今夏は台風が少なかったなあ、だなんて思っていたら、現在、十月。遅刻遅刻! とでも言いたげな勢いで怒涛の如く台風ラッシュがやってきた。
うーん、迷惑。日本に来るな。だなんて、脳内で台風をまるで人のように扱ってみたりなんてして。まあ、そんな事をしたところで無情な現実は変わらない。とはいえ。
朝。カーテンを開く。台風は夜のうちに過ぎ去ったらしい。澄み渡るような青空が広がっていた。雲一つすら、見当たらない。むむ、見事。窓を開けると、少し冷たい、清涼な空気が頬を撫ぜる。
台風は嫌いだけども。この空気感は好きなんだよなあ、なんて思ったり。しなくもないけど。いやいや、でもやっぱり台風は来てくれるな、と心を鬼にした。
テーマ「秋晴れ」
生涯において、記憶に刻まれ死ぬまで持ち続け得る思いは、きっと、そう多くない。
楽しかったこと。嫌だったこと。あらゆる思い出の欠片たちで、構成されるストーリー。そこに不要なものを残すリソースなんて、ちっぽけな脳みそでは到底用意なんてできやしないのだ。
だから、忘れたいことは忘れよう。そう思う。けれど。
どうしてだろう。君の顔は。声は。どうにも忘れられないんだ。覚えていたって、苦しいだけなのに。悲しいだけなのに。不思議だな。
僕は要らないと思っているのに。僕の脳は、君を忘れたくないものだと断じてしまったようで。
今日も、僕のストーリーの中で。君はあの頃と変わらぬ姿のままで、笑っている。
テーマ「忘れたくても忘れられない」
夜空を見よう。そう提案したのは、君だった。
少しばかり冷える夜のある日。突然、星が見たい、夜空を見よう、だなんて、前触れのないことを言い出したのは、日付が変わる少し前くらいのことだったか。突拍子もないのは今に始まったことでもなかったので、すっかり慣れてしまった僕は何を言うでもなくカーディガンをふたつ取り出して、そっと君に渡した。
「……ああ、やっぱり。冷えてきたから、星が綺麗に見える。なんだか、空との距離が縮まったみたい」
「気の所為だよ」
「もう! 浪漫がないなあ」
本気ではない、形だけ怒ってみせる君はびっくりするくらい可愛い。なんてことは、照れて止められたら困るのは僕なので言わないけど。可愛いなあ、なんて思いながら、君に倣って、夜空を見上げる。
確かに綺麗な星空だ。それに月も満月で雲もなく、鑑賞するに申し分ない夜空だ。オリオン座がくっきりと見えて、あ、知ってる星座だ、だなんて、思いながら、今度は君をチラリと盗み見る。
こちらに気付く様子もなく楽しそうに見上げる君のまろい輪郭が、月の光で淡く強調されている。夜闇にほんのりと浮かぶ君の白い頬と、それから、星屑の煌めきが映り込んだ瞳。なんだか、上を見上げる必要なんてないかもしれないだなんて考えが頭をよぎった。
流石に見過ぎたか、ふ、と君はこちらを見る。ずっと君を見ていたのがバレたのか、うっすら頬に紅を乗せて、もう、と声を上げた。
「……空を見ようって、言ったはずなんだけど?」
「見てるけど?」
おかしくなって、僕は笑ってしまった。いよいよ君は照れから次第に本格的に怒り出してしまったけれど、仕方がない。夜空も確かに魅力的だけれど、それよりも、夜空の光を受け取ってやわらかな光を纏う君のほうが、綺麗だと思ってしまったのだから。
僕は甘んじて、君の怒りを受け止めよう。
テーマ「やわらかな光」
あなたの瞳に見つめられると、どうしたって体が竦んでしまうのだ。ひたむきさが形を持って現れたようなあなたの瞳は、言葉よりも雄弁で。いつか、この身は焼け切れてしまうに違いない、だなんて。ロマンチックなのだか、バイオレンスなのだかわからない感情が体を支配するのだ。
とてもおそろしくて、そして、それはきっと。
幸せなことに、違いない、と。愚直なまでに、信じている。
テーマ「鋭い眼差し」
空を見上げる。どうしたって届かないもの。人には到達できないもの。……だったのは、昔の話。
技術はどんどん発展して、空はもはや、路のひとつとなった。そうして、空だけでは飽き足らず、人類はすでに宇宙(ソラ)へだって、飛び立っている。
人類はどこまで到達するだろうか。どこまでだって、チャンレンジするのだろう。そういう生き物だ。
手の届かないものに、手を伸ばす。私たちはそういう風にできている。いつだって、求めている。どこまでも高く高く、遥か先の何かを、その手に掴むことを、渇望している。
そういう、イキモノだ。
テーマ「高く高く」