私の耳も首も腕も純潔にみがく
透明なアクセサリーが似合う人であり続けたい。
全ての色彩を映し出す多彩さ。
多くの景色を取り込む包容さ。
あらゆる光を輝かせる器用さ。
私の肌も髪も姿も純粋に照らす
その素直な色彩が似合う人として生き続けたい。
(250313 透明)
この身が絶えれば地面に伏し、生存活動を停止した身体は石と化す。
機能停止した内臓は、だんだんと腐っていき、骨を崩し、筋肉を裂いて、皮膚を突き破って、露わになる。
鳥獣たちが、まだ温かな肉を噛み締め、ついばめ、腹を満たしていく。
頭蓋骨を叩き出し、液状の目玉を啜り出し、臍の穴から腸を引き摺り出す。
カラスは、その肉片と首から溢れた鮓答の白石をくちばしに咥えて飛び立った。
やがては腐臭を周囲に漂わせ、獣たちがどんどん遠ざかっていったその時、体液に住まう微生物たちが、蛆虫となって成長し、宿主の肉を貪っていく。
一生蠅にならぬその身をただただ肥やし続け、いつかは破裂し、余った肉塊と一緒に腐って溶けていく。
溶けた血肉は、地面を覆うように染み渡っていく。
赤黒くなった土からは草木が生え、体液を染み込んだ養分を吸い上げる。
50kgの肉塊すべてを抱擁した地面は、ふたたび土色に戻った。
屍体から生まれた草木は、陽光を浴びて、その豊かな緑を輝かせている。
輝きに満ちた草木から花が咲き、太陽に向かって笑っている。
これが、たましいとなった私の初めての春だろう。
アメノウズメが、思わず裸になって踊りたくなる春がふたたびはじまる。
(250312 終わり、また初まる)
星を見てみよう会に参加した彼女は、参加理由を尋ねられると思い、1週間前からあれこれと考えていた。だが、主催者は理由を尋ねて来なかった。参加しただけでも充分だと満足そうに語った。
天空型シェルターに生成AIが作った星空の映像が映っている。100年も変わらずに、星が点々と不規則に散らばって、チカチカと眩しく瞬いている。公共施設内にある談話室のベランダから参加者たちはシェルターを見上げた。
「では改めて、星とは本当はどんなものだろうか。皆の意見を聞かせてくれないかい」
「そんなのAIの星なんかよりもずっーとキレイ。紙媒体の本に載ってた星空の写真がさ、もうめっちゃキレイだった!」
「えっとね、飴みたいに美味しいらしいよ。コンペイトウっていうお菓子が、星を元にして作られたみたい」
「あー、俺のじいさんが教えてくれたよ。道端に転がってる石が星の名残だってさ。案外星って汚いもんだな」
「手話が出来るピエロ」
予期せぬ回答に主催者は戸惑った。どういう意味かと虹色の髪をした少女に尋ねた。
「アニメで観た。耳の聞こえない子が、手話したピエロにyou are starって言ってたよ」
「なるほど、確かにそれも星だ。さて、新入りくん。君が思う星は何か聞かせてくれないかい」
彼女は言葉を詰まらせた。星を見てみよう会の参加理由ばかり考えていたので、なんと言おうか迷っている。主催者は気を利かせて、星に向かって言ってご覧と指を指した。周囲の視線を逸らして、顔を上げた彼女は星を眺めた。すると、自然と言葉が出てきた。
「お母さんがいるところです」
「君のお母さんは星なのかい」
「はは、それこそユーアースターじゃん!」
「そうですね。確かにお母さんは星です。3年前にシェルターの不具合で、故障した穴から酸性雨が漏れ出して、お母さんが頭から雨に当たって溶けて亡くなりました」
周りは、写真好きの高校生の明るい調子に乗ろうとしたが、新入りの不幸な家庭事情に黙ってしまった。主催者も口に手を当てて言葉を失っている。
天空型シェルターの故障による事故は、約160万分の1とAIで証明された。宝くじの一等を当てるよりも確率が低いとは言え、0%ではない証明でもある。
「新入りくん、嫌なことを思い出させて申し訳ない。君のお母さんの為に、お悔やみを申し上げよう」
「ありがとうございます。三回忌を済ませたので、もう大丈夫です。それに皆さんの星を聞いて、やっぱり私のお母さんは星なんだなと納得しました」
「えっと、新入りちゃんのママはコンペイトウみたいってこと?」
「お前、こんなシリアスな場面で笑うなって」
「ふふん、もしかしたらピエロかもよ」
石頭の男は、2人の笑い声に呆れ返った。新入りは彼らの気の置けない仲に微笑んだ。
「はい、そうです。お母さんは、生成AIでは生み出せない綺麗な目をしていました。遺影に映るお母さんの笑った目は本当に綺麗です。それと、お菓子作りも得意でした。よく白砂糖を星に例えて美味しいお星さまと言って舐めてましたよ。ただストレスを溜め込む癖があったので、首の周りに石も溜まってました。でもお母さんは前向きに、いつか鮓答となって綺麗な石になれたら良いねと願ってました。お母さんは、手話でよくおはようって言ってくれました。人差し指を軽く曲げて、今日も起きられて良かったねって毎朝私に挨拶してくれました」
新入りの彼女は、ずっと空を見上げていた。シェルターの向こうにある、100年前から隠されてしまった本当の星空を眺めていた。
薄暗い周囲から微かに啜り泣く声が響く。主催者は、自分の回答を持って今日の会を終わりにしようとした。
「新入りくんの星は、本当に綺麗だ。実に素晴らしい。私も自分の瞳が、あのシェルターの向こうにある本当の星空から覗いてくれていると夢見ているよ」
主催者は、内蔵型ゴーグルを通して、空を見上げた。ゴーグルには星座と星の光年数、星々の寿命と明日の天気など情報で埋め尽くされている。
「主催者さんの目が空から見てくれているなんて、まるで神さまみたいで安心できますね。私、この会に参加できて良かったです」
「それは良かった。雨天決行の何でもありな星を見てみよう会だ。この会はいつでもやってるからまたおいで」
主催者のゴーグルには、新入りの表情を示すデータや心拍数、瞬きの回数などが表示された。好感を示すAIのデータに彼は眉をしかめる。いつか本当に、自分