『七色』
今日のお題『七色』。
で、これから書くことは私的な思い出話でしかないのですが……。
七色漬という漬物があります。たぶん。
お正月に母方の祖父母の家に遊びにいくと毎年出されていたように記憶しています。美味しいか美味しくないかと訊かれたら、その二択では答えられずに「思い出の味だね」としか云いようがありません。
祖母の味です。
今夜お題を見て、書きたい物語より先に「あったなー、七色漬……」となったので、こちらを書くこととしました。
書く前に下調べで『七色漬』で検索。すると出てくるものは私の知る『七色漬』ではありません。
私の知る七色漬は、人参と昆布、あとスルメイカかな? の入った、どちらかというとお醤油みたいな色のお漬物でした。
え、イカ入ってないじゃん……。
っていうのが第一の感想。
七色漬ってのは、もっとこう! 人参と昆布とスルメイカと唐辛子と味つけの醤油(かなり濃い)の味がそれぞれフォルテシモで主張しあう、全然調和取れてないのに、指揮者(恐らく)の醤油が無理やりまとめている感じの、そんな漬物ですよ!
ちなみに七色というからには七つは食材が使われているのだろうけれど、私は人参、昆布、スルメイカ、赤唐辛子、しか使われていた具材を思い出せないよ。
絶対高血圧のひとに食べさせちゃならん味つけの濃さでした。見た目の茶色っぽさも濃ゆかった。
もう祖母は亡くなっています。
祖母の娘である、私の母も七色漬は知っているしお正月につくることもあるのですが、何しろ私がそれほど七色漬を好きではない(云っちゃった)ので、母にレシピを教えてほしいと云うのも寝た子を起こすんじゃないかと思うとためらいます。
私、料理方法を教わったり自分で漬け込みたいと思うことはなさそうなのです。
でも検索しても出てこないとなると、何となくひとつの文化として継がねばならんのかなと思わなくもない。
デジタルタトゥーなんて言葉が広く解される時代ですが、意外とネットに拾われずに忘れ去られる物事ってあるんでしょうね。
(私も昔のペンネーム、以前はぼろぼろ引っかかったけど最近はエゴサしてもほぼ出てこない。時折りヤフオクとかで同人誌出品されてるのを見て生温か苦く微笑むくらいよ)
と、謎の着地点に無理やり着地決められたぽいので今晩はこの辺で。どっとはらい!
『記憶』
心臓を抉りぬくように、はらわたを引き摺り出すように、この身から記憶を捨て去ることができるなら、たぶん自分はそれを選ぶだろう。
それは偽らざる自分の願いだ。
そして同時に、そんなことはできないとも知っている。
そう、不可能だと知っているから望むのだ。
記憶を跡形もなく消すことができるなら、そんなことを選べるはずもない。
パラドクス。いや、逆説でさえない。
これは、ただのわがままだ。
君に出逢わない運命があったなら。
この恋に身を堕とすことを避けられるなら。
そんな仮定を逃げ口に用意している。
この恋を、叶わない恋を、記憶ごと葬りたい。そして葬れない。葬りたくない。
失いたくて失えなくて失いたくない。
手に入らないひとに今夜も恋をしている。
『もう二度と』
今度こそ縁を切ろう。
静かな感情に支配される己れを他人のように感じながらミナティハは口をひらいた。
「それ、わりと聞き飽きてるの」
周囲はしんと静まり返っている。誰もこちらを見ていない。少なくとも視線を分かるようには投げてこない。触らぬ神に何とやらで、気づかぬふりを精一杯しながら、成り行きを注視している。
「ごめんて!」
ミナティハを拝むように両手を合わせているのはスカラ。教理で語られる聖女と同じ名だが、名が体を表わさない顕著な例だ。
「も、ほんと、申し訳ないです。も、ほんと! これで最後にするから」
「だから聞き飽きてるの、それ」
云い捨てて踵を返す。
寮の食堂でこれ以上の恥を晒すつもりもない。
立ち去るミナティハをスカラの声だけが追った。
「ごめんて。そんな怒らないで、ほんともう」
と、いう夢をみた。
眼を覚ましたとき、どきりとしたのはそれが夢だったからではない。眼の端から涙が流れていたからだ。
上体だけ起こしてミナティハは深く息を吐いた。
