「お前の探しているものがここにある」
俺は特に何も探していないが
「そんなこと言うなよ
この店すごいらしいから」
俺は無駄金は使いたくない
欲しいものがないのに素晴らしい店に入って、ノリで買ってしまうなんてことは避けたいんだが?
「大丈夫
今、欲しいものがなくても、店で見てこれいい!ってなったら、それはもはや欲しいものがあるってことなんだよ」
だから、俺はそういう感じで買いたくないんだよ
買いたいものがなかったらそもそも店に行かないタイプなんだ
「お前はそれでいいのか!
この店は何でも揃ってるんだぞ!
きっとお眼鏡に叶う掘り出し物がある!
なぜならこの店にないものはない!」
ないものはない
つまり、俺の元々ない欲しいものもないってことだ
はい、解散
「バッカヤロウ、そっちのないものはないじゃない!
すべてのものがあるって意味だ!」
そんな店があるもんか
もしあったらなんらかの都市伝説的な店だよ
絶対なにか怖ろしげな代償を払わされるだろう
「代償は金だけだから安心しろよ
たしかに値段は高いけど、それくらい価値あるものしかないらしいから
行こうぜ
あと、都市伝説を怖がれる立場か、俺たち?」
都市伝説が都市伝説を怖がっちゃいけない理由はないだろ
口裂け女さんだって、メリーさんにストーキングされたらビビると思うよ?
むしろ、俺たちは命を失ってる分、何を奪われるかわかったもんじゃない
第一、俺たちみたいに夜道を歩く人間に生前の愚痴を話す、少し迷惑だけど目立った害のない弱小都市伝説なんて、なんかあったら一発で潰されるだろう
その危険を考えると、行きたくないよ
「でもさあ、この間口裂け女さんが貯金をけっこう使って買い物したらしいんだよ
でもすごくいい買い物だったってウキウキで語っててさあ」
あー、口裂け女さんがそんな感じなら、行ってみようかな
あの人なら信用できるし
「それがいいよ
お前の欲しいものがきっとある!」
在庫が何もないな
「そういえば、口裂け女さん、最初は何もないけど、そのうち欲しいものが現れるって言ってたっけ」
俺、欲しいものないんだけどな
出てくるのか?
「おっ、俺の欲しいものが出た」
なにそれ、チケット?
「これをレジに出して引き換えるみたいだな」
お前は何が欲しかったんだ?
「命」
え?
生き返るつもり?
「俺の本心は、そうみたいだな
気づかなかったけど
1000万霊円か
ギリギリ、俺の貯金全額近くで買えそうだ
とはいえ、この値段とは安い命だ」
そうか
少し寂しいけど、今度こそ長生きしろよ
「引き止めないのか?」
そりゃ、友人の夢が叶うなら、後押しするのが当たり前だからな
「ありがとな
で、お前は何か出ないのか?」
出た
ああ、たしかにこれは、俺の欲しいものだな
「ハハハ、お前らしいな」
お前の相棒として蘇る権利、か
結局、ここでお別れとはいかないな
値段が思ったより安いんだけど、お前の相棒としての命ってそんなに価値ない?
「本当だ
俺の命ともどもひどい値段だぜ
ま、でも買えない値段じゃなくてよかったな」
それにしても、この店はなんなんだろうな
「ここ、どの都市伝説に聞いても正体は知らないらしい
一説によると、都市伝説とは別ジャンルの超常現象グループが、活動資金を得るために開いてるんだってよ」
ああ、海外に似たような存在がいるらしいな
詳しくは知らないけど
ま、なんにせよ、俺たちは都市伝説じゃなくなるから、この店ともこれっきりだな
最後に他の都市伝説の人たちとお別れしたかったが、しょうがない
「でもきっと、生き返った俺たちを影で祝福してくれるさ」
なんか、想像できるな
「次こそは頑張るぞ!」
だな
「なあ、これどういうこと?」
相棒ってことだろ?
