はた織

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「芸術は遺伝するんだ」
 そう女は胸を張って言った。男は、相手の恍惚とした表情を読み取り、その言葉を言いたくて仕方なかったのだろうと察した。
 女の話した内容は、彼の書いた小説に近しい作品のあらすじだ。戒厳令時代の台湾で、ある生徒の実際に起きた事件を物語った。その物語は、彼の小説とよく似ていた。
 大陸地域に伝わる奇談を好む彼は、その中からある不可思議な女の怪奇物語を書いた。一定の年齢まで何度も若返ってしまい、再び老人になるまで墓守をする女の話である。事件を起こしてしまった台湾の女生徒も、自らの罪を認めるまで廃校を彷徨う亡霊と化した。
「不老不死の霊薬を求めた者の末路は悲惨だな」
「そう見えるかもしれないし、本当のことを言えずに苦しんで、嘘を背負い続ける罰を受けていると思うよ」
「お前は、本当にそう思っているのか?」
「もちろん。そうやって、人を疑う君が何より真実を求めているじゃないか。本当は話を聞いてて、自分と同じ物語を書いた人がいて喜んでいるでしょ」
 彼女は気分良く、女生徒が弾いたピアノの曲を鼻歌混じりに指で叩いた。静寂な図書館の中で、彼女の鼻歌と叩く指の音が微かに響き渡る。
 2人が座っているソファの間にある肘掛けの上で、女は夜の雨に振る花の曲を弾いた。男は自然とその指先を見つめた。ふと、自分の手を彼女の指の近くに添えた。肘掛けの木板を鍵盤にして叩く彼女の指が不意に触れる。彼は、指先に伝わった振動が胸の神経を震わせたのを感じた。その震えは今も胸の中に響いている。
「俺なんかに、他の奴らの芸術的遺伝とやらがあるわけないだろう」
「もっと素直に喜べば良いのに。君だって探していたでしょ。自分と同じ物語を書く人を」
「はあ、なんでこんな奴に俺の作品を読まれてしまったのか」
 男の指先が勝手に叩き出した。女が奏でた夜雨の花の歌を知らぬ間にか弾いていた。無意識下にあるたましいの高揚が、彼の指先を狂わせる。
「そこはね、薬指で叩くんだよ」
 女の人差し指が男の薬指に当たった。面食らった彼は、失っていたはずの恥じらいを思い出し、誤魔化すように鼻で笑う。胸の内で歓喜する彼は照れ隠しに背を向けた。
               (250314 君を探して)

3/14/2025, 1:07:14 PM