「子どもの近くにいると安心する。恋愛でも性愛でもない。無垢で純粋な物の側にいるから穏やかになれるのかしら」
彼女は母親の元へ駆け寄っていく子どもを見届けた。子どもの柔らかな温もりに当てられて良い気分である。笑みを浮かべるも、口元を引きつらせる自虐が微かに見えた。
「君は、純愛を欲しているだけだと思うよ。誰もけがれない付き合いをしたいんじゃないかな」
「愛憎劇になるぐらいなら、子どもとおままごとをしたいよ」
「そうだよね。ただ君には、どんな愛も受け入れる愛情を持ってほしい」
急に彼から願いを言われて、彼女は返事を詰まらせた。なぜと尋ねたら、彼は驚いて答えた。
「なぜって、君にもその資格があるからだ。愛情は全ての人が持っている。形は様々、色も色々、量も多少ある。そして、同じ愛は決してない。君だけの愛で世界に応えればいい」
何も恐れることは無いと彼は向き合った。熱気に当てられてやや身を引く彼女に苦笑し、毛先をいじる。
「まずは、自分を愛してみたらどうだろう」
「どうやって?」
「僕が君のことをラミーって呼んでいる間は、君は君を愛する。簡単だろ」
難しい話でも聞いたかのように、彼女は唖然としている。しかし彼は気にもせず、早速ラミーと呼んだ。彼女は慣れない愛称に戸惑ったが、突然閃いたのか。目を見開いて、かすかに開いた口から言葉を発した。
「Salutations,My hear.I’m lumme」
「Good love」
(250723 True Love)
茜さす書棚より本引き出し、長年積もりし埃吹きき。紫煙の残香と共に舞う厚き埃は、やがて散り散りとなって、窓から差し込む紅き夕陽と伸びゆく黒き影のあわいの中で白く細かく点滅する。人の息吹から生まれた星の子たちは、自由に天へ昇ったり地に降りたりしている。
白き星屑が舞い踊る中で、手にした書物の表紙を眺めた。表紙に彫られた題名を指でなぞりながら、久しきかなと挨拶をして頁を開いた。頁をめくって、文字を辿って、言葉をなぞっていく。紙と肌の触れる音が静かに響く。
本を読む者は、ただ黙った。本が書き残した言葉の前で、静寂に耳を傾ける。真っ直ぐな視線は、本の裏側にいる著者の姿と向き合っていた。どこかで見聞きした歴史が、その書物の中に記録されている。
また忘れ去られた歴史が、ここにもあったのかと本を読む者は密かに笑った。そして、またいつか、時代の荒波に飲まれて忘れ去られるだろうと先の未来にも笑いかけた。
夕映えのもと、白い埃は長く伸び切った影の中に消えていった。輝きを失っても、本を読む者の微笑みは自信に満ちている。
(250722 またいつか)
星屑となりて
うつろふ覚悟を持てとその人は
くろがねの如く 硬く脆く
輝きて錆びにけり
(250721 星を追いかけて)
例え一年分の作り置きのおかずやデザートが冷蔵庫にあっても、一年後の自分が満足して生活できるようにしたいと欲求や不安が消化不良を起こして、まさに今追加の食材を買ってしまった。
(250720 今を生きる)
夕方の赤みがかった青空に浮かぶ雲を眺めた。羽先のような白い雲が空を覆っている。雲の端を子どもの柔らかな手で悪戯に引っ張られたような形をしていた。
良い雲だと眺めていると、その白い筋から段々と青い血管が浮かんできた。空も生きている、どくりと私はときめいた。雲の隙間から空の静脈の鼓動が震える。
空の血管の中に入っていきたいと、私の中の鳥籠にいる小鳥が羽ばたく。なら飛んでいけと群青の血潮が溢れる空に放った。
(250719 飛べ)