今日は定時退社ができそうだ、だなんて上機嫌でいられたのは数時間前のこと。突然舞い込んだ緊急の案件に踊らされ、気付けば定時は虚しく過ぎ去り、空はどっぷりと帳を下ろしてしまっていた。
疲れた。ただただ、疲れた。最近一緒に暮らし始めた彼女にも、今日は早く帰れそう、なんて喜びのスタンプとともにメッセージを送ったというのに。
最近、ずっと残業続きだった。今日は久々に太陽の光を浴びながら帰宅できそうだなんて浮ついた心持ちでいたというのに。なんだか妙に物悲しい気持ちになりながら帰路につく。玄関の扉を開けると廊下からパタパタ、と軽やかな足音が響いた。
「おかえりなさい! たいへんだったね、お疲れ様」
「……うん、ただいま」
「……。飲み物淹れてくるね、ソファで待ってて」
顔に出ていただろうか。彼女はぼくの手からサッと荷物を取ってしまうと、手早く片付けてキッチンに向かってしまった。気を遣わせてしまった。申し訳ない。
お言葉に甘えてソファに座って待っていると、程なくしてマグカップを手にした彼女が戻ってきた。
「はい、ホットミルクティー。蜂蜜入ってるから甘いよ」
「ありがとう……」
夏なのに、ホット? と思いつつ受け取り、口にする。優しい甘さと温もりが体にスッと染み込んだ。そういえばデスクワークで体がガチガチになっていたんだった。彼女はこういうことにすぐ気付く。……ああ、敵わないなあ。
ちらりと彼女を見ると、視線に気付いた彼女はニコリと笑みを返してくれる。言葉は特にない。やることもないだろうに、何を言うでもなくミルクティーをチミチミと飲むぼくの傍に寄り添ってくれている。
湯気から立ちのぼる紅茶とミルクと甘やかな蜂蜜の香りと、彼女の穏やかな気配を感じて、そっと小さく息を吐いた。無音の世界はとてもぼくに優しくて。しおしおになってしまったぼくの心に、穏やかな雨が降っていた。
テーマ「言葉はいらない、ただ・・・」
彼女ができた。急にどうした? と思っていることだろう。だが聞いてほしい。この長い18年という人生、オレにはついぞ彼女ができたことなぞなかったのだ。
それが。……それが!
「急なんだけどさ……今日、お家、行ってもいいかな……? 一人暮らし、なんだよね……?」
一週間前、まさかの彼女からの告白!(前から好きな子! オレだって誰でもいいだなんて失礼な男じゃない)
そして今日、裏庭で昼食を取っていたところ、彼女からの突然の家庭訪問催促!! 違う、お家デート!!(ちょっと馴染みの無い異文化すぎて言葉を間違えた)
人生薔薇色すぎてこわい。もしかしてオレ、ついに、ついに来ちゃいましたか? その……ね? みなまで言わせるな!
放課後、待ち合わせして一緒にオレの家に行こう、という話で落ち着いて彼女とその場から別れた。やばい、オレ今顔面保っているか。心配になりつつ教室に戻ろうと振り向くと、見覚えのあるニヤついた友人トリオ。顔面すごいぞお前等。
「おいおい、お前、急展開すぎんだろ! もう連れ込むわけ!? ヒューッ! 感想聞かせろよな!」
「お前アレだぞ、アレ買って帰ろよアレ! ンへ」
「いやコイツやで? そこまで行かへん行かへん! チロルチョコかけてもええで!」
たいへん下衆である。好き勝手言いやがって。うるせーどっか行けと言っても一向に離れないのでチロルチョコを一人一個ずつ渡していくと各々教室に帰っていった。なんなんだよお前等は。
その後これと言って何事もなく一日を終えて、ついに放課後である。そして、inオレの家。場面が一気に飛んだ? 仕方ないだろう、オレの心情はもうずっとジェットコースター状態で時が加速しまくりなんだ。今日、午後からの授業の記憶マジでない。
「えっと、あの……なんか飲む!?」
「あ、うん。じゃあお願いするね」
緊張が尋常じゃない。喉カッサカサだ。むしろオレがなんか飲まないと死んじゃいそう。飲み物を用意しようと立ち上がった拍子に、膝をテーブルに打ち付けてしまった。なんでこんなところにいるんだテーブル! ウオオ、痛え! そしてオレ最高にダサい! 悶えていると彼女が慌てたように立ち上がった。
「だ、大丈夫!? 痺れるでしょ。そんな慌てなくてもいいよ。……意外におっちょこちょいなんだね。ふふ」
なんだそれ、天使か、天使なのか、そうなんですねえ!? 脳内ファンファーレが鳴りまくる。オレの彼女可愛いすぎか? ちょっとびっくりしちゃったな。
「だ、大丈夫! ごめん、ありがと、あ」
「え? わっ」
少し蹌踉めいてしまった。断じてわざとじゃない。本当にちょっと体が揺れた程度だったけど、わりと今、オレたちの距離は近かったものだから、軽く体がぶつかってしまった。顔が近い。……エッ!? これ、そういうやつ!? オレわかんない! 何もかもがハジメテだもの!