「双子を相棒っていうか?」
言わないな
ただの兄弟だな
俺は冴えない顔からお前似の爽やかイケメンになれて満足だよ
お前の顔、前から羨ましかったんだ
「瓜ふたつのタイプの双子かぁ……」
戸籍も変わってたな
ここまで現実を改変するなんて、すごい霊力だよな
「まあ、問題なく蘇れたのはいいけど、お前にはもっとこう、親友ポジションになってほしかった」
こうなってしまったものはしかたない
これからは兄弟としてよろしく頼むぜ、相棒
私は銭湯や温泉などが好きだ
銭湯はたまにふらっと行ったり、旅行先では必ず温泉にも入る
しかし、矛盾しているように思えるだろうが、私は入浴という行為に関して面倒臭さを感じる部分がある
入る事自体はもちろん好きだ
だがその前の服を脱いだり、出る際に体を拭く、服を着る、髪を乾かすといった行為が非常に嫌いである
いや、服を脱ぐのはまだいい
入る前だからな
さんざん楽しんだあとに、なぜあれほど面倒なことをしなければならないのか
そのせいで、銭湯や温泉を純粋に楽しめない自分がいる
まさに玉に瑕
あの時間さえ無ければ完璧なのに
だが、そんな私に朗報だ
そんな面倒なことをしなくても済む風呂がある
しかも、それは場所によって無料で入れることも多い
入ったあとは、手間とも言えないちょっとした行動をするだけで済む
そこは、そもそも服を脱がない
服は着て、靴と靴下だけを脱ぎ、素足のままで入ることができる風呂
そう、足湯だ
たしかに、全身が浸かる風呂よりは感じる気持ちよさが少ない
しかしそれ以上に、気軽に入れるのが魅力的じゃないか
入ったあとはタオルで足だけ拭けばいい
温泉や銭湯をラーメン屋のラーメンと例えるなら、足湯は手軽なインスタントラーメン、といったところか?
ともかく、以前は全身を浸からせないなんて、と思っていたが、試しに入ってみるとどうだ
これは私が充分満足できる、立派な風呂ではないか
温泉、銭湯、そこに足湯が加わり、私の入浴ライフはさらに充実したのだ
フッ、果たして成功することができるかな?
今まで数々のチャレンジャーが敗北を喫してきたこれを
見ている分には簡単に見える
なぜこんなに脱落していくのだろう?
そう思う者も大勢いる
だが、これは挑戦した者にしかわからない
このゲームは、苦痛に満ちた地獄のゲームなのだ
もう一歩だけ、進めば勝てる
そんな状況だとしても、そのもう一歩だけ、が踏み出せない
心が痛みと恐怖に支配されるからだ
この狂気のレース、一位を取るどころか、完走することすら難しい
私は参加者が苦痛にあえぐ姿を見るのがとても楽しい
そして苦痛の中、耐えきって一位を取り、安堵と勝利の喜びを噛みしめる姿を見るのはもっと好きだ
とはいえ、完走者が一人も現れない至極残念なレースもあるが
しかしそれも致し方ないこと
こんな狂気のレース、やろうという人間自体が珍しいのに、さらに苦痛に耐えきれる者となると、相当に少ないだろう
だが、それでいい
至高の楽しみが毎回発生しては、ありがたみが薄れるというもの
さあ、今日はなかなか熱い戦いが繰り広げられている
まだ脱落者があまり出ていない
最後まで耐えきれるのは何人か
今回はいつもより楽しめそうだ
複数の完走者を期待しよう
せいぜい苦しみながら進み、完走後の解放感に包まれるがいい
……フム、そろそろ決着がつきそうだ
最後の一歩だ
苦痛と恐怖を振り払い、一歩を踏みしめ、一位でゴールへたどり着いた
おめでとう
心からそう思う
そして、続々とあとに続いて完走者が現れる
今回、完走者はかなり多かったな
今までで最高のレースを見せてもらった
