この国の魔法は、ツクモ神のような物たちの声に耳を傾けることだろう。
私が、小学校の図書館司書を務めていた頃、時間の流れをよく読み取った。そろそろチャイムが鳴ると言えば、数秒後にはチャイムの放送が流れた。当時の図書委員の児童は、目を見開いて驚いた。私の予知能力を魔法だと思ったらしく、憧れに瞳を輝かせていた。時を告げるフクロウの鳴き声が、私には聞こえていたのだ。
私の魔法には魅力もあり、転校生の名前に似た登場人物が出る本を読み聞かせしたら、その児童に懐かれた。
学校近辺で不審な事件が起きた時、その子は図書室に来て、いつもの日常が流れている空気に安堵した。「ここは安心できるね」と心の底から微笑んだ。
何を隠そう、私のしもべである空気の黒猫が、子どもらを猫の目で観察したり、9つの命で見守ったりしていたのだ。
魔女である私がいた図書室は、結界で守れていたから常に平穏無事であった。しかし、大人側は図書室に魔女はいらない、何でも聞いてくれる生成AIさえあればいいと私を追い払った。
本には多くのたましいが宿っているから、魔女の霊性なる手でキチンと管理をしなければいけない。やたら、機械で扱いたがる無知が多くて困る。
たましいの声が聞こえないのは、やかましい機械音のせいだ。高度な技術を持った科学は魔法よりも勝ると言うが、本当の魔法を知らない人間の幻想だ。
今目の前にある物のたましいの声が、あなたには聞こえているか。魔法は常にあなたの側にある。
(250223 魔法)
あの日見た虹は、天に向かって真っ直ぐに伸びていた。虹の途中だと言えば、確かに中途半端だ。他の人から見れば、本当にそこに虹があるのか分からないかもしれない。太陽の反射で七色に光る雲の幻影と言ってしまえば、それもそれで夢のように綺麗だろう。
けれども、あれは間違いなく虹だ。空に置いてかれた極彩色の梯子に私たちは夢を見た。
「あの虹は、龍が登る時に描いたんだ」
「あの虹の向こうには、天使がいる花園が隠れているよ」
本当は、虹の彼方には不思議の国があって、青い鳥が知恵と勇気と心を与えてくれるらしい。でも、あの時の私たちには興味が無かった。とにかく、私は虹の尻尾を持った龍の飛び立った後を夢見た。友人は虹の門をくぐって天使と花冠を作る夢を見た。
「虹の漢字は龍を元に生まれたって、辞書に書いてあったんだ。すごく格好良いよね」
「ふうん。雨の弓っていう響きだから、虹には弓矢を持った天使が住んでいるってパパから聞いた。とっても可愛らしいでしょ」
それぞれの意見に頷きはしなかったが、虹を見ながら互いの夢を語り合ったあの時間は、今でも七色の夢中にいるようだ。
(250222 君と見た虹)
「こんばんは、お月さま。最近夜になっても光が眩しいよ」
「こんばんば、星の坊や。人間が夜空を駆けたくて、科学の力で、鳥になったり、飛行機を飛ばしたり、光線を使って世界と繋がったりしているの。彼らの夢や希望や憧れが、光って夜も眩しいのよ」
「へえ、そうなんだ。それにしても、眩しすぎるよ。夜空を照らす僕たちなんて、もういらないんじゃない?」
「まあ坊や、悲しいわね。確かに、今の人間たちは、私たちに祈ったり願ったりしなくなった。それでも、生き物と一緒に時間を過ごす為に、光年を告げる役目を忘れてはいけませんよ」
「そうは言っても、僕たちはいつか、あの科学の光に溶けてしまうかもよ。今だって、自分の体が霞んで消えてしまいそうだ。僕も人間みたいに鳥や飛行機、光線になれば、夢や希望、憧れを持って輝くのかな」
「まあ、坊や。どうするつもりなの」
「お月さま。僕、人間の所に落ちてきます。僕も夢と希望と憧れを持って輝きたい。流れ星の僕を見たら、人間は夜空に浮かぶ仲間の星やお月さまを思い出してくれるかも」
「坊や。あなたが落ちたら、人間は弱くて耐えられないわ。それこそ、あなたと同じお星さまになってしまうわよ」
「素敵だね、お月さま。人間が星になったら、明るい夜はすっと消えて、夜空を照らす仲間がもっと増えるんだ。僕、やっぱり落ちてくるよ」
「あら、本当に行ってしまった。今日の夜空は、切ないほどに眩しくて目に痛いわね」
(250221 夜空を駆ける)
文字通り、ひそひそと話すぐらいが良いよ。
そんな無理して言わなくてもいいし、
わざわざ液晶画面に載せなくてもいいし、
SNSに挙げてもタイムラインに流されてしまうでしょう?
うっかりと見たり聞いたり読んだりしても、
胸の奥に閉まって置くのが礼儀さ。
だから、私は心の中に秘め事を隠すよ。
世の中には、秘かに脈打つ想いが多く眠っている。
たましい目覚めるまで、そっとしておいてね。
(250220 ひそかなる想い)
お前は誰だと言われて、ブレーカーを落とされた。湯船に浸かっている私に構わず、電気を消されてしまった。
真っ暗だ。黒一色だ。今まで私の目に色を映していた家具たちは、暗闇の中へと消えていった。私自身も真っ黒だ。
とにかく、私は明かりを探しに風呂から立ち上がった。思い返せば、この時の自身の空間把握能力にとても驚いた。突然の出来事に慌てながらも、湯船の角や水道の蛇口、浴室用の椅子にぶつからずに済んだ。
私は、折り戸を開けて、2階にある自室に向かおうとした。シミュレーションをしていたのだ。
今、目の前にある暗闇の中には、カーテン、扉、廊下を渡って、玄関近くの階段を手探りで登り、左手にある私の部屋の扉を開け、部屋の角に置かれた机の上にあるスマートフォン。
そう、私は携帯器の明かりを求めている。実は脱衣所にブレーカーがある。しかし、そこは普段から窓に光さえ入らない。驚きの空間把握能力を駆使すれば良い話だが、この盲者はスマホ依存者だ。明かりさえも、スマホがなければ生きていけない。
つまり、これが私なのかと暗闇に応えようと思ったが、腑に落ちない。では、キルケの家にやってきたオデュッセウスなのかと言われても、英雄と盲者では天と地の差がある。ならば、ノーバティと自ら偽名をつけて相手を騙せるか。私はクソ真面目だ。自ら誰でも無いと名付けたら、ずっとそのままだ。
それだったら、水に濡れた裸のまま永遠に暗闇の中に隠れて、いつか溶け込んでいくまで待ってやる。私はそういう生き物だ。明かりを消した者よ、どうぞ遠慮なく咀嚼して嚥下して消化して排泄しやがれ。
(250219 あなたは誰)