はた織

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 満月夜に咲く沈丁花の香りは非常に強い。月光の香りを沈丁花が表現しているようだ。そんな花の音の響きは、もちろん「チンチョウゲ」。
 私が、物心ついた時から清音で呼んでいた為、濁音の響きが正式名称であると園芸用の本で知って驚いた。園芸好きな母に向かって、試しに沈丁花を清音の響きで言ってみたら、すぐに濁音の響きであると指摘された。なるほど、清音の沈丁花は誤った呼び方なのか。
 しかし、沈丁花を私と同じく清音で呼んだ者がいた。作家の久米正雄は、自身の作品に「チンチョウゲ」と名付けた。作品の世界観を表現するには、清音の響きが良いと断言していたらしい。
 もしかしたら私は、彼のファンである人々から、この言葉をいつの間にか聞いて覚えたかもしれない。作中に描かれた白い鷲のように、力強い羽ばたきが今も鳴り響いているのだろう。きっと、かぐわしい沈丁花の香りのように、ずっと記憶に受け継がれてきたのだろう。
 最近は、沈丁花の真っ赤な蕾が血汗を流す白鷲の爪に見えてきた。触れれば痛いだろうが、開いた白い花は実に柔らかだ。汗に濡れた羽毛のような心地良い感触である。沈丁花を指先で触れた時、確かに濁音よりも清音で呼びたくなるやさしさを感じた。
 チンチョウゲ、今年も良い香りを羽ばたかせているね。
             (250316 花の香りと共に)

3/16/2025, 1:22:06 PM