『もう二度と』
今度こそ縁を切ろう。
静かな感情に支配される己れを他人のように感じながらミナティハは口をひらいた。
「それ、わりと聞き飽きてるの」
周囲はしんと静まり返っている。誰もこちらを見ていない。少なくとも視線を分かるようには投げてこない。触らぬ神に何とやらで、気づかぬふりを精一杯しながら、成り行きを注視している。
「ごめんて!」
ミナティハを拝むように両手を合わせているのはスカラ。教理で語られる聖女と同じ名だが、名が体を表わさない顕著な例だ。
「も、ほんと、申し訳ないです。も、ほんと! これで最後にするから」
「だから聞き飽きてるの、それ」
云い捨てて踵を返す。
寮の食堂でこれ以上の恥を晒すつもりもない。
立ち去るミナティハをスカラの声だけが追った。
「ごめんて。そんな怒らないで、ほんともう」
と、いう夢をみた。
眼を覚ましたとき、どきりとしたのはそれが夢だったからではない。眼の端から涙が流れていたからだ。
上体だけ起こしてミナティハは深く息を吐いた。
スカラは、いい加減な子だ。時間には遅れるし課題もまともに仕上げない。道に迷ったひとを見たら、遅刻も厭わず丁寧に案内をする。講義中に内職はする。頼まれたら恋文の代筆だってなかなか断れない。悩みごと相談なんて持ちかけられたら、古今東西の同じ悩みの解決集を編纂しかねない。
スカラはそんな、いい加減で気のいい、可愛らしい、頼りにはならないけれど素直で優しい子なのだ。
だから、時々心配になる。
彼女は背負い込みすぎる。
時間は守らなくても、約束なら忘れない。
いい加減で、律儀で。
ミナティハは恐れている。
スカラは誰にも優しくて、誰に対しても誠実であろうとする。
誰にでも誠実なんて、そんなことは叶わないのだと認めない。
だから、いつか……。
いつか、スカラが誰かと交わした約束事と、ミナティハが対立してしまったとき。スカラはどちらを選ぶのかと。そんな想像が胸をきつくしめあげる。
スカラがどちらを選んでも、彼女は選べなかった片方を切り捨てる時にどうするのだろう。
それを考える。
ミナティハを選ばないのならそれはそれで仕方ない。ミナティハはきっと割りきれる。けれど、スカラは……スカラ自身を赦せるのだろうか。
ミナティハはかむりを振った。
そのときはそのときなのだ。
まだ直面したわけでもない事態に、対策するならまだしも、憂慮だけしてみたところで意味はない。それはリアリストを自認する自分らしくない。
いつか、来る日だと、しても。
(もうこんな夢は見ない。もう)
ミナティハは声にはせずに呟いていた。
3/24/2025, 11:01:46 AM