僕が仲間たちとともに、世界を危機に陥らせた敵を倒したあとに見た、あの日の景色
騎士団の人たちが歓声を上げながら迎えてくれたあの壮観な景色を、僕は忘れない
僕は自分たちが世界を救ったのだという事実に、誇らしさと、重さを同時に感じた
あの時の気持ちも、忘れることはないだろう
そしてその後、僕たちの中で中心人物だったあいつは、英雄としての腕を見込まれ騎士団長となった
魔道士の彼女は、旅の中で様々な魔法を開発した功績を称えられ、研究者として大活躍だ
最年少ながら、拳ひとつで敵を粉砕したあの子は、道場を開き、自分の腕を磨きながら弟子に技を伝えている
みんな、それぞれの新しい人生を歩んでおり、その中で僕は
ヒーラーの僕は
ある町で薬屋の店員をしている
店長じゃなくて店員だ
さらに、主な仕事は店の掃除
ヒーラーで薬の知識もあるのに、だ
……どうしてこうなったのか
あのあと、僕は歴史ある回復魔法院からスカウトされた
怪我や病気の人を魔法や薬で治療する場所だ
喜んで承り、さあ苦しむ人々の役に立つぞと思ったのだが、そこで僕は仲間以外への超人見知りが発動
まともに会話、連携ができず足を引っ張りまくりクビ
その話が色々な場所に広まり、各地の院の、こいつは雇うなというリストに名前が入ってしまった
人見知りゆえに他の職にも就けず、ようやく雇ってもらえたのがこの薬屋
会話しなくていい掃除などの雑用係
なんで僕だけこんななんだろう
僕も英雄なのに
壮観だったあの日の景色が僕を苦しめる
みんなが僕らを称えてくれて、喜んでくれて……
今となってはただの取替えのきく店員に過ぎない僕
こんなに自分が使い物にならないとは思わなかった
けれど、普通に生活はできてるし、店長もいい人だ
仲間たちがすごいからといって、僕まですごくならなければいけないわけじゃない
過去の栄光にすがったり、周りと比較するのはやめよう
そう気持ちを誤魔化して仕事をしていた
そんなある日、かつての旅で僕たちが助けた大道芸人が僕の前に現れた
彼は僕を探していたらしい
聞けば、僕が人見知りのせいで実力を発揮できていないとの噂を聞き、僕のコミュニケーション能力を高める手伝いをしに来てくれたのだという
彼は大道芸人
そういうのは大得意で、今までも弟子に会話のコツなどを教えてきたようだ
助けられた恩返しがしたいのだと、彼は語った
僕は彼に、助けてほしいと懇願した
人見知りさえ克服すれば、きっともっと明るい人生になる
あの日の景色で苦しむのではない
再び誇れる自分になれるはず
大道芸人の彼は、僕に対して熱心に教えてくれた
時折実践として、見ず知らずの人に声をかけたりもした
とても大変だったけど、確実に人見知りを克服していく感覚が現れてくる
一年経って、まだまだ人見知りではあるけど、まともに意思疎通はできるレベルにまでなった
ここからは自分の力でやっていかなければならない
この調子で頑張れば、もっと社交的になれる
そう言って彼はまた旅に出た
僕は、薬屋の店長の応援を背に、かつて僕をスカウトした回復魔法院へ行き、雇ってほしいと頼んだ
最初、院長は渋い顔をしていたが、僕と話をするうちに、前とは違うことに気づいてくれたようだ
いくつか軽い対人能力のテストをしたり、お試しで他の人たちと仕事の連携をさせてくれて、問題ないと判断したのだろう
雇ってもらえることになった
ようやく、努力が実を結んだ
せっかくチャンスを掴んだのだから、これからさらに頑張って人の役に立っていこう
僕はそう誓った
僕を英雄と呼んでくれた人たちに、また希望を届けられるように
僕は英雄だった
以前は、周囲から称えられていたのど
でも、僕の存在は忘れられてしまった
だけど、かつて旅で出会った大道芸人が、僕に再び英雄の心を蘇らせてくれた
僕にとって、彼は英雄だった
いつか、僕のこの姿を見せられる日が来るだろうか?
いや、きっと来る
その時を、楽しみに待っていよう
私の妹は不思議な子だ
色々な物語を思いついては、書いていく
その物語というのが、すごく新鮮で、よく思いつくなというものばかり
それに、まるで別の人が考えたみたいに、どれも全然違う内容、作風なのだ
それだけなら、才能があるんだな、と思って終わりだった
妹は物語を作るのが早いし、同時にいくつかの物語を並行して考えている
考える時は、集中したいのか、部屋に入ってこないでほしい、と言って閉じこもったまましばらく出てこない
不思議なのはここから
ある日、部屋から独り言が聞こえてきた
聞く気はなかったのだけど、最初の一言が気になって、つい、盗み聞きしてしまったのだ
「この次は、そうそう、このセリフだった」
考えていたセリフを忘れたのかと思ったけど、なにか違う気がした
それで魔が差して、聞き耳を立てたのだ
次に妹はこう言った
「このあとの展開は最高だったなぁ
ツツムラ ユタカ先生の本気って感じで」
誰かの作品でも読んでいるのか
でも、何か作業をしている感じがする
読みながら、作業をしている?
