「あっついなもう!」
隣で先輩が叫ぶ
気持ちはわかるけど、怒ると余計に熱くなるのでは?
「そんなことはわかってるよ!
でも自分の怒りってコントロールできないじゃん!」
「まあ、自分の心を操るのが一番難しいですもんね」
私も一向に終わらない夏を憎々しく思っているところなので、やり場のない怒りが無いわけではない
だから、先輩の怒りをなんとかしてあげたい
こんな時には、むしろこの夏を楽しめるようなことを考えよう
「先輩、こうなったら夏の暑さなんて気にならないくらい楽しんでしまいましょう」
「なにかプランがあるのかな?
頼れる後輩」
「任せてください
私がこの夏、一週間ほど先輩を楽しく忙殺します」
私は数日で先輩忙殺計画を立てた
まずは大型プール施設サマーキングダム
数人の友達も誘って、ウォータースライダーや、巨大バケツがひっくり返って水が降ってくるのを楽しんだり、実はそんなに美味しくない食べ物を買って、ハイテンション補正で美味しくいただく
一日目はそんな感じ
「いやあ、楽しいね
でも最初からこんなに飛ばして大丈夫かな?」
「私と先輩の遊び人レベルなら全く問題ないですね」
二日目
私が親戚に流しそうめんを依頼したので、先輩と私の親族で楽しむ
さらに、夏の風物詩スイカ割りも行う
先輩は目隠ししてスイカを割る時に
「私の足音はお前が脳天をかち割られるまでのカウントダウンだぁ!」
とか、趣味の悪いことを言っていた
楽しんでもらえたようで何より
実は今日は小休憩の日と定めて、抑えめの内容だ
三日目
休憩という名のショッピングを挟みながら話題の映画を三本見る
劇場版ヴァ滅の銀刃と、ハクアッキワールド、映画クレパスきゅうちゃん
吸血鬼と戦う話と、復元した恐竜を巡る話、それから幼稚園児によるギャグアニメだ
さすがに最後の方は二人とも眠気との戦いになった
寝なかったけど
「恐竜映画なのに鳥が目立ち過ぎじゃない!?
なにゾンビイーグルの大群って!?
もはや別ジャンルだよ!」
と先輩がハクアッキワールドに文句を言っていた
当然の文句だと思う
制作側も自覚しているようで、鳥も恐竜とされる場合があるからとか、映画のパンフレットに言い訳がましいインタビューが載っていた
少なくとも、ゾンビである必要はないよね
四日目
また小休憩的な日
この日は図書館でランダムに決めた棚でランダムに手に取った小説をひたすら読む
普段読まないジャンルだったけど、私はとても楽しめた
ファンタジー中心だったけど、ラブコメもたまにはいいな
先輩はボロ泣きしていた
親と子のすれ違いと絆の話、だったらしい
この人、こういうので泣ける人だったんだ
その後も一旦帰って食事を摂り、戻ってまた本を読みふけった
「私は新たな趣味に目覚めた!」
「それはよかったです
先輩、今まで本とか読まなかったですもんね」
五日目
いよいよ忙殺最終章
私と先輩と先輩のお母さんで旅行となった
実は、先輩のお母さんが私の計画に手を貸すことを提案してくれたのだ
正直、お金の問題もあったのでありがたかった
行き先はいろいろな作品などとコラボしたりする超大型テーマパーク
初日は移動時間の関係でテーマパークには行かれないけど
それでも近場で美味しいものを食べたり、ホテルを楽しんだりはした
意外と疲れたけど、本番は明日なので、早々に体力全快にしなくては
先輩は五秒で寝た
六日目
今日が最大イベント
テーマパークというのは、どうなってもテンションが上がるもので、私も先輩も目をキラキラさせてあっちこっち行く
アトラクションに乗り、パレードを楽しみ、食事に舌鼓を打った
先輩はゲームとコラボした区画を一番楽しみにしていたようで、子供並みにはしゃいでいた
「コイン!
コインの音がする!
私、こんな幸せでいいの?
いや、いいに決まってる!