彼女も頬をうっすら赤く染めつつ(可愛さの限界値突破してる)離れようとしないし、オレはなんか熱いし、頭から湯気が出そう。しちゃっていいのか、こう、ブチュッと。いいのか!? それにしたって心臓がうるさすぎる。ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドシン! ……あ?
心臓の爆音じゃない別の爆音が明らかにしたぞ今。外から? 彼女も聞こえたようで、二人して首を傾げ、そして窓を見た。何もない。無いけど、近付いて、窓を開けてみる。下を覗くと、見覚えのある顔が三つ。
一様に、ヤベェという顔をしながら三人同時に口を開いた。
「……お、お邪魔してま〜す……」
「邪魔すんなら帰ってェ!!!??」
テーマ「突然の君の訪問。」
天気予報では晴れだった。本日は一日快晴となるでしょう、と爽やかな表情で若手そうなアナウンサーが告げていたのを覚えている。
朝の記憶を反芻しながら、慌てて飛び込んだ三メートルほどの木の下で、小さく溜め息をついた。
最初はパラパラ。
次に、ボタボタ。
終いにドボドボ。
「……うーん。大災害」
アナウンサーの策略により傘など持っていない哀れな私は、大きな栗の木の下でひとり、立ち竦むしかないわけである。いや栗の木じゃないけど。たぶん。
一人で、しかも脳内でボケたところで相方はいない。けれど走って移動できるような雨でもない。暇すぎる脳は勝手に漫才をして時間を潰している。
空はどんよりしていて、まだまだ太陽は拝めそうにない。まあこの手のやつは、短時間と相場が決まっているのですぐにこの場から解放されるだろう。そう結論づけた私は自分の脳みそを遊ばせてやることにした。まあ、最近仕事忙しかったし? たまには無為なことに回路を動かすのも、いいだろう。
視線を周囲に動かす。傘を差して歩く人。黒のズボンの裾が更に黒さを増している。まあ、そうなるよね。
手で頭を庇いながら走る人。多分、いやどう考えても意味はなさそう。そして走っても残念ながら手遅れそう。濡れてないところが無さそうだし。
合羽を着ている人。か、賢い。天気予報では晴れって言っていたのに、なんて準備がいいんだ。かもしれない運転、やっぱり大切だな。
ふと腕時計を見やる。ここに逃げ込んで、もう三十分以上は経つ。外を見る、なんて必要もない。耳が拾う音はいつの間にやらドボドボ越えてゴーッ! である。世界の終末? セオリー通りならポツポツになっているはずなんだけど。
これ、無事に帰宅できるんだろうか。すべてを諦めて濡れる覚悟を決めるべき?
