは相手への理解力が非常に深い
私の正体に気づいても、おかしくはない
そういえば、言い出そうと思って結局なにも言えなかったあの時、ヘンリーは私に、「君の気持ちは伝わったよ」と言った
あの時は、励まそうとして言葉が出てこないのだと勘違いされたのかと思っていたけれど、この私に会ったあとだったのかもしれない
ヘンリーは私の時代に、どうしているのだろう
私は、ヘンリーの行方を知らない
魔道具の研究も、私の住む地域では情報が来ないから、ヘンリーが何かを成してもわからない
そんなことを考えていると、目の前が再び真っ白になった
もとの時代に帰るのか

気づくと、自分の住む家にいた
少しして、扉をノックする音
出ると、どこかで見覚えのある、私と同い年ぐらいの、白い髭を蓄えた男性がいた

「来るのが遅くなってしまった
僕は魔法学校で一緒だったヘンリーだよ
覚えてるかい?」

「あなた、ヘンリー?
もちろん覚えているわよ」

「話したいことがたくさんあるけど、まずはこれを言わないと
君があの時、道を示してくれたおかげで、僕は魔道具の研究者になれたよ
ありがとう」

ああ、無事に新しい道を見つけられたようでよかった

「このあたりでは、まだ魔道具の情報はあまり来ないだろう?
でも、もうすぐ魔道具は世界を変える
きっとすぐに、情報が巡ってくるよ
長い時間がかかったけど、研究の末、安定した生産と実用化に成功したんだ
人生をかける価値のある研究をここまで進められて、僕は幸せだ」

ヘンリーはそれを伝えるためにわざわざ来てくれたのだ
私の住まいを探すのも大変だったろうに
あの時、言い出せなかった「魔道具の研究者になってみたら?」
それを、不思議な体験で言うことができ、その言葉でヘンリーは、人生をかけるほどのものに出会えた
私はとても嬉しかった

「もしかしたら、僕に道を示したのは、君にとってはさっきのことかもしれないけどね」

すべてを見通しているかのようなヘンリーの言葉に、私は絶句した
だけど、ヘンリーなら、見通されていても納得感がる
それくらい、ヘンリーはすごい人だから

9/3/2025, 11:23:08 AM

僕の心には、secret loveと書かれている扉があり、その扉は固く閉ざされている
その中には誰にも話していない僕の愛がある
見たいと言われても、絶対に誰にも見せられないものだ
親友にも家族にも、その扉の中身については話せない
たとえ恋人ができても、開くわけにはいかない
別に悪いことをしているわけじゃなく、後ろめたいことなんて何もないんだ
ただ、世の中、誰にも迷惑がかからないことでも、悪いことのように思われる場合が多々ある
それが怖くて扉を開けない
多くの人は他人にそこまで興味がないと思うけど、意外と「そこを気にする?」みたいな部分にいちいち首を突っ込んでくる人というのも、けっこうな数いる
そして僕の愛は、そういう人たちからしたら、かっこうの的になるものだと自覚している
だから誰にも見せられない、話せない
この僕の心の声を、たまたま聞いているあなたにだって、絶対に中身を見せるわけにはいかないんだ
本音を言うと、僕は誰かとこの秘密を共有したいんだけど、それには大変な勇気と、大丈夫だという確実な根拠が必要となる
あなたにこれを話しているのだって、共有したい願望を妥協した結果なんだろうと思う
せめて、僕に秘めた愛があることを誰かに話すだけでも、少しは楽になれるかもしれないと考えて
どうせもうあなたと会うことはないだろうから、愛の正体を言ってしまってもいいんだけど、僕の中でとても大事なことだから、やっぱり見ず知らずの相手には話せないな
そんな状態で、こんなことを頼むのは厚かましいかもしれないけど、僕がいつか扉を開けて、中を見せられる相手に巡り合えることを願ってほしい
秘密の愛が、自分だけの秘密ではなくなる日を、願ってほしい
じゃあ、僕はもう行くよ
心の声を聞いてくれてありがとう

9/2/2025, 11:48:31 AM

1枚1枚、ノートのページをめくる
ループものの作品は、未来の記憶を頼りに悲劇を回避する
そういう展開がお約束のはず
けど僕はどうやら、ループしているものの、記憶までは保持していないらしい
保持していないのに、なぜ僕はループに気づけたのか
それは、血のついたこのノートのおかげだ
どうやら死の直前に所持していたノートは、次のループの始まりに自動的に引き継がれるようで、未来の状況やループについて書いてあった
2回前のノートは引き継がれない、とも
ノートの血は僕の血だろうな
ノートにはループ105回目と書かれていた
ずいぶん死んだな
今の僕はループ106回目か
ただ、ノートの内容を信じ、死が迫っていると知っても、僕に恐怖はない
たぶん、自分に興味がないせいだろう
それでも、前回までの僕はなんとかループを抜け出そうとしていた
まあ、それはそうだよな
僕は自分に興味はないが、他人のことは大切だ
人の不幸は見たくない
たとえそれが、僕を害する存在でもだ
僕の死んだ原因だけど、実は僕にはストーカーがいて、普通の人なら警察へ相談するレベルの被害を受けている
ノートによると、興味がなかったので無視し続けていたら、逆上され、殺されたそうだ
たしかに、僕は彼女のことを無視し続けている
結果、これから僕は殺されるのか
僕のことはどうでもいいけど、相手が殺人犯になるのはしのびない
自分でも頭がおかしいと思う
でもこれは本心だ
さて、彼女を罪から救うにはどうすればいい?
前回の僕は、彼女の行為が彼女自身の人生に与えるデメリットを解説したようだが、それは死ぬよな
そんな解説を聞き入れるような冷静な心理状態じゃないだろうに
ではどうするか
僕は閃いた
彼女の思いに応えればいいのではないか
それは自分に興味のない僕だからこそできる方法だ
僕は彼女のために人生の全てを捧げよう
後日、彼女は僕の前に現れた
目はギラギラしている
今日が運命の日だ
僕は、相手が行動を起こす前に、彼女の愛を受け入れることを伝えた
これからの僕は、もう彼女のものだ
……と思っていたら、彼女は動揺し始めた
結果を言おう
僕はなぜか自分のストーカーにフラれた
僕に愛を受け入れると言われた途端、なんともいえない嫌悪感が溢れてきたそうだ
これが蛙化現象というものか
彼女は今までのことを唐突に後悔したようで、謝りながら自分が間違っていた、自分の好きな相手に強く迫るのはもうやめる、と言い出した
死んだ僕の書いたノートが消えていく
僕はひとりの人間と自分の命を守れたようだ
もうループすることもないのだろう
彼女を見送ったあと、僕は安心して自宅へ帰った
相変わらず僕は自分に興味がないけど、これからは他人を積極的に助けられる人間になれる
そんな気がした

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