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4/13/2024, 5:52:02 AM

遠くの空へ


「死んでしまいましたか」とエイレンが聞いた。棺を見つめても望む返事は返ってこない。ああ、なんでこんなことに。これは、すべてエイレンのせい。涙は出なかったけれど、徐々に妙な罪悪感が渦巻き、ひどく煮えた感情が胸の中を囲った。

風が冷たい日。気晴らしにでもと外に出て、地平線のまたその先を見つめていた。ふと、横を見つめるとあなたがいる。目を見つめれば必然と、風に踊らされている髪に目が行ってしまう。思わずエイレンは手を伸ばした。

「飛んでいってしまいそうか?」
「違うのです。そうではなくて」

彼は面白おかしそうに尋ねる。何か誤解を、と弁明をしようとしている様子を見て、彼は耐えきれず笑い出した。

「すまない」
「いいのです……別に」

エイレンが不服そうに頬を膨らませると、今度は彼が両手を動かし、慌て出す。

今でもくっきりと記憶に残る、彼の声。
名前も知らなかった。けれど、何かの拍子を境に消えてしまいそうな素振りを見せる彼を放ってはおけない。だからずっと側にいたのに。
エイレンの質問に対して、最後の返事はなかった。

4/11/2024, 12:31:48 PM

言葉にできない


あまりにも見ていられない惨状に、一人の少年が声を上げた。

「もう、やめにしましょう」

その声の主に皆の視線が一気に集まり、それと同時に審判は僕を見下ろした。

決着あり。下された決断の刹那、歓声が湧き上がる。

負けたという事実に首を縦に振りたくはなかった、そんな下劣考えすら、一度も許しはしなかったというのに。

身体が地面に張り付けられたように動けなくなってしまった僕に、彼が手を差し伸べる。

「良い試合だったよ、ありがとう」

立てるかい、と彼が問う。

僕は何も考えず彼の手を取った。

4/9/2024, 5:54:58 PM

誰よりも、ずっと


脇役に生まれた。
はっと息を呑むけれど、それはもう私の知っている空気ではない。
朝起きて、顔を洗い、ふと鏡を見て、周囲の違和感を実感するのには遅くはなかった出来事だった。
既にここは、小説の中の別世界であると。

「これは……一体」

冷たい地面を歩き、何度か体を確認する。
細い腕に、乾燥した肌、胸は、あるか。ただの女だ。
周囲を見渡してみると、ベッドにタンスだけの質素な家具のみが置かれている。どうやらこの部屋の持ち主は小さな木製の小屋のような部屋に住んでいるらしい。年季が入っているのか歩くたびに床の軋む音が鳴る。

「とりあえず、落ち着こう」

まず、ここは小説の中の世界。題名は忘れてしまったけれど、確か随分前に読んだ本の内容はこうだ。
主人公は生まれつき目が悪く、村の住人達は偏った知識に溺れ、彼を悪魔だと非難した。
小さい頃から村八分に近い環境で育った彼は、段々と心が壊れていき、どんな時でもずっと笑うようになる。
けれど、唯一ヒロインの彼女だけは主人公の彼に無償の愛を分け与えた。
幸せな日々も続かず、ついにあの日がやってくる。
村人達の勝手な妄想で父親が殺された際に、父の骨を蹴ったことをきっかけで彼の堪忍袋の緒が切れ、村の住人が一人残らず惨殺してしまうという物語だ。
唯一、主人公が見逃したヒロインの存在。
それがこの村の惨殺を止める重要な役割となる。
けれど……
一通り記憶の中を整理して、私は頭を捻らせる。

なのに、なんで留まってるんですかね、あなた。
村人は殺さず、村を出ない。その決断をした彼に視線を向ける。昔とは比べ物にならないほど背が伸びて、それでも常に口角を吊り上げている彼の横顔を見た。理由もなく死にたいだなんて思わないし、私としてはありがたいのだけれど本当にこれでよかったのかという気持ちが残る。
もちろんあの後すぐにヒロインがやってきて、私と(無理やり連れてきた)彼は仲良くなったのだが、ヒロインと主人公の彼が結ばれることはなく、今もこうして私の家に訪れては暇そうにじっと窓を眺めているという現状。