悩んで、もう少しだけここにいよう、と決めた。別に暇ってわけじゃないけれど。
使いたくもないことに使い続けた脳みそが、こういうのも悪くないねって語りかけてくるのだ。現状、乾いた体で帰ることができるのか問題に目を瞑ってさえしまえば、こんな時間も悪くないと思えたので、まあ。
もう少しだけ、佇んでいよう。
テーマ「雨に佇む」
そこは、あなたにとって、馴染みのないベッド。見渡せば、馴染みのない部屋。あなたは何もかも馴染みのない場所で目が覚めた。馴染みはないけれど、誂えられた家具も、小物も、アロマも、驚くほどにあなた好みの部屋だ。
ここはどこだろう、ときっとあなたは疑問に思うはず。疑問に思い、そういえば、何も憶えていないな、と更に自覚することだろう。
ベッドから身を起こせば、最初に視界に映るのは簡素なデスク。そこには、一冊のノートが置かれている。題材は何も無い。デスクのほかには観葉植物と、木製のハンガーラック、一人掛けの丸型ソファ、そして硝子張りの小さなテーブル。テーブルの上には何も無い。確認できそうな物は一冊のノートのみ。
あなたは誰のものとも知れないノートを開くことに躊躇うように、伸ばした手を一度引っ込め、そして、もう一度、今度はしっかりとノートを手に取った。手に取ると、中からパラリと栞が落ちた。ヨモギを押し花にした、栞。そっと拾って、デスクに戻す。
ノートには、日記が綴られている。
最初の日付は四月。あなたは、そのまま読み進める。
『◯年四月一日 晴れ
日記をはじめようと思う。何を書けばいいのかわからないけど、まあ、書くうちに慣れていくだろう。今日は、とても良い天気だった。花見をするにはうってつけな天気だったけど、残念なことに少し早めの春嵐でだいぶ桜は散ってしまった。まあ、桜絨毯も風情があるので、これこれで良しとする。』
はじまりの1頁にありがちな文句から始まった文章は、春らしい話題を取り扱っている。書き手は、季節の行事が好きらしい。次の頁を捲る。
『◯年四月二日 晴れ
自分のことなので早速書き忘れそうだなと思ったけど、さすがに二日目はまだ大丈夫だった。三日坊主は避けたいところだ、頑張ろう。明日は少し遠出をするので、早めに寝ることにする。
◯年四月三日 曇り
今日はショッピングモールに行ってきた。リハビリも兼ねて、歩いて行ったので天気が曇りだったのは少し残念なようにも思える。まあ、晴れていたらそれはそれで暑いので、過ごしやすい気温だったことを僥倖だと思うことにする。』
リハビリ、とある。書き手は、どこか体を悪くしているのだろうか。頁を進めていくが、体調の話は出てこず、季節の話やその日の出来事が端的に綴られているだけだった。日付は順調に進み、どうやら書き手が危惧していた三日坊主は、避けられたようだ。
何頁までか進み、五月に入ったところであなたは手を止める。
『◯年五月一日 雨
今日は天気が悪い一日だった。風も出ていたので、外の植木鉢を玄関に仕舞おうと外に出ると、か細い、ニャーという声が聞こえた。聞き間違いかもと思ったけど、この天気でもしも猫が死にそうになっていたら、やるせない。探すと、近くの茂みからさらにニャーと声がする。慌てて覗くと、恐らく生まれたばかりの目も空いていない子猫が蹲っていた。連れ帰り、体を拭いてタオルで包んでから温めてやったが、今にも死にそうで気が気じゃない。ミルクは少しだけ飲んだが、明日まで保つかどうか。保ってくれたなら、朝イチで病院へ連れて行く』
猫。あなたは、何か、思い出しそうな気がした。また、日記の続きに戻る。
『◯年五月三日 曇り
昨日は疲れていて日記を書けなかった。猫は、どうにか耐えてくれた。子猫はいつ死んでも不思議じゃないので安心はできないけど、山を越えたと言えそうだ。これも何かの縁なので我が家の猫になってもらおうと思う。名前は、すぐ傍にヨモギが生えていたので、安直だけど、ヨモギにした。ネーミングセンスはないし、下手に考えるよりもいいだろう。これからよろしくね、ヨモギ。』
