喫茶店Midnight Blue
営業時間、11:00-15:00
定休日、月曜日
店の名前と営業時間が合ってない
色の名前だというのはわかっている
だがそれでも昼営業の喫茶店につける名前とは思えない
バーなどにつける名前ではないのか
興味を惹かれて店に入ってみた
店内はやや明るく、ラテン音楽が流れている
全く以てMidnight Blueなどという雰囲気ではない
そして、壁には海辺の写真がいくつか飾ってあり、店主は日に焼けて色黒
なぜこの店名にしたのか理解に苦しむ
店名の由来が気になってしかたなかったので、店主に聞いてみることにした
すると、店主から衝撃の回答があった
「あ、ミッドナイトって夜の12時頃のことなんですか?
ミッドナイトっていう地域の海みたいな青色のことなんだと思ってました」
ミッドナイトを知らなかったのか?
そして、そういう名前の地域で、そこの海のような青だと思った?
なんとも納得しきれない内容だ
しかし、意外そうに言っているのだから本当に勘違いしていたのだろう
店名はチグハグだが、この喫茶店自体は気に入った
注文したハイビスカスティーも美味しい
また来よう
我慢の限界が来て、私たちを酷使する組織を壊滅させてしまったので、私は君と飛び立つことにした
そう、高飛びだ
組織は反社会的だが、それでも構成員だって一人の人間
これまでは組織の力で守られていたが、後ろ盾がない今、内部抗争とはいえさすがに人死が出てしまえば、警察は私と君を捕まえるだろう
そして死刑になるという最悪の末路をたどるのだ
しかし私は死ぬ気はないし、君も同じ気持ちのはず
それでも心配はいらない
この国から逃げる方法はすでに確保している
状況は悪くない
順調と言っていいくらいだ
私たちを追って来られるものはいない
楽に逃げられるよう、私が手を回したからな
私と君で新天地を目指し、面白おかしく派手なことをしようじゃないか
もうすぐ目的地につく
さあ、ここから国外へ飛ぶんだ
……ん?
け、警察!?
なぜここに!?
まさか、君か?
君なのか?
そういえば、君はあの時一人も殺していなかった……
いや、ほとんど戦わなかったと言ってもいい
最初から私を売るつもりだったのか
警察とつながり、自分の罪を軽くするために私を罠にはめたのか
……フゥ、しかたがない
私も数え切れないほどの罪を犯してきた人間だ
君のように選択肢がなかったのではなく、自分の意思でやってきた
組織に入ったのだって、欲望のため
そういえば、君は今まで誰かの命を奪う仕事はやって来なかったな
しないで済むよう、うまく立ち回ったのだろうが
殺人を犯していないなら、私と逃げても得はない、か
まあ、君の手で人生に止めを刺されるのなら悪くはない
せめて君は、人生をやり直して幸せになってくれ
まず始めに言っておく
私は姉だ
姉なのだ
なぜなら妹より何年か早くこの世に誕生しているから
にもかかわらずだ
必ず私が妹だと思われ、妹が姉だと思われる
原因はわかりきっている
妹の身長が高く、大人っぽい顔つきと大人っぽい落ち着いた雰囲気をまとっているからだ
そして私の身長が低く、童顔で、なんというか、騒がしい部分があるのがこの勘違いに拍車をかけている
いや、原因はそれだけではない
妹は私を……
姉である私をまるで妹のように可愛がってくるのだ
意味がわからない
可愛がるのは私の役目ではないのか
まあ、私も妹に甘えてる部分があるのは確かなので、あまり強くは言えないけど
そんなある日、妹が私にこんなことを言い出した
「私、昔から妹が欲しくてさ」
でしょうね
相手が子供っぽいのをいいことに、実の姉を妹扱いみたいにしているもんね
子供っぽいとか、自分で言って悲しくなってきたな
「だからお姉ちゃんを可愛がって甘えさせてるわけだけど」
やたら甘えてる私もどうなのって話だけどね
「だけど、お姉ちゃんは私をお姉ちゃんとは呼んでくれないわけじゃない?」
言うわけねーだろ
どこの世界に妹をお姉ちゃんと呼ぶ姉がいるのか
「だから一度、私のことをお姉ちゃんって呼んでみてさ、私をお姉さん気分にさせてほしいんだけど……どう?」
「妹からの頼みなんてレアだから叶えてあげたいけど絶対ヤダ
あまりに屈辱的だから絶対にやらない
たぶん呼んだら吐く」
吐くどころか爆発してしまうかもしれない
いくら日頃お世話になってるからといって、それは姉として超えてはならない一線だ
許されざる行為だ
「お姉ちゃん、ゲーミングPCあと二万円ほど余裕があれば買えるのにって、言ってたよね?」
「うっ!」
二万円をチラつかせてきた!