もしかして、妹は誰かの作品を書き直しているのでは?
そんな嫌な考えが浮かんだ
なにしろ、あれだけの物語を同時に作っているのだから
でも、仮にそうだとして、ひとつも有名でないはずはない
妹の作品は、それだけレベルの高いものだったから
私はそれなりに漫画も小説も読むけれど、妹の作品はどれも他で見聞きしたことはなかった
今言ったツツムラ ユタカ、という名前も、あとで調べたけどそれらしい人は一切出てこなかった
本当に、不思議だ
私は、妹になにか秘密があるような気がした
とはいえ、なんとなくそれを詮索するのは躊躇われた
言いたくなったら、言ってくれるかもしれないし、打ち明けることがなくても、それは別に構わない
ただ、あの子が好きなことを好きなだけできれば、それでいいと思う
そういえば、今日は七夕だ
妹の誕生日でもあるから忘れてた
いつもは七夕なんて、誕生日のおまけ程度で、特に何もしてこなかったけど、なぜか今年は願い事をしたくなった
願い事は、妹が幸せでいられますように
私は自分が書いた物語を、姉に読んでもらうのが好きだ
自分の作品を褒められたいのではなく、面白いものを誰かと共有したい、という思いからだ
私の書く物語は私の考えたものじゃない
けど、この世のどこを探しても、この作品の元となるものは見つからない
あれは七夕で、私の誕生日だった
世界はひどい有様だった
あちこちで災害や争いが起き、私の国も大変なことになって……
そんな中で私はひととき、現実逃避していた
ストレスが溜まっていたのだと思う
私の家では誕生日の陰に隠れてしまう七夕
それをちょっとやってみようと思った
笹は手に入らないから紙で作り、短冊も何枚も作った
さっき言った通り、本当にただの現実逃避だったのだ
こんなふうになったらいいな、という
私がとりあえずした願い事は……
このひどい世界が、幸せな世界に生まれ変わりますように
私の好きな作品を、次の世界でも見られますように
生まれ変わった世界でも、家族や友達と一緒にいられますように
私のやりたいことを好きなだけできますように
少し欲張り過ぎかも、と思った
でも、どうせ叶わない現実逃避だ
他にも好きに書いてやれ
そう思ったて書いていたら、短冊が輝いた
同時に、なぜか誕生日の曲が頭の中に響く
そして、気づいたら、とても平和な世界にいた
家族や友人もいたけど、私とは別の記憶を持っていた
前の世界の記憶を私だけが持った状態で、世界は生まれ変わったのだ
けど、そこに私の好きな作品たちはなく、少し落ち込んだ
ただ、作品は全て完璧に、私だけが読める形で頭の中に残っていたことに気づく
ホッとしたと同時に、私はそれを使ってやりたいことができた
私自身がその作品を書いて、みんなに広める
四つ目の願いの効果か、私はありえない速度で複数の物語を書いていった
今は姉にしか見せてないけど、そのうち、色々な人に私の好きな作品たちの面白さを伝えていければと思う
あの時、どうして私の願いは叶ったのだろう
叶ったのだから、理由を考えても仕方ないけど
もしかしたら、織姫と彦星が、誕生日プレゼントとして、短冊の願いを叶えてくれたのかな?