スカラは、いい加減な子だ。時間には遅れるし課題もまともに仕上げない。道に迷ったひとを見たら、遅刻も厭わず丁寧に案内をする。講義中に内職はする。頼まれたら恋文の代筆だってなかなか断れない。悩みごと相談なんて持ちかけられたら、古今東西の同じ悩みの解決集を編纂しかねない。
スカラはそんな、いい加減で気のいい、可愛らしい、頼りにはならないけれど素直で優しい子なのだ。
だから、時々心配になる。
彼女は背負い込みすぎる。
時間は守らなくても、約束なら忘れない。
いい加減で、律儀で。
ミナティハは恐れている。
スカラは誰にも優しくて、誰に対しても誠実であろうとする。
誰にでも誠実なんて、そんなことは叶わないのだと認めない。
だから、いつか……。
いつか、スカラが誰かと交わした約束事と、ミナティハが対立してしまったとき。スカラはどちらを選ぶのかと。そんな想像が胸をきつくしめあげる。
スカラがどちらを選んでも、彼女は選べなかった片方を切り捨てる時にどうするのだろう。
それを考える。
ミナティハを選ばないのならそれはそれで仕方ない。ミナティハはきっと割りきれる。けれど、スカラは……スカラ自身を赦せるのだろうか。
ミナティハはかむりを振った。
そのときはそのときなのだ。
まだ直面したわけでもない事態に、対策するならまだしも、憂慮だけしてみたところで意味はない。それはリアリストを自認する自分らしくない。
いつか、来る日だと、しても。
(もうこんな夢は見ない。もう)
ミナティハは声にはせずに呟いていた。
『雲り』
「どーも!」
にぎやかしい挨拶で部屋に入ってきた赤毛の女は《架空の十月》。独りなのにもかかわらずにぎやかとしか表現できないのが、彼女の彼女たる所以だ。
《とびきりの悪夢》は小さくため息をつく。
《架空の十月》は目ざとく咎めた。
「親友が遊びに来たってのに、その対応はないだろー?」
「いや……まぁ、そうだな、親友……か」
《とびきりの悪夢》にも云い分はあった。が、それを飲み込んだ。編みおろした金髪に所々混じる軽薄なピンク髪。《とびきりの悪夢》は髪色こそ派手だが、見た目よりずっと常識人だ。
――と、少なくとも自認している。
そしてそれは条件づきながら事実だった。
その条件は、《架空の十月》よりは、である。
「つれないよねトビアクさん……」
本人があまり、よしとしていない呼称で泣き崩れる。
「ああ、つれなくてもそれが俺なんで」
親友の涙に頓着しない。読みさしの本に目を落とす。
「うあ、本気でつれなくないですかね?」
涙はどこへやらの《架空の十月》の猛抗議、《とびきりの悪夢》は顔をあげた。
「何の用なんだよ、だから」
「あー、ごめんごめん。反応面白くて本題忘れるとこだった」
《架空の十月》は一瞬で真顔になった。
「くもり、なんだが」
「くもり?」
「そ、くもり。漢字で書くと『曇り』」
「俺たちの世界に漢字なんてものはないが、まあ、そうだな」
「今日の配信のお題が、『雲り』なんだよ」
「……俺たちの世界に今日のお題なんてものは配信されないが、おまえの云いたいことはわかる」
「つまりだ、今日はこの誤字をネタにすればお題に沿ったネタ出しで苦しむことはない」
「うん、いや、ネタ出しとかメタすぎてツッコミにも困るが」
「てわけで、今日は私の出番だったってことだ」
鼻高々に《架空の十月》。
「今日の十九時は平和ですばらしい」
「………」
ネタ出しに労を割かなくていいとしても、結局書くのだから作業量はさして変わらないのではないかと《とびきりの悪夢》には思えた。が。
「こう、休日ってのは神の恵みだよなー、私には神なんて信じる余地もないけどね」
《架空の十月》のドヤ顔に、特に反対を述べる必要を《とびきりの悪夢》は感じなかった。
今宵は平和な夜。
それでいい。
『bye bye...』
さようならと告げるよりバイバイと手を振ったほうが喪失を感じないでいられる。
外来語、借りた言葉なら心と言葉の間に緩衝材をひとつ放り込める。けれど母語を使えば、心と直接つながってしまうのだ。
さようなら
この言葉に辿りつくまえに、省略された言葉の存在を勘ぐってしまうから。
さようなら。即ち『そうであるならば』
(別れなければならない理由があるならば、仕方ない、別れましょう)
そこに至るまでのあきらめを、噛みしめてしまうから。