「見えないのに窓の位置が分かるの?」
「風を感じてるんだよ」
「閉まってるけど」
「なんていうのかな……鼻?五感がいいんだ」

魔法で見えているくせに。そう悪態をついてしまいたいという気持ちを抑える。作中でも彼が魔法を使えるというのはヒロインのみに明かしていた秘密だ。一番君を信頼している、とか軽々しく言いながら私には魔法のことを話してくれないということは、つまり私を本当には信頼していないということなんだろう。横にいるのは歴とした殺人犯。前科はないが仮にも殺人を犯す覚悟のある奴だから、奴の機嫌を損なわないよう、人一倍気を使っているつもりだ。

「おまえが嫌いだ」
「僕は好きだよ」

軽く彼は微笑して、それを見た私の眉が険しくなる。

「もう少しここに居てもいい?」

揶揄っているのか?私が断れないことを知っているのに。

「好きにして」

諦め気味に発した言葉を最後に、私は止めていた手を進めた。途中で途切れてしまった文字を上からなぞりながら文章を組み立てていく。

「僕の目と君の目を交換しない?」
「いや……ごめん、本当に。今のは忘れて」

彼はぎゅうっと体を丸めて顔を覆った。ダンゴムシみたいと言っても返事は返ってこない。

「本当に口足らずだよね、君」

どういうこと?と私が言うと、彼は椅子に座り、珍しく真剣な顔をしながら一から説明し始めた。

どうやら、彼は私を想像以上に気に入っていたらしい。今の意味の分からない台詞も、君とお揃いのものがあれば嬉しい、というペアルックという意味だったようだ。

「全部、君のせいだよ」

次の言葉にはだって、が入ってきそうなほど、物言いたげに下を俯く。
十分満足した後、彼はこちらの目をじっと捉えた。

「君が欲しい」
と、彼が聞く。

私が?思わず笑ってしまいそうになったけれど、一歩も動かずに視線をこちらにやる姿からは冗談には見えなかった。

「何が欲しいの?」

「全部」

「何が欲しい?」

「ちょっと、」

彼が身を乗り出して、私の方に近づいた。自然と彼が私を見下ろす形になってしまい、私は首を少し上に向ける。

君が望むものは全て用意すると、私の返事も聞かずにと淡々と告げた。

「僕から離れないでね」

カチッという音と共に、手に何かを付けられた。

これが、運命を変えた代償なんだろう。
多分私はこの世界も、こいつからもから逃れることはできない。

「君を愛してる」
「誰よりも、ずっと」

『幸せにするよ』という悪魔の囁き声が耳に届いた。

4/3/2024, 8:57:46 PM

1つだけ


「最後に1つだけ、願いを叶えてやろう」

病室のベッドで横たわる俺に死神がそう言った。

あぁもう歳かと目を閉じても、黒いローブに鎌を持ったまさにテンプレみたいな死神が、常にそこにいる。

「こんな幻覚が見えるようになるなんて」


今までつまらない人生を送ってきた。

リスクがあれば避けて、いつも楽な道を進む。

勉強も、就職も、恋人も何もかも。

けれど、人としては平凡で、特に大したこともない幸せな人生を送ってきたんだろう。

けれど、何もかも中途半端な俺は何一つ成し遂げることができず、一生を終える。

1人で歩けやしないほど歳を取り、誰も見舞いにこないその最後には虚しさと、悔しさだけが胸に残った。


「お前は、なんでも願いを叶えてくれるのか」

「1つだけだ」

死神が、俺を見下ろす。

頭の中で何度も想定を繰り返した。

けど、もう答えは決まっていた。

「俺を────」

4/1/2024, 6:04:13 PM

エイプリルフール


時刻は変わり、4月1日。

足が千切れてしまうんじゃないかと思うほど引っ張られて、母のうめき声と共にワタシは産まれた。

大富豪の娘として生まれ、特に不自由もなくすくすく育ったワタシは明日、成人式を迎える。