彼らに最大の敬意を表し、成績に見合った賞品を授けよう
素晴らしい超強力足つぼレースだった
色々と嫌なことがあったので、適当に見知らぬ街へ行くことにした
街を散策してリフレッシュするのだ
行ったことのない近場の街をいくつかピックアップして番号を振り、どこかのサイトでランダムに数字を生成して出た数字の場所へ行く
電車に乗って着いたのは、俺の住む街と同じような雰囲気のところ
俺の感覚では、よくある普通の街といった感じだな
とはいえ、実際に散策するぞと意気込んで歩いていると、街の様々なものが目について楽しい
自分の住むところでも、こんなに色々なものを気にして歩くことなんてないから、新鮮だ
今いるあたりは飲食店も多く、外から店の雰囲気を楽しむ
海老天のキャラクターが海老を釣るという、なんともいえないイラストの看板が立つ店もあった
そんな中で、気になる店がひとつ
そこはハンバーガー屋で、けっこうボリュームのあるメニューが多いようだ
その店に、どこか懐かしさを覚える
しかしその店はチェーン店ではないし、当然この街には来たことがない
それでも、なんとなく知っている気がして、俺は昼が近かったこともあり、早めの昼食をここでとることにした
なぜか惹かれるメニューがあったので、それを頼む
運ばれてきたハンバーガーを食べた時、俺の中で記憶が蘇った
ああ、これは小学生の低学年の頃、両親とたまに行ってた店の味だ
当時、食べきれないから、俺は両親と分けて食べていたな
そして、いつの間にか店がなくなっていたんだった
閉店して残念がったのを覚えている
知った時は泣いたような
でも、この街で復活していたんだな
俺は懐かしいハンバーガーの味を噛み締めながら、思い出に浸る
気分転換のために、たまたま来た街だったが、思わぬ収穫があった
たまに来て、この味を楽しむのもいいな
他にも食べたい美味そうなメニューもあるし
遠雷が止まることを知らない
さっきっからゴロゴロゴロゴロ!と鳴り続けている
近くじゃないから僕自身は恐さはあまり感じないけど、とにかくうるさい
心地いい音ではないので、なかなかに鬱陶しい
そして何より、トイプードルのムムちゃんがさっきからテーブルの下でプルプル震えているのが可哀想で心が痛い
いつまで鳴っているつもりなのか
ムムちゃんがこんなに恐がっているのに
同じくトイプードルのココアちゃんは、平気な顔しておもちゃで遊んでいるけど、ムムちゃんはココアちゃんと違って恐がりなのだ
それにしても、さっきっから何度も何度も
今日の雷はいったい何回落ちるつもりなのか
恐がるムムちゃんのためになんとかしてあげたいが、僕にはどうしてやることもできない
ムムちゃんはかなり参ってる
一方のココアちゃんは楽しそうだ
というか、ココアちゃんすごいな
全然、気にもしてないぞ
この音の中、マイペースにおもちゃで遊び続けるなんて大物だ
ココアちゃんは放っておいても平気だろう
問題はムムちゃんだ
鳴り止むまでなんて待っていられない
ムムちゃんが恐がっているのは今なんだ
とはいえ、できることはあまり思いつかない
こういう時はもう、ひたすらなでるのがいいかもしれない
僕がなでてあげると、ムムちゃんは伏せた状態で尻尾をブンブンふり始めた
よかった、喜んでる
きっとこうしていれば、少しは恐怖心が薄れるんじゃないか?
相変わらず雷は落ちてるけど、ムムちゃんは少しは落ち着けたみたいだ
テーブルから出て、今は座る僕の足の上に乗っている
そして、視線をココアちゃんのほうへ移すと、飽きもせずずっとおもちゃで遊んでいた
本当に、ココアちゃんは強いな