デスクに視線を向ける。ヨモギの、栞。……これは、あの時の? あの時って、どの時。じんわりと汗をかく。日記に、戻る。
しばらく、日記は猫の記録帳のようになっていた。ヨモギは女の子で、元気に走り回るまで回復したらしい。そうして日記は恙無く続き、――八月の終わり。あなたの頁を捲る指が、震える。
『◯年八月三十一日
どうして』
日付と、どうして、とだけ書かれた頁。字も、ガタガタで、焦燥感が文字から読み取れるようだった。ちがう。いま、焦燥感を覚えているのは。――いまは、続きを、読まねば。
『◯年九月七日 雨
ヨモギが殺された。許せない。許せない。許せない。きっと、あいつだ。いつまで私たちに執着すれば気が済むんだ。いつになったら、解放されるんだ。もう、無理だ。解放されたい。解放されたい。解放されたい。』
鼓動が速い。あなたは胸元を押さえながら、さらに頁をめくろうとし、続きが、破かれていることに気付く。おそらく数枚、頁が無い。残った頁で一番日付が近いものは、九月末のものだった。
『◯年九月三十日 晴れ
もう九月も終わりか。どうせならぜんぶ終わらせよう。夜に取り残されるのは私だけで十分だ。
あなただけでも、どうか、しあわせに』
胸が苦しい。どうして、とあなたの心が叫ぶ。胸元を掻き毟るあなたの手には、きっと、小さな傷がたくさんある。――猫が、引っ掻いたような。
きっとヨモギを知っている。この日記も、知っている。……ような、気がする。それでもあなたは思い出せない。それでいい。それでいいんだ。
思い出せなくてもいいよ。夜の記憶はぜんぶ私が持って行くから。あなたには必要のないものだったから、きっと、失くしてしまったのだろう。ヨモギまで覚えていないのは、少しだけ、淋しいけれど。
ノートを片付け損ねたのは、ちょっと、誤算だった。まあでも、ほんとはちょっとだけ思い出してほしかったのかも。不幸ばかりじゃ、なかったはずだから。
ノートに書かれた文字は、あなたの涙でしとどに濡れて、どんどん滲んでいく。歪むのはどうか私だけで在ればいい。これは私の日記。私の晩年の人生。あなたは、まっさらなまま、前を向いていて。
デスクに乗せたあなたの手に、ヨモギの栞が触れる。かつての平穏の証。止まった時間。栞はノートから落ちた。
あなたの時間は、進み出す。
テーマ「私の日記帳」
はじめて喧嘩をした。出会ってから今まで、共有できる時間はできる限り、共有してきた。元は同じ存在だったのかもと思えるほどに、好きも嫌いも、考えも、いっしょだった。だから、衝突するなんて思いもしなかった。喧嘩なんて、わたしたちには無縁なものなのだと思っていた。
「……あのね。お引越しをすることになったの。だから、同じ中学校には通えなくなったの。約束、守れなくて、……ごめんね」
最初、何を言われたのかわからなかった。思考停止のあと、じわじわと思考を埋め尽くしたのは怒りだった。
「……なんで? ずっと、いっしょって、言ってたのに。……嘘つき。……嘘つき!」
ひどい言葉を投げかけた。傷付いた顔をしていた。傷をつけたかったわけじゃないの。横で、笑っている未来を願っていただけ。家に帰ってから、後悔した。きみだって、わたしと同じ思いでいてくれたから、あんなにも悔しそうなひとみで謝ってきてくれただろうに。苦しんで、苦しんで、それでも誠実であろうとしてくれていただろうに。
それから数日、わたしたちはずっとギクシャクしていた。あんなにいっしょにいたのにね。傍にいられる時間も、刻一刻と減っていくのに、何をしているんだろう。人も疎らな放課後の教室で一人ぽつり、思わず溜め息が零れ落ちる。あーあ。机を睨みつけていると、ふ、と机に影がかかった。
「……おまえら、あんなにベッタリだったのに最近いっしょにいないけどどーしたの」
