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エイプリルフール


時刻は変わり、4月1日。

足が千切れてしまうんじゃないかと思うほど引っ張られて、母のうめき声と共にワタシは産まれた。

大富豪の娘として生まれ、特に不自由もなくすくすく育ったワタシは明日、成人式を迎える。

「髪型はどうしましょうか?」

「ワタシ、キラキラしたものが好きなんです。なるべく派手にお願いします」

スタッフさんは『わかりました』と笑顔を向けて、色の濃い髪飾りを付けていく。

完璧に仕上がったワタシを見て、店員全員が歓喜の声を上げた。

「当たり前でしょう。ワタシなんですから」

壁に置かれた鏡台の前で、くるりと回る。

帯締めをキツく締められたせいか、激しい動きはできなかったけれど、動く度に舞った袖が綺麗で思わず笑みが溢れた。


既に皆到着しており、会場は騒がしいほどの大量の人が集っている。

人混みをかき分けて、前を進んでいくと、見慣れた後ろ姿が見えた。

「父さん!」

と、横に女が1人。

他人というのには妙に距離が近く、ぴったりと横にひっついていて、離れない。

「誰よ、あなた」

父がこちらを振り返ると、その女もゆっくりと、体を回らせて、こちらを見た。

「あぁ、もう来ていたのか。待っていたよ」

「えぇ……ワタシもです」

ワタシと父は抱擁を交わした。

その動きが少しぎこちなくて、違和感を覚える。

すると、横にいた女が『あの』と気まずそうに声を上げた。

「そうだ、お前に言いたいことがあるんだよ」

「なんですか?」

ワタシが疑問を寄越すと、少し縮こまった女の肩を寄せて、愛おしそうに視線を向けた。

「私の娘なんだ」

「ふふ、なにを……娘はワタシですよ?」

扇子を口に当てながら、風を仰ぐ。

体が熱くなっていく感覚が気味悪くて、ワタシはもっと扇子を動かした。

「いいや、違うんだ」

「今日はエイプリールフールではないんですよ。冗談を撤収するなら……」

「本当だ」

『今の内』と言う前に、父が食い気味に答えた。

どうやら母は浮気をしていて、ワタシはその隠し子だと。

今まで育ててきていたのはすべて父の勘違いだと言う。

母が自白して、つい最近知ったものだから驚いたよと呆気なく答えた。

「待ってください……じゃあ、ワタシはもう要らないと、」

父は目を見開いて、『違う、違う』と訂正する。

「そんなこと言わないでくれ。お前とは血が繋がっていなくても、家族だろう?」

「そう……ですよね」

ほっと息を吐く。

けれど、目の前にいる男が赤の他人だと言う事実を受け入れなくて、少し目を逸らした。

父の実の娘だという、女と目が合う。

あ、と声を出して眉を顰めた後、こちらを見てにこりと微笑した。

それを見て、父が口を開く。

「今後は、この子と過ごすことになるんだ」

「お前は仕事があるから大丈夫だろう?」

もう成人したんだし、と付け足す。

「母さんも納得しているよ」

淡々と告げられる言葉に呆然と、立ち尽くしていた。

息を吸う暇もなく、烈々と並べられた事実を頭の中で整理するだけで精一杯だった。

つまり、父さんは母さんを愛していて、離れる気はない。

もちろん実の子であるこの女のことは、何よりも大切にしている。

そんなの、ワタシは要らないと言ってるのと同じじゃないか。

「そんなに血が大事なの」

喉元まで言葉が出ていたが、無理やり押し殺す。

「わたしなんかが、務まるかどうか……」

当たり前じゃない、お前などに、ワタシの代わりが……

「よろしくお願いしますね、お姉様」

女が、慣れない手つきでワタシに手を差し出した。

「もちろん、仲良くしましょう」

屈託のない笑顔を彼女に向け、初めてワタシは嘘を吐いた。



「存在自体が嘘?」

「ふざけないで、絶対に……」

帰り道、歩く度に草履の音が鳴り響く。

布が擦れる音、息を吐く瞬間、今も、何もかもが不愉快。

爪を噛み締めながら、あの女の顔を思い浮かべた。

4/1/2024, 6:04:13 PM