いっつも頑張ってるから!」
先輩が何か言ってる
ところで、この人は普段からサボりグセがある気がするけど、いつも頑張ってるらしい
私は魔法の世界が最高でした
風景だけで感動した
七日目
あとは帰って休むだけ
と思いきや、地元へ帰還後はもうひとつのイベントがある
花火大会だ
混みすぎて会場には入れないけど、先輩の自宅へ上がらせてもらい、一緒にいい感じに花火を堪能した
締めくくりにはいいと思う
「はぁー、ここのところ忙しかったから、癒やされるぅ」
「そうですね
この一週間、目まぐるしかったです」
「でもおかげで、暑さなんて気にならないくらい楽しい日々を送れたよ
ありがとね」
先輩はいい笑顔でそう言った
まだもう少し終わらない夏
だけど、この思い出があれば、それくらい、余裕で乗り切れる気がする
私には不思議と憎めない敵たちがいる
その敵は毎回悪さをしては私にぶっ飛ばされるわけだけど、私は攻撃の威力調整が下手くそな人間で、強くやりすぎてしまう
いつまでたっても上達しない
だから、敵も必要以上にぶっ飛ばしてしまう
打ち上げて、遥か遠くの空へ飛んでいく
そしてキラーンと光って見えなくなるのだ
最初にやってしまった時は、死んでしまったのではないかと思って気が気じゃなかった
数日後、何事もなかったかのように現れて悪さをし始めたので、安心したのは言うまでもない
まあ、相手は悪さをしてるから安心してる場合じゃないけど
その後も何度も調整ミスして遠くの空へ消えていく敵たち
何度もやられても懲りずに悪さをする
その諦めの悪さは見習うべきところがあると思う
悪ささえしなければ、人の役に立てる奴らなんじゃないかな
それはともかく
気になるんだけど、ぶっ飛ばされたあと、彼らはどうやって助かるのだろう?
あの高さから落下したら、普通死ぬはず
運良く木の枝がクッションに、みたいな奇跡は毎回起こらないだろうし
前に聞いてみたことはあったけど、はぐらかされた
でも、はぐらかされるほど気になるのが人というもの
私は隙を見てリアルタイムに映像を送る超小型カメラをこっそり相手に付けることにした
これはかなり距離が開いても、通信可能な逸品
そして、敵は今日も悪さをしていたので、いつも通りぶっ飛ばすついでにうまいことカメラを装着
私はすぐに端末から映像を確認した
おお、すごくいい景色
ぶっ飛ばされてなければこの景色を楽しめるだろうな
そんなことを考えていたら、突如、映像が真っ白に光った
キラーンと
あれって本当に光ってたんだ
ただ、その直後に映像は途切れてしまった
と思ったら、そう時間を置かずに映像が戻った
ここは、敵のアジトか何かかな?
一瞬でここに移ってきた?
これはもう、テレポートしたとしか考えられない
そんな能力持ってたの?
ちょっと待った
アジトの部屋のモニターに私のスケジュールが映ってない?
これ、間違いなく私の一週間のスケジュールだ
え、なんでそんなことを知って……
そういえば、あいつらが悪さをする時、なんで私は毎度居合わせているのだろう?
私がいないところで悪さをしてる形跡は確かにない
え、あれ?
私にやられるために、わざと私の前で悪さをしてる?
これもしかして、私は見てはいけないものを見てしまったんじゃ……
というか、私はなんでいつもこいつらと戦ってるんだっけ?
そもそもこいつらって、普段何してるの?
何者?
なんか、頭がこんがらがってきた
この敵たちと、私はいったい……?
この気持ちをどう表そう?
!マークじゃ足りない感情
!マークなんかじゃ伝わらないこの思い
どんな表現をすれば、僕の感情をわかってもらえるだろう
どんなに力強い言葉を飾っても、それはきっと嘘になる
そんなのは、虚飾という二文字が相応しい
必要なのはそんなものじゃない
だからといって、違う方法で伝えたくても、なかなか考えがまとまらない
だからこそ、僕は悩んでいるんだ
ただ、この悩みは苦しいものじゃない
君に自分の感情を伝えるのが楽しみだから
うまく伝えられたら、君はどんな顔をするのかな?