顔を上げると、クラスメイトの一人が不思議そうにこちらを見ていた。ふだん、あまり話さない子。そんな子にまで、ベッタリ、という認識で見られていたことが少し恥ずかしい。
「そんなにベッタリしてるように、見えた?」
「見えた。たぶん、クラスのやつらみんな気になってると思う。喧嘩でもしたわけ?」
……図星に、思わず固まってしまう。彼は呆れたように目を細めていた。
「わかりやすい反応ドーモ。あいつ引っ越すんだろ? 喧嘩の原因、もしかしてソレ? ……しょーもな」
「しょうもないって! そんなこと言われる筋合い……!」
「二度と会えないわけ?」
「……そ、そういうわけじゃ」
「じゃあ、会いにいけばいいだろ。それとも会いに行くのは面倒?」
「ちがう、そんなことない!」
「じゃ、いいじゃん」
あまりにも簡単に言われて、頭がぐるぐると回った。ぜんぜん、いいじゃんじゃない。同じ学校に通いたかった。けれど、会うことは、きっとたしかに、できる。……わたし、何に、怒っていたんだろう。彼はさらに、言葉を紡いだ。
「いいの? 仲直りしなくて。来月には引っ越しって聞いたけど」
「……う。うう〜〜〜っ」
唸ってしまった。彼は目を丸くしたあと、可笑しそうに笑っていた。ひどい。思わず彼を睨むと、彼の後ろからひょっこりときみが現れて。睨むはずのひとみは力を込めかねて、気の抜けた表情になってしまった。一頻り笑った彼は、満足したように小さくもう一度笑い、あとはお二人でドーゾ、だなんて言いながらどこかに行ってしまった。
「……あのね、話を、しない?」
恐る恐る、わたしの様子を見ながら言葉を向けてくれるきみ。毎日、あんなに笑顔を向けてくれていたのに。今は、とても辛そうで。きっと、わたしがきみにこんな表情をさせてしまっている。こんなはずじゃ、なかったのに。
「……うん。……でも、その前に言いたいことがあるの」
「……! なに……?」
怯えた表情。わたしが作り出したものだ。心に刻み込む。
「……ごめんなさい。ひどい言葉を言って、ごめんなさい……! 嘘つきなんかじゃないって、わたし、知ってる……! ほんとうに、ごめんなさい……!」
必死に、心の裡を打ち明けた。驚いたこと。寂しかったこと。八つ当たりしてしまったこと。きみは静かに聞いていた。見るのがこわくて、途中からきみの顔を見ることもできなかったけれど、きみは最後まで耳を傾けてくれていた。
「……そっか。あのね、わたしも、言いたいことがあるの。お引越しが決まって、悲しかった。約束を守れなくて、悔しかった。一緒にいられなくなることが、寂しかった。傷付けてしまったことが、辛かった」
言葉にしてくれた思いに、申し訳なさがさらにつのる。傷付いたきみに、さらに傷をつけてしまった。
「……でもね、ありがとう。思いをぶつけてくれて、ありがとう……! もう、最後まで、話せないかもって。わたし……!」
なのに。きみはありがとうと言ってくれる。泣きそうな顔で、でも、口は笑みの形で。
「……引っ越してもさ。会いに、行ってもいいかな」
「……! もちろん! 新しいお家にも、来てほしいな」
「うん! ぜったい、ぜったいに行くね。……ずっといっしょだよ。ちゃんと、遊びに行くから」
「! ふふ、うん。約束だもんね。待ってるね」
お互いに目を真っ赤にしながら、もう一度同じ約束を交わし合った。目は真っ赤だけれど、どちらも、晴れ晴れとした表情で。
今日だけで、わたしはきみの色んな新しい表情を知った。そういえば、わたしたちはいつも隣り合っていたから。同じ方を見て、笑い合っていたから。こうしてお互いを見つめ合う機会って、なかったのかも。
隣にいなくても、こうして向き合うことはできるって、知ることができたから。いつの間にか二人だけの教室で、わたしたちは笑い合ったのだった。
テーマ「向かい合わせ」