はた織

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「……——だったら辞める? まーくんがお稽古楽しくないって言うなら、お母さんが迎えにいくの意味が無くなっちゃうじゃない。お母さんだって、こうして仕事終わりに迎えに来ているの。前から忙しいって言ってるのに、まったくもう暇じゃないんだから——……」
 彼の灰色の視界が徐々に滲んでいく。母親の自転車に揺られながら、ただ後部座席にもたれた。今座っているのかさえ分からないほどに、現実との感覚がかけ離れていく。もし、母親の愚痴を立ちながら聞いていたら、地面から崩れ落ちていくような錯覚を覚えたかもしれない。母親の話を背中越しで聞いているのに、つい視界を逸らしたくなる。横を向いても、風の切る音と共に、重くのしかかる呪文が片耳から入ってくる。
 自転車は未だ家に着かない。血の気のない頬に生ぬるい夏風が当たった。いつもよりも時間の進みが遅く感じる。道路の硬くゴツゴツとした無機質な振動が、彼の濡れた視界をより一層歪ませていく。目を伏せても眠気は来ない。目の前の肉壁からは、母親の匂いが全くしなかった。
                (250808 夢じゃない)

8/8/2025, 12:49:34 PM