あかるあかり

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『春爛漫』

 その春にあなたはいなかった。
 花嵐は私たちの代わりに泣いているようだった。
 あなたを永遠にうしなったのだと、理解できるほど私たちは大人ではなかった。
 あなたがいないことを、私たちは運命だとあきらめるほどに狡くはなく、自分たちの所為だと悟るほど愚かでもない。

 だからあなたの不在を私たちはあなたの所為だと思いこんだ。
 小賢しくて卑怯な私たちだった。

 あの戦いの日々の最後の日。
 私たちが勝利して、王子だった私たちの主は王位についた。簒奪者として。
 華々しい即位の儀。晴れがましい祝いの席。
 あなたはいなかった。
 私たちはさほど疑念を抱かなかった。あなたはいつもそうした堅苦しい儀式を嫌っていたから。
 ただ主だけがあなたの不在を訝しんでいた。

 どうして私たちは見過ごしたのか。
 どうして主は探さなかったのか。

 それを問うても仕方ない。
 あなたはそのときには既に、主のこれからの統治を蝕む最後の敵と刃を交えていたのだから。刺し違えていたのだから。私たちが駆けつけても間に合わなかった。
 どうしたところでこの現実は変えられなかった。

 すべてはあなたの兄が予言したとおりになった。
 あなたの死せる兄が望んだとおり。

 あなたはいなければならなかった。
 生きて新王に仕えねばならなかった。
 新王は、私たちの主は、あなたのために王位を陥れたのだから。

 歯車がわずかにずれて軋む。
 聡明な新王の温和な微笑みに影が射す。
 目に見えぬ何かがひずんでゆく。

 あのかたを貶めたのは、あなたなのだ。
 私たちの主を狂わせたのはあなたなのだ。

 私たちはそうやって小賢しく卑怯に責任をあなたになすりつける。
 新王のやわらかな虚ろな眼差し。

 春が訪れた。
 また春が来た。
 どこにもいないあなたを新王は玉座から探し求める。
「もう、そのような者を求められますな」
「もう、そのような者はおりません」
 隠しても隠れない。あなたの遺した陰翳。

 今年も春は来た。
 来年も来る。
 あなたのいない春。王の即位の周年を祝いながら、誰もが肝心なことに口をつぐむ。

 春爛漫。
 穏やかな優しい春はこの王国にもう訪れない。

3/27/2025, 11:19:46 AM