「髪型はどうしましょうか?」

「ワタシ、キラキラしたものが好きなんです。なるべく派手にお願いします」

スタッフさんは『わかりました』と笑顔を向けて、色の濃い髪飾りを付けていく。

完璧に仕上がったワタシを見て、店員全員が歓喜の声を上げた。

「当たり前でしょう。ワタシなんですから」

壁に置かれた鏡台の前で、くるりと回る。

帯締めをキツく締められたせいか、激しい動きはできなかったけれど、動く度に舞った袖が綺麗で思わず笑みが溢れた。


既に皆到着しており、会場は騒がしいほどの大量の人が集っている。

人混みをかき分けて、前を進んでいくと、見慣れた後ろ姿が見えた。

「父さん!」

と、横に女が1人。

他人というのには妙に距離が近く、ぴったりと横にひっついていて、離れない。

「誰よ、あなた」

父がこちらを振り返ると、その女もゆっくりと、体を回らせて、こちらを見た。

「あぁ、もう来ていたのか。待っていたよ」

「えぇ……ワタシもです」

ワタシと父は抱擁を交わした。

その動きが少しぎこちなくて、違和感を覚える。

すると、横にいた女が『あの』と気まずそうに声を上げた。

「そうだ、お前に言いたいことがあるんだよ」

「なんですか?」

ワタシが疑問を寄越すと、少し縮こまった女の肩を寄せて、愛おしそうに視線を向けた。

「私の娘なんだ」

「ふふ、なにを……娘はワタシですよ?」

扇子を口に当てながら、風を仰ぐ。

体が熱くなっていく感覚が気味悪くて、ワタシはもっと扇子を動かした。

「いいや、違うんだ」

「今日はエイプリールフールではないんですよ。冗談を撤収するなら……」

「本当だ」

『今の内』と言う前に、父が食い気味に答えた。

どうやら母は浮気をしていて、ワタシはその隠し子だと。

今まで育ててきていたのはすべて父の勘違いだと言う。

母が自白して、つい最近知ったものだから驚いたよと呆気なく答えた。

「待ってください……じゃあ、ワタシはもう要らないと、」

父は目を見開いて、『違う、違う』と訂正する。

「そんなこと言わないでくれ。お前とは血が繋がっていなくても、家族だろう?」

「そう……ですよね」

ほっと息を吐く。

けれど、目の前にいる男が赤の他人だと言う事実を受け入れなくて、少し目を逸らした。

父の実の娘だという、女と目が合う。

あ、と声を出して眉を顰めた後、こちらを見てにこりと微笑した。

それを見て、父が口を開く。

「今後は、この子と過ごすことになるんだ」

「お前は仕事があるから大丈夫だろう?」

もう成人したんだし、と付け足す。

「母さんも納得しているよ」

淡々と告げられる言葉に呆然と、立ち尽くしていた。

息を吸う暇もなく、烈々と並べられた事実を頭の中で整理するだけで精一杯だった。

つまり、父さんは母さんを愛していて、離れる気はない。

もちろん実の子であるこの女のことは、何よりも大切にしている。

そんなの、ワタシは要らないと言ってるのと同じじゃないか。

「そんなに血が大事なの」

喉元まで言葉が出ていたが、無理やり押し殺す。

「わたしなんかが、務まるかどうか……」

当たり前じゃない、お前などに、ワタシの代わりが……

「よろしくお願いしますね、お姉様」

女が、慣れない手つきでワタシに手を差し出した。

「もちろん、仲良くしましょう」

屈託のない笑顔を彼女に向け、初めてワタシは嘘を吐いた。



「存在自体が嘘?」

「ふざけないで、絶対に……」

帰り道、歩く度に草履の音が鳴り響く。

布が擦れる音、息を吐く瞬間、今も、何もかもが不愉快。

爪を噛み締めながら、あの女の顔を思い浮かべた。

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