私が中学生の頃に、「漫画アニメが大好きだ」と言ったら、近くで聞いていた同級生に止めなよと言い返された。クラスのみんなの前で、オタクの話題を出してはダメだという意味だ。
今思えば、サブカルチャー文化を好んでいると言う理由だけで、人から虐めを受けるのはなかなかに恐ろしいことだ。台湾の戒厳時代はおろか、戦前の日本の検閲さえも歴史の授業で全く学んでいないから、そう平然と他人の文化を否定できるのだ。しかも、その人自身を抹消しようとする勢いだ。もはや迫害である。
その同級生は何故か、当時私を虐めていた男子生徒とネット掲示板で言い争いをしていたらしい。彼女から聞いたのか、もう忘れたが、争いの原因が私だったのでそこだけ覚えている。
ただまあ、彼女はその男子生徒に好意を持って、人を虐める貴方なんてらしくないとか言いたかったのでは無いだろうか。憶測に過ぎないが、もしかしたらそうかもしれない。
当時の私でも、歴史を学ばない人間と付き合うのは止めた方が良いと彼女の告白を止めようとする。結局、互いに自身の好意を阻止する付き合いしかできなかった。
イヌガキアミの名前は今でも覚えている。きっと私たちは、漫画やアニメ、男子の存在がなければ、はないちもんめの遊びを楽しんでいただろう。昔から付き合ってくれた幼馴染のように、彼女は友人を連れて私を遊びに誘ってくれたかもしれない。
(250318 大好き)
赤い蝋燭に火を点けて、
一本目は父に贈ろう。
読書好きな父の読み聞かせが聞きたいな。
二本目は兄に贈ろう。
料理と植物を愛する兄と一緒に花咲く中庭でご飯を食べたいな。
三本目は弟に贈ろう。
図書館も海もどこにでもついて来てくれる弟にあげたいな。
四本目は母に贈ろう。
母には何を願おうか何を願えばいいかな分からない。
赤い蝋燭の火をふっと消して、
白い指先に火をぱっと点けた。
私の指先に揺らめく炎が爪を溶かす。
皮膚を破り、肉を焦がし、骨を爆ぜさせ、細胞を崩して、神経を狂わせる。
温かさは、熱さとなり、痛みとなり、輝きとなる。
人差し指を焼き尽くす炎に夢を見ろ。
「ママに抱きしめられたいよ」
(250317 叶わぬ夢)
満月夜に咲く沈丁花の香りは非常に強い。月光の香りを沈丁花が表現しているようだ。そんな花の音の響きは、もちろん「チンチョウゲ」。
私が、物心ついた時から清音で呼んでいた為、濁音の響きが正式名称であると園芸用の本で知って驚いた。園芸好きな母に向かって、試しに沈丁花を清音の響きで言ってみたら、すぐに濁音の響きであると指摘された。なるほど、清音の沈丁花は誤った呼び方なのか。
しかし、沈丁花を私と同じく清音で呼んだ者がいた。作家の久米正雄は、自身の作品に「チンチョウゲ」と名付けた。作品の世界観を表現するには、清音の響きが良いと断言していたらしい。
もしかしたら私は、彼のファンである人々から、この言葉をいつの間にか聞いて覚えたかもしれない。作中に描かれた白い鷲のように、力強い羽ばたきが今も鳴り響いているのだろう。きっと、かぐわしい沈丁花の香りのように、ずっと記憶に受け継がれてきたのだろう。
最近は、沈丁花の真っ赤な蕾が血汗を流す白鷲の爪に見えてきた。触れれば痛いだろうが、開いた白い花は実に柔らかだ。汗に濡れた羽毛のような心地良い感触である。沈丁花を指先で触れた時、確かに濁音よりも清音で呼びたくなるやさしさを感じた。
チンチョウゲ、今年も良い香りを羽ばたかせているね。
(250316 花の香りと共に)
私に刃向かう剃刀は、
傷ついた手首の脈から出血する幻想を見せる。
玄関にひどくねじ込まれる鍵、
そのねじ込まれた鍵に落とされる錠前が、
私の心臓を床に叩きつける衝撃となる。
鼻をかむのが止められない豚の悲鳴、
唾を撒き散らすくしゃみが挨拶だ犬どもよ、
痰混じりの笑いに誰も笑ってくれない死に損ない。
無知と無礼と無能に私の心臓は唸り出す。
怨嗟渦巻く熱き血潮が身も心も黒くただれさせる。
たましいまでも灰燼に帰する熱が叫ぶのだ。
殺せ、殺せ、ぶっ殺せ!
死を以て黙らせろ!
怒りに飲まれる心地よさは幼い頃から知っている。
心のざわめきが、筋肉を強張らせ、
内臓を引きつらせ、神経に痛みを走らせる。
苦しいが、同時に生命の喜びも感じる。
私の耳に響く心臓の鼓動はいつも怒っている。
この怒りをもっと聞きなさいよと怒鳴っている。
さっさと早くあいつらの頭を
叩いて叩いて叩き潰してよって泣き喚いている。
私はドキドキする心臓の鼓動に合わせて、
片手で鷲掴みにした家族の頭を
何度も何度も床に叩きつける妄想に耽った。
(250315 心のざわめき)
「芸術は遺伝するんだ」
そう女は胸を張って言った。男は、相手の恍惚とした表情を読み取り、その言葉を言いたくて仕方なかったのだろうと察した。
女の話した内容は、彼の書いた小説に近しい作品のあらすじだ。戒厳令時代の台湾で、ある生徒の実際に起きた事件を物語った。その物語は、彼の小説とよく似ていた。
大陸地域に伝わる奇談を好む彼は、その中からある不可思議な女の怪奇物語を書いた。一定の年齢まで何度も若返ってしまい、再び老人になるまで墓守をする女の話である。事件を起こしてしまった台湾の女生徒も、自らの罪を認めるまで廃校を彷徨う亡霊と化した。
「不老不死の霊薬を求めた者の末路は悲惨だな」
「そう見えるかもしれないし、本当のことを言えずに苦しんで、嘘を背負い続ける罰を受けていると思うよ」
「お前は、本当にそう思っているのか?」
「もちろん。そうやって、人を疑う君が何より真実を求めているじゃないか。本当は話を聞いてて、自分と同じ物語を書いた人がいて喜んでいるでしょ」
彼女は気分良く、女生徒が弾いたピアノの曲を鼻歌混じりに指で叩いた。静寂な図書館の中で、彼女の鼻歌と叩く指の音が微かに響き渡る。
2人が座っているソファの間にある肘掛けの上で、女は夜の雨に振る花の曲を弾いた。男は自然とその指先を見つめた。ふと、自分の手を彼女の指の近くに添えた。肘掛けの木板を鍵盤にして叩く彼女の指が不意に触れる。彼は、指先に伝わった振動が胸の神経を震わせたのを感じた。その震えは今も胸の中に響いている。
「俺なんかに、他の奴らの芸術的遺伝とやらがあるわけないだろう」
「もっと素直に喜べば良いのに。君だって探していたでしょ。自分と同じ物語を書く人を」
「はあ、なんでこんな奴に俺の作品を読まれてしまったのか」
男の指先が勝手に叩き出した。女が奏でた夜雨の花の歌を知らぬ間にか弾いていた。無意識下にあるたましいの高揚が、彼の指先を狂わせる。
「そこはね、薬指で叩くんだよ」
女の人差し指が男の薬指に当たった。面食らった彼は、失っていたはずの恥じらいを思い出し、誤魔化すように鼻で笑う。胸の内で歓喜する彼は照れ隠しに背を向けた。
(250314 君を探して)