さあ、どう言えばいい?
!マークをいくら付けても伝わらない感情
難しく考えるほどに、わからなくなる
だったら必要最低限の言葉で、この感情を素直に言おう
大丈夫
きっと、僕の感情は伝わる
さあ、思いを携え、君のもとへ行こう
君が見た景色を、私も見たい
君がキレイだと言った、あの景色を
送られてきた写真や映像で見た景色
とても美しかったけど、本物を自分の目で見たら、もっと感動できるんだろうな
だけど、私は本物を見に行くことはできない
なぜなら私は、囚われの身
君に直接会いたいのに、会えない
君と一緒に、あの景色を見に行きたいのに、ここから出ることはできない
画面越しじゃなく、君と話をして、君に触れて、君と同じ景色を見て、君と笑いたい
どんなに望んでも、それは叶わない夢
なのに、願わずにはいられない
この場所はなんでもある
なんにでもなれる
どんなことだってできる
だから、叶わないことなんて無いと思ってた
それなのに、君はこの世界にはいない
私はこの世界から出て行けない
君も、君が私の世界へ行けるなら行きたいと言った
私が君の世界へ行けるなら、来てほしいと言った
それでも、どんなに求めても、その夢が本当になることはない
君は現実に生きているから
私は仮想空間に生きているから
私は、仮想空間へその意識を移した人たちの子孫
もう、完全にコンピュータの中の数値で存在している生き物になってしまった
君は肉体を持って、現実世界を生きる存在
君と私が会えるのは、現実のコンピュータを、仮想空間に繋いだ時だけ
それだけで満足できたら、幸せだったのかもしれない
つらい夢を見ずに済んだのかもしれない
諦められれば、楽になる
でも、私は諦めることができなかった
苦しくても、まだ夢を捨てていない
捨てられない
だからいつか、外の世界へ行くための方法を、私は見つけ出したい
私は君に会いたいから
君と、君が見た景色を見たいから
そいつは超常の存在であるが、無害で、なおかつなんの利益も与えない
ただ、存在しているだけで、何もしないのだ
だが、そいつの特徴はそれではない
そんなのはいくらでもいる
珍しくはないのだ
ではどんな特徴か
そいつは通称、「言葉にならないもの」と呼ばれている
実は通称だけで、明確な名前は付けられていない
通称だって、そいつを見たことのない人間が、仮の名前として呼んでいる状態だ
正式な名前は、実際に見て、どのような特性を持つのかを見極めなければ付けられない
だが、「言葉にならないもの」だけはそうはいかない
その理由がそいつの特徴であるらしい
俺は見たことがないから、らしいとしか言えない
一度でも「言葉にならないもの」を見た人間は、そいつを表す言葉を表現できなくなる
なので、名前は付けられない
通称も言えなくなる
例のやつとか、あいつとか、そういった言葉ですら表現できなくなるようだ
文字も、蛇がのたうち回ったような意味のないものになり、キーボードやスマホなどは、そもそも入力する指が止まる
手話や点字も不可能
暗号や信号、その他諸々
ありとあらゆる言葉による表現が阻まれるのだ
それには外見的特徴も含まれる
なので、見た人間が「言葉にならないもの」について話す際、例えば「あいつを見たことがある」と言いたい時、「見たことがある」としか言えない
聞く方はなかなか大変だ
まあ、存在しているだけの無害なそいつを、わざわざ話題に出す機会はなかなか無いわけだけれども
そして、面倒なことに、写真や動画、似ている上手い絵などでも表現できない
撮ろうとするとカメラは一時的に機能停止し、絵を描く場合、どんなに上手い人でも、幼い子どもが描いたようなただのグルグルになる
つまり、外見は直接見た人間以外知りようがないわけだ
しかし、研究もわりと進んでいるようだから、そのうち見た人も「言葉にならないもの」を表現する言葉を言える日も来るかもしれない
とはいえ、表現不可能という特徴があったところで誰が困るわけでもないから、今のままでもいい気はするな
無害であることは、疑う余地のない事実のようだし