ずっといっしょだよって、約束をした。小学校に上がって初めてできた、大切なおともだち。きみと過ごした日々は今もキラキラと輝いている。中学校にあがっても、一番の親友だよ、だなんて、おとなたちが聞けば笑み崩れそうな、そんな約束。この子と過ごすこれからの日々はさぞ煌めいているだろう、とフワフワした気持ちでその日も過ごしていた。
「あのね、大切なお話しがあるの」
玄関を開けると、ママが高揚した頬で出迎えてくれる。
「パパが、昇進してね。本社移転になったんだって! 今よりももっと、もーっと、大きなお家に引っ越せることになったのよ。学校は変わっちゃうけど、今よりもいい生活ができるの! 今までたくさん我慢させてきたけれど、これからはかわいいお洋服も、美味しいごはんも、いっぱい用意できるからね……!」
声が、表情が、仕草が。全身で喜びを訴えるママに、わたしは一瞬、何も返すことができなかった。つまりそうになる声を無理矢理引き出して、勢いっぱい、今できる笑顔をつくった。
「……そっか……! パパ、すごいね! ……うれしいなぁ!」
そんなのいやだって。ここにいたいんだって。言えなかった。言えるわけ、なかった。ママはこんなにも幸せそうなのに。こんなにも喜んでいるのに。絶望している自分のほうがおかしいように思えてしまった。
あの子は、明日も明後日も、わたしといっしょなのだと信じ切っているだろう。わたしもそうだった。ついさっきまでは、そうだった筈なのに。
パパもママもあの子も、誰も悪くなんてない。幸運に喜び、これからの幸福を祈っているだけ。素直な喜びに同調できない心と、あの子を裏切る罪悪感に吐き気すら覚えながら、ただただわらって、喜ぶフリをしていた。
テーマ「やるせない気持ち」
ヒトという生き物はとても弱いから、“いま”から逃避行動をとってしまうことがままある。所謂、現実逃避と呼称されるそれである。空想、過去、まだ見ぬ未来――脳みそは妙なところで器用さを発揮するから、逃げ場の行く先は枚挙に遑がない。
たとえば、彼女は過去への逃避が多かった。つらい時、いっそ死んでしまいたくなった時。そんな時、しあわせな思い出が、大切な思い入れがある場所へと行きたがるのが常だった。
「波の音が好きなの。すべてが洗い流されそうで」
さざなみに呑み込まれそうなささやかな声で。
「潮の香りが好きなの。このままひとつになれそうで」
そよ風に攫われそうな、頼り無い足取りで。
「海を見るのが好きなの。どこまでも、行けそうで」
見つめていないと、今にも消えてしまいそうな儚げなひとみで。
「ねえ。――聞こえているんでしょ」
責めるような、泣いているような、――まるで、縋るような。そんな響きをもった言葉が、彼女の唇から零れ落ちた。思わず聞こえているよ、と返そうとして、嗚呼、返すための口は存在していなかったな、と思い出す。目も、鼻も、口も、手も足も、何もかも。――ぼくには存在しなかった。
ある思い出がある。あなたと、海に行った。彼は、夏生まれだから海が好きなんだと言って、頑是ないこどものようにはしゃいでいた。
追いかけては逃げる波に頬を紅潮させ、嗅ぎなれない香りに鼻をひくつかせ、その目に大海を映してひとみを煌めかせていた。
いつの日かの思い出。とても、本当にとても大切な、かけがえない記憶。色褪せてしまうことが、消えてしまうことが怖くて、気付けば足は海へ行く。そこに行けば、あのときのあなたに逢えると知っているから。
(ねえ。もう、忘れていいよ)
あいも変わらず彼女は海の一部のように、ただ、音を聞き、風に揺られ、ジッと波間を見つめている。
(ねえ。見えてないんでしょ)
存在を確信している様子で、でも、こちらは見ないきみを、ぼくはただ見ている。
(ねえ。――聞こえていないくせに)
もう交わらないとわかっているのに。もう存在しないからだなのに。全身で現実を受け止めさせられて、じわり、寂しさが心を襲う。
どうか、いまを、生きていてほしい。ささやかな願いを、届かない声で懸命に叫んだ。きっと今日も、届かない。変わらずぼくは、今日も此処で揺蕩い、そして、彼女は。
――海へ。
テーマ「海へ」
俺にはズボラな友人がいる。
「……今日も芸術的な頭だな」
「そう? ありがとー」
「褒めてないんだよなぁ……」
おあよー、なんて気の抜けた挨拶で教室に現れたそいつの頭はそれはそれは立派なたてがみを携えていたものだから、挨拶を返すのも忘れついつい皮肉がこぼれるのも仕方がない。おおかたお風呂上がりにまともに髪も梳かさず寝たといったところか。寝癖がとんでもないのは今に始まったことじゃないが、今日は一段と磨きがかかっている。
