南葉ろく

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 夜空を見よう。そう提案したのは、君だった。
 少しばかり冷える夜のある日。突然、星が見たい、夜空を見よう、だなんて、前触れのないことを言い出したのは、日付が変わる少し前くらいのことだったか。突拍子もないのは今に始まったことでもなかったので、すっかり慣れてしまった僕は何を言うでもなくカーディガンをふたつ取り出して、そっと君に渡した。


「……ああ、やっぱり。冷えてきたから、星が綺麗に見える。なんだか、空との距離が縮まったみたい」
「気の所為だよ」
「もう! 浪漫がないなあ」
 本気ではない、形だけ怒ってみせる君はびっくりするくらい可愛い。なんてことは、照れて止められたら困るのは僕なので言わないけど。可愛いなあ、なんて思いながら、君に倣って、夜空を見上げる。
 確かに綺麗な星空だ。それに月も満月で雲もなく、鑑賞するに申し分ない夜空だ。オリオン座がくっきりと見えて、あ、知ってる星座だ、だなんて、思いながら、今度は君をチラリと盗み見る。
 こちらに気付く様子もなく楽しそうに見上げる君のまろい輪郭が、月の光で淡く強調されている。夜闇にほんのりと浮かぶ君の白い頬と、それから、星屑の煌めきが映り込んだ瞳。なんだか、上を見上げる必要なんてないかもしれないだなんて考えが頭をよぎった。
 流石に見過ぎたか、ふ、と君はこちらを見る。ずっと君を見ていたのがバレたのか、うっすら頬に紅を乗せて、もう、と声を上げた。
「……空を見ようって、言ったはずなんだけど?」
「見てるけど?」
 おかしくなって、僕は笑ってしまった。いよいよ君は照れから次第に本格的に怒り出してしまったけれど、仕方がない。夜空も確かに魅力的だけれど、それよりも、夜空の光を受け取ってやわらかな光を纏う君のほうが、綺麗だと思ってしまったのだから。
 僕は甘んじて、君の怒りを受け止めよう。



テーマ「やわらかな光」

10/17/2024, 6:19:50 AM