俺にはズボラな友人がいる。
「……今日も芸術的な頭だな」
「そう? ありがとー」
「褒めてないんだよなぁ……」
おあよー、なんて気の抜けた挨拶で教室に現れたそいつの頭はそれはそれは立派なたてがみを携えていたものだから、挨拶を返すのも忘れついつい皮肉がこぼれるのも仕方がない。おおかたお風呂上がりにまともに髪も梳かさず寝たといったところか。寝癖がとんでもないのは今に始まったことじゃないが、今日は一段と磨きがかかっている。
「おまえ顔は悪くないんだから、ちゃんとしたらモテそうなのになんでそうなんだ……」
「はは、顔関係あるー?」
本日もこんな調子だ。忘れ物も多いし、こいつ将来大丈夫なんだろうか。以前それを指摘したところ「おまえはおれのかーさんか」だなんてお声を戴いたので、もう言わないけど。なんだよかーさんて。
ふとスマホの画面上部を見るとそろそろHRが始まる時間になっていた。自分の席に戻ろうと踵を返そうとすると、それを制止する声がかかってきた。
「あ、待って。これ、こないだはありがとー。ほい」
「? ジュース?」
「あ、それ嫌いだった? 柑橘系好きって言ってたからそれにしたんだけど」
「いや好きだけど。心当たりが」
「なに言ってんの! 大恩人!」
「ええ?」
時間がないので端的に聞くと、昨日、板書を生徒によく当てる先生の授業があり、先生はいつものように「そこの席からそこまでの席のやつ、30頁の問題の解答をどれでもいいから1人1答、解答しろ〜」だなんて当て方をした。解答者には俺もこいつも含まれていた。その日もこいつは教科書を忘れていて、俺はそれを知っていたからついでなので、2つ答えを書いてやっただけだ。それに対する礼らしかった。とはいえ、ジュースをいただくほどの労働はとてもしちゃあいないが。
「オレは助かったの! 嫌いじゃないなら、いいからもらって。ほら、もうチャイム鳴るから行った行った」
「別にいいのに。……まあ、ありがと」
有無を言わさず渡されてしまった。実際時間は差し迫っていたので、大人しく席に戻った。……これを買いに行く時間で少しはあのたてがみをまともにできただろうに。
あいつはあのズボラさに見合った、とてものんびりとした性格をしている。テキトーだし、うっかりしてるし。手元のジュースを眺める。驚きの果汁100%! と書かれた何が驚きかわからないジュースのパッケージにちょっと笑ってしまった。
手のかかるやつだけど、ああいうやつだからズルズルと友人関係が続いている。妙に義理堅くて、忘れっぽいくせにこういったことは忘れないのだ。自分のことには無頓着なこいつは、案外とても誠実なやつで。
HRが始まる。担任が何事かを言っているが、俺はそっちのけで適切なジュースの礼を考えていた。まあ、やっぱり昨日の礼としてジュースはもらい過ぎだと思うので。
テーマ「裏返し」
8/22/2024, 10:58:46 AM