「おまえ顔は悪くないんだから、ちゃんとしたらモテそうなのになんでそうなんだ……」
「はは、顔関係あるー?」
本日もこんな調子だ。忘れ物も多いし、こいつ将来大丈夫なんだろうか。以前それを指摘したところ「おまえはおれのかーさんか」だなんてお声を戴いたので、もう言わないけど。なんだよかーさんて。
ふとスマホの画面上部を見るとそろそろHRが始まる時間になっていた。自分の席に戻ろうと踵を返そうとすると、それを制止する声がかかってきた。
「あ、待って。これ、こないだはありがとー。ほい」
「? ジュース?」
「あ、それ嫌いだった? 柑橘系好きって言ってたからそれにしたんだけど」
「いや好きだけど。心当たりが」
「なに言ってんの! 大恩人!」
「ええ?」
時間がないので端的に聞くと、昨日、板書を生徒によく当てる先生の授業があり、先生はいつものように「そこの席からそこまでの席のやつ、30頁の問題の解答をどれでもいいから1人1答、解答しろ〜」だなんて当て方をした。解答者には俺もこいつも含まれていた。その日もこいつは教科書を忘れていて、俺はそれを知っていたからついでなので、2つ答えを書いてやっただけだ。それに対する礼らしかった。とはいえ、ジュースをいただくほどの労働はとてもしちゃあいないが。
「オレは助かったの! 嫌いじゃないなら、いいからもらって。ほら、もうチャイム鳴るから行った行った」
「別にいいのに。……まあ、ありがと」
有無を言わさず渡されてしまった。実際時間は差し迫っていたので、大人しく席に戻った。……これを買いに行く時間で少しはあのたてがみをまともにできただろうに。
あいつはあのズボラさに見合った、とてものんびりとした性格をしている。テキトーだし、うっかりしてるし。手元のジュースを眺める。驚きの果汁100%! と書かれた何が驚きかわからないジュースのパッケージにちょっと笑ってしまった。
手のかかるやつだけど、ああいうやつだからズルズルと友人関係が続いている。妙に義理堅くて、忘れっぽいくせにこういったことは忘れないのだ。自分のことには無頓着なこいつは、案外とても誠実なやつで。
HRが始まる。担任が何事かを言っているが、俺はそっちのけで適切なジュースの礼を考えていた。まあ、やっぱり昨日の礼としてジュースはもらい過ぎだと思うので。
テーマ「裏返し」
根付いた癖というものは、どうにもなかなか直らないものだ。
横から見て、角度、おおよそ30度。ほんのりと、けれどたしかに。油断すると、いつも顔は空のほうを向いている。晴れだろうと、雨だろうと。鼓膜にこびりついてしまった聲を憶い出すと、勝手に顎は緩やかに空を向いてしまう。古くからの友はそれを見るたび、呆れたように肩を竦めてしまうのだけど。またやってるぞ、だなんて指摘がセットだったのは遠の昔の話だ。
夏だなんて、とくにそう。だってこんなにも暑いのだ。太陽に近付けばさぞ身を焦がし、風はからだのみずを奪っていくだろう。どうか木陰で、すこしでも涼んでくれたら、と祈らずにはいられない。祈って、そしてまたそんな自分に呆れてしまう。
たいようを、ちかくにかんじてみたいの。
聲が、聞こえるから。
分かってはいるんだ。きみはそこにはいない。上がりきらない口角で、いびつな笑顔で。簡素な部屋のなか、ささやかな、実にささやかな願いをそっと音にしたきみのその聲がいまも聞こえるから。
空を見上げたら、上手に微笑うきみのすがたを見れるのでは、だなんて。莫迦なことを考えてしまうんだ。
今日も聲が聞こえる。そういえば昔からきみは天使みたいた人だった。見上げれば、きみと目が合うかも。今日も気付けば上を向く。
――ああ、今日は快晴だ。
テーマ「鳥のように」
見慣れた街並みだ。あなたにとっては、きっと。毎日、毎日、繰り返し歩いたアスファルトの道の、少し歩きづらい場所だとか、踵を鳴らすと小気味良い音がなる場所だとか。知っているから何か得をするというわけでもない、誰かにとってはどうだっていいハナシ。
目に入るものに、意味のないものに。ひとつでいい。なにか意味をもたせることが、楽しくて。その意味にも、とくべつな意味はないけれど。
本当は、誰にとっても意味はないんだ。あなたは知っている。毎日歩いたアスファルトの道の上も、曲がり角を曲がれば辿り着く、これまた毎日通ったコンビニだって。視線をひとつ逸らせば。ほら、もう。
嫌というほど見慣れた街並みだ。私にとっては、きっと。
喉はどうにもひりついてしまっていて。言うべき言葉も意味を喪ってしまったようだ。
テーマ「さよならを言う前に」