『またね!』
義務にしちゃうとしんどいね。
好きという気持ちを出発点にしたい。
原点もそう、座標上のどこでもそう、好きという気持ちを敷きつめたい。終点はまだ見ぬ地平、そこもまた情熱が届かせてくれる場にしたいから。
またね、忘れない。
時々来るよ。
わたしの言葉をわたしが愛するために。
ではではまたね!
『春風とともに』
別れは唐突に訪れることがある。
森の下生え、花が誰に見られるでもなく咲き、誰に知られることもなく散っていくように。
知る者があろうとなかろうと、風は巡り四季は移る。
この世界が創られ、この森が生まれ、そして幾度風が吹き幾度四季が過ぎたか。
創られるに至らなかった世界はあろう。
そよがなかった風も、始まらなかった季節も、あるのだろう。
芽生えて摘まれた物語のいくつあったことか。語られることのないまま葬られた物語を数えるすべはない。
物語の苗床を奈落に横たえる。
ひとたらぬ語り部がいま口を噤む。
物語が沈黙を押し流せば、からくりのように語り部はまた語る。誰が望まなくとも、語り部自らが望まなくとも。
そして物語がなくとも世界は巡る。
四季はよぎる。春風は幾度でも世界を慰める。
物語の有無にも拠らず。
『涙』
『飾りじゃないのよ涙は』は中森明菜の名曲ですが(個人的には『ノンフィクションエクスタシー』が好き)、涙を宝石に喩えるならルビーかなとか。
……涙は無色なのに何故ルビーにしたんだエニックス……いや、開発はチュンソフトか??
(今日は微妙に忙しいのでこれでお茶を濁す!)
『小さな幸せ』
空に架かる虹の橋の足もと。
虹の七色にすっぽりと包まれているどこかの街のひとは、まさか自分が虹に抱かれているなんて思いもしていないだろう。
ささやかな幸せなんてその最中にいるときには、それが幸せだなんて気づかないものかもしれない。
虹に包まれていることが、本当に幸せかはジャッジも微妙なんだろうけど、そこを含めて虹はささやかな幸せの喩えに誂向きだ。
と、雨上がり、虹を見ながら得々と語っていた文芸部の先輩。
たぶん、先輩も私も、どこかから見たらいまちょうど虹の足もとですよ。
私は思ったけど云わなかった。
先輩の得意満面を見つづけるほうが、私の小さな幸せだったからね。
『春爛漫』
その春にあなたはいなかった。
花嵐は私たちの代わりに泣いているようだった。
あなたを永遠にうしなったのだと、理解できるほど私たちは大人ではなかった。
あなたがいないことを、私たちは運命だとあきらめるほどに狡くはなく、自分たちの所為だと悟るほど愚かでもない。
だからあなたの不在を私たちはあなたの所為だと思いこんだ。
小賢しくて卑怯な私たちだった。
あの戦いの日々の最後の日。
私たちが勝利して、王子だった私たちの主は王位についた。簒奪者として。
華々しい即位の儀。晴れがましい祝いの席。
あなたはいなかった。
私たちはさほど疑念を抱かなかった。あなたはいつもそうした堅苦しい儀式を嫌っていたから。
ただ主だけがあなたの不在を訝しんでいた。
どうして私たちは見過ごしたのか。
どうして主は探さなかったのか。
それを問うても仕方ない。
あなたはそのときには既に、主のこれからの統治を蝕む最後の敵と刃を交えていたのだから。刺し違えていたのだから。私たちが駆けつけても間に合わなかった。
どうしたところでこの現実は変えられなかった。
すべてはあなたの兄が予言したとおりになった。
あなたの死せる兄が望んだとおり。
あなたはいなければならなかった。
生きて新王に仕えねばならなかった。
新王は、私たちの主は、あなたのために王位を陥れたのだから。
歯車がわずかにずれて軋む。
聡明な新王の温和な微笑みに影が射す。
目に見えぬ何かがひずんでゆく。
あのかたを貶めたのは、あなたなのだ。
私たちの主を狂わせたのはあなたなのだ。
私たちはそうやって小賢しく卑怯に責任をあなたになすりつける。
新王のやわらかな虚ろな眼差し。
春が訪れた。
また春が来た。
どこにもいないあなたを新王は玉座から探し求める。
「もう、そのような者を求められますな」
「もう、そのような者はおりません」
隠しても隠れない。あなたの遺した陰翳。
今年も春は来た。
来年も来る。
あなたのいない春。王の即位の周年を祝いながら、誰もが肝心なことに口をつぐむ。
春爛漫。
穏やかな優しい春はこの王国にもう訪れない。