あかるあかり

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『雲り』

「どーも!」
 にぎやかしい挨拶で部屋に入ってきた赤毛の女は《架空の十月》。独りなのにもかかわらずにぎやかとしか表現できないのが、彼女の彼女たる所以だ。
《とびきりの悪夢》は小さくため息をつく。
《架空の十月》は目ざとく咎めた。
「親友が遊びに来たってのに、その対応はないだろー?」
「いや……まぁ、そうだな、親友……か」
《とびきりの悪夢》にも云い分はあった。が、それを飲み込んだ。編みおろした金髪に所々混じる軽薄なピンク髪。《とびきりの悪夢》は髪色こそ派手だが、見た目よりずっと常識人だ。
 ――と、少なくとも自認している。
 そしてそれは条件づきながら事実だった。
 その条件は、《架空の十月》よりは、である。

「つれないよねトビアクさん……」

 本人があまり、よしとしていない呼称で泣き崩れる。

「ああ、つれなくてもそれが俺なんで」
 親友の涙に頓着しない。読みさしの本に目を落とす。
「うあ、本気でつれなくないですかね?」
 涙はどこへやらの《架空の十月》の猛抗議、《とびきりの悪夢》は顔をあげた。

「何の用なんだよ、だから」
「あー、ごめんごめん。反応面白くて本題忘れるとこだった」

《架空の十月》は一瞬で真顔になった。

「くもり、なんだが」
「くもり?」
「そ、くもり。漢字で書くと『曇り』」
「俺たちの世界に漢字なんてものはないが、まあ、そうだな」
「今日の配信のお題が、『雲り』なんだよ」
「……俺たちの世界に今日のお題なんてものは配信されないが、おまえの云いたいことはわかる」
「つまりだ、今日はこの誤字をネタにすればお題に沿ったネタ出しで苦しむことはない」
「うん、いや、ネタ出しとかメタすぎてツッコミにも困るが」
「てわけで、今日は私の出番だったってことだ」

 鼻高々に《架空の十月》。
「今日の十九時は平和ですばらしい」
「………」
 ネタ出しに労を割かなくていいとしても、結局書くのだから作業量はさして変わらないのではないかと《とびきりの悪夢》には思えた。が。

「こう、休日ってのは神の恵みだよなー、私には神なんて信じる余地もないけどね」

《架空の十月》のドヤ顔に、特に反対を述べる必要を《とびきりの悪夢》は感じなかった。

 今宵は平和な夜。
 それでいい。

3/23/2025, 10:40:34 AM