そういえば、私は最後にやけくそで、織姫と彦星がまたずっと一緒にいられますように、とか書いた気がする
そのおかげだったりして……
「空恋」
彼は空に恋をしていた
日々移り変わり、決して同じ表情を見せない
そんな空が好きなのだ
晴れでも、雨が降っても、雪の日でも、毎日のように見つめては写真を撮る
さすがに嵐が吹く時は外へ出ず、撮っても屋内からだったが
しかし、心の中では外に出て撮りたい気持ちでいっぱいだっただろう
彼のフォルダは空の写真で埋め尽くされているらしい
そして、撮った写真を見ながらたまに絵も描く
その絵はなかなか上手かった
意外なことに、彼は飛行機やヘリなどで空を飛ぶことには興味がないようだ
彼曰く、空と一体になりたいわけじゃない、地上から空を見ていたい、とのこと
彼にとって空は、憧れながらも手の届かない存在であってほしいのかもしれない
ある日、彼はしばらく世界を回ることにしたと言い出した
自分の国以外の、様々な空を見たいそうだ
生活はどうするのか気になったが、彼は旅をしながら安定した収入を得られる目途がついた、と笑った
ちょくちょく帰ってくるから、と安心させるように言うと、空に恋する彼はワクワクした様子で旅に出た
彼は言った通り、外国を回っては帰ってくるを繰り返し、写真や土産話を持ち帰ってくれた
それはとても楽しい内容で、毎回聞き入ってしまう
しかし、彼は満足してはいないようだった
まだまだ空を観察し足りない
そう思っているようだ
きっと、その思いは一生続くのだろう
ある日、珍しく彼から写真付きのメールが来た
いつもは帰ってきてからのお楽しみなのだが、よほど嬉しかったようだ
それは、夕方の空で、浮かんでいるたくさんの雲のうち、大きい雲だけが黄金に輝いている写真だった
空にそれほど興味がなくとも、素晴らしく美しい景色だ、と思える
これはとても珍しい現象らしく、発生予測はほぼ不可能だそうだ
条件もある程度しかわかっていないという
こんな美しく、珍しい空を偶然見られたのだ
空に恋して、世界中を旅するほどに想いを募らせた彼は、きっと空の方からも愛されていたのだろう
そう思わずにはいられない一枚だった
プライベートビーチで気の合う友人たちとビーチチェアで寛ぎながら、パラソルの下、水着にサングラスのスタイルでグラスのジュースを飲み、波音に耳を澄ませて優雅なひとときを過ごす
そんな淡い夢を抱いていた時期もありました
まあ普通に生活していたら、そんなことをできる立場になるなんて不可能ですね
実際、指先すら少しも届かない、触れられない
むしろ夢への距離は離れるばかりって感じですよ
でもね、結局夏は海水浴客がたくさんいる海で気の合う友人たちとほどよくはっちゃけるのが一番楽しいんです
優雅に寝っ転がってリッチな時間を満喫するなんて、性格上不可能ですね
波音より大きい周りの客のはしゃぐ声に自分たちも混じって遊び、海の家で焼きそばを食べる
それが最高
あのお祭り感は、プライベートビーチじゃ味わえない
プライベートビーチで寛いだことはないので、実際の楽しさは比べようがないのですけど
でも少人数で静かにビーチを独占するよりも、うるさいくらいの客たちとビーチを共有する一体感みたいなのを感じるほうが、心地良いと思うんです
そういう人間なんですよ
静かに楽しむのが好きな人にとっては、プライベートビーチは最高なんでしょうけど
波音しか聞こえない中で癒やされるのもいいって気持ちもよくわかります
ただ、喧騒の中が心地良い人間は、やっぱり海水浴場一択になってしまいますね
というわけで、今は波音と、騒がしい他の客や友人の声に耳を澄ませて、シートの上で気持ちよく寝っ転がってるわけです
お金で買えない、ある意味リッチなひとときですよこれは
「青い風を表現してみてくれ
ただし絵の場合、青色は使ってはいけないよ
言葉でも、直接風の色が青色をしていると説明するのもダメだ
青いものを挙げて、それと同じ色をした風だと言うのも、もちろんアウトだからね」
伯父がなんか思いつきを口にした
ここが芸術大学とか、そういうところならわかるんだけど、僕たちは芸術とは縁がないし、今はこの人の提案でババ抜きをしている
ババ抜き中に何を言っているのか
周りの友人たちはハァ?みたいな顔をしている
僕もしている
この人はたまに僕たちにわけのわからないことをさせたがる
そしてなんだかんだ、最初こそ不満だが結局僕たちは楽しんでしまうのだ
それがよくない
伯父は味をしめてまた変なことを言い出すのだ
つまり、楽しんでしまう僕たちも悪い
ある意味自業自得だ
で、何?
直接色が青いと描かず、言わず、青い風を表現?
残念ながら僕は今の時間で思いついてしまったよ
絵ではなく、文章で攻める
風の色が青色であると言わずに青い風を表現してみせよう
その北風は若く、うまく吹くことができなかった
落ち込む若い北風に、先輩の北風は言った
「お前はまだ経験の浅い青二才だ
これでうまく吹けたら天才どころの騒ぎじゃない
だからまだまだ若くて青い風のお前は、落ち込まなくていい
努力を続ければいつか上手く吹けるようになるさ」
若い北風は先輩の言葉に励まされ、より一層やる気を出したのだった
とかどうだろう
色が青い、ではなく、未熟という意味の青を使い、青い風を表現してみた
「あー、なるほど」
友達たちはちょっと感心してくれてる
さて、伯父は?
「いやあ、風を擬人化したか
なかなかロマンチストだね」
ロマンチックかな、これ?
ロマンチック要素はないような
「君はこういうファンタジーなことをけっこう言うね
私は君のそういう発想、好きなんだよね」
評価してくれるのは悪い気しないな
あまりこういうもので褒められる機会ないし
「いやいや、おかげで満足できたよ
青は確かに、未熟って意味もあるもんね
うまいぐあいに風を青くしたね」
伯父は言葉通り満足げだ
「よかったら君たちも作ってみてね」
伯父はまだ考えついていない友達にも、引き続け考えることを勧めた
僕も他の二人がどう表現するのか気になる
やるかどうかはわからないけど、楽しみにしておこう
そんなことを考えていると伯父がトランプを集め始めた
「満足できたし、とりあえず今度はジジ抜きをしよう」
本当にこの人はマイペースだな