こ、こんな手に乗るものか!
私には姉としての最後の誇りがあるんだ!
ゲーミングPCに釣られたなどと、一生の恥!
恥、はじじじじ……
「一回だけだからねっ!」
欲の前には無力
私の誇りはホコリの如く吹き飛んでいった
「このセリフ!
このセリフ言って!」
珍しく興奮気味な妹に渡されたメモに書いてあったのは……
え、これ言うの?
気持ち悪っ
じゃ、じゃあさっさとやろう
さっさと言って終わらせよう
「お、お姉ちゃん、大好きっ!」
「……!!!」
妹が姉からお姉ちゃんと言われて悶えてる
私は顔面がめちゃくちゃ熱い
吐き気を催しそうになったけど、必死で堪えた
ただ、恥ずかしさや気色悪さはあるけど、もはや屈辱は感じない
妹から二万円貰うことを決めた時点で、私の魂は悪魔に売り渡されているのだ
私はもう姉でも何でもない
妹の妹になった、かつて姉だったものだ
妹、というか、実質上の私の姉は、なぜか三万渡してきた
「とってもよかったし、頑張ってくれたからボーナスね」
さっきまで妹だった姉は、機嫌よく自分の部屋へ向かった
取り残された私の目からは、自分でもどんな感情なのかわからないけれど、涙が流れていた
私はこの日のことをきっと忘れない
あ、ゲーミングPCは無事買えて、快適なゲーマーライフを楽しんでます
なぜ泣くの?と聞かれたから、泣いてないと答えた
そしたら、泣いてたじゃない、と返された
いや、泣いてないんだけどな
机に伏せていただけで
向こうはそれでもしつこく、泣いていたよ、などと言う
だから泣いてないんだって
何が目的だ?
僕が泣いてるとなにか得があるのかな?
とはいえ、僕としてはそもそも泣いていないので、そう主張することしかできない
この不毛極まりないやり取りをいつまで続けるつもりだろう?
今も、悩みがあるなら話してみなよとか、見当外れなことを言っている
向こうの思う僕の悩みが何なのかはわからないけど、正直なところ、苦しむほどの悩みは幸運なことに現在のところ、何もない
向こうの考えでは僕が悩みを隠していて、それを暴くつもりなんだろうけど
以前から、なんか踏み込んできたがる人だと思ってたけど、なんなのか
うーん、どついうつもりかわかればいいんだけど
まあ、でもそういう人くらいいるか
もしかしたら、深い意味はないのかもしれない
ただ、興味本位で踏み込みたい人なのかな
あまり褒められたことじゃないけど、僕がその対象になってる限り、他の人に向かうことはないからいいか
僕自身は我慢強いから、大丈夫だし
廃病院で肝試しをしていた俺たち
幽霊がいるなんて本気で考えてなかったし、ちょっとしたアトラクション気分だったんだ
この廃病院の中をどれくらい探索できるか、みたいなのをやってみたかっただけ
本当に軽い気持ちだった
だから一緒に来た友達二人が、いったん別れると言いつつイタズラで、先に廃病院を出て外からスマホで「もうとっくに出てるぜ、ひとりで早く戻ってこいよ!」とか笑いながら言われても、俺も「なんだよー」とか半笑いで返せた
そしてさっさとここを出て友達と一緒に帰ろうと思ってたんだ
ちょうど飽きてきてたし
おぞましい気配を感じるまでは……
それは本能だったのかもしれない
急に寒気がしたんだ
俺は自分でも理由がわからないけど、物陰に隠れた
直後に感じた気配に戦慄した俺は、咄嗟にスマホで友達に連絡しようとするも、電波は圏外
自分が焦っていくのがわかる
おかしい
さっきまで普通に繋がったのに
ヤバいヤバいヤバい
回らない頭でどうすべきか考える
すると、突然足音が聞こえた
コツン、コツンと
幽霊だ
ついに幽霊が近くまで来たのだ
俺は体の震えが止まらなくなった
コツン、コツン
足音が近づいてくる
もうすぐここまでたどり着く
しかし、急に足音が消えた
いなくなったのか?
そう思い、移動しようと後ろを振り返る
青白い顔の女が立って、こちらをじっと見つめていた
広く血のついた、入院患者が着るような服を着て
俺はその女を前にして……
「幽霊が足生やしてんじゃねえ!!!」
怒りをぶちまけた
幽霊は足があってはいけないのだ
下半身はなんかうねうねした感じで、少し浮いてなければならない
地に足つけた幽霊なんて偽物だ
幽霊になりきれなかった落ちこぼれだ
足音を聞いた時から、怒りで震えが止まらなかった
中途半端な気持ちで幽霊になりやがって
しかし幽霊は俺が怒鳴ると、意外な反応を返してきた
「あなた、話がわかりますね!
わたしも足をうねうねしたやつにしたかったんですよ!!」
どうやら、彼女と俺は似た考えの持ち主だったらしい
幽霊になった時、どうせなら幽霊を楽しもうと思ったが、足が普通に生えていてショックだったそうだ
幽霊といえば下半身がうねうねした姿
彼女もそれが鉄則だと考えていた
そこに幽霊のロマンを感じると
「でも、人を呪って力をつけて格を上げないと足はなくならないらしくて……」
なるほど
好きで足を生やしていたわけじゃなかったのか
怒鳴ったりして、悪いことをしてしまったな
「なら、怒鳴ったお詫びに俺を呪ってみないか?」
それが一番いいと思う
そうすれば、彼女は理想の幽霊になれるだろう
「え!?
いいんですか?
あの、けっこうつらくなるかもしれませんけど」
問題はない
俺は呪われてもいいと思えるほど、彼女の向上心とこだわりに感動したのだ
「遠慮はいらない
さあ来い!」
「じゃ、じゃあ、呪います!」
おおお、体重っ
風邪ひいたみたいな感覚!
寒気もするし、頭痛い
「大丈夫ですか?」
「全っ然大丈夫じゃない!
けど平気、本望!」
俺は呪われたまま友達のもとへ向かい、顔色が悪いとか、しんどそうだとか言われたものの、大丈夫だと言って帰った
手加減してくれたのか、俺の呪いはその程度で、死の気配も感じず、いつの間にか治っていた
「お久しぶりです
おかげさまでこの姿になりました!」
それからしばらく日が経って、深夜に幽霊が挨拶に来た
下半身がうねうねしている
「いやいや、お役に立ててよかったよ
わざわざお礼なんて言いに来なくてもよかったのに」
「いえいえ、お世話になりましたから」
幽霊は青白い顔を少し赤く染めている
「それと、あの
嫌なら断っていただきたいんですけど、取り憑いてもいいですか?
呪いとか悪いものではなく、ええと、お付き合いしたいなと」
えらく急な告白だな
俺としてはかまわないというか、めちゃくちゃ嬉しいけど、いいんだろうか?
恩だけで恋に落ちてしまって
「呪いを通してあなたの生活を見て人となりがわかったので
素敵な人だと思いました」
なるほど、そんなこともできるのか
なんか恥ずかしいな
「わかった
こちらこそよろしくお願いします」
こうして俺は、幽霊の彼氏となった
これからの生活が楽しみだ
彼女が俺をまた呪ってやろうなんて絶対思わないくらい、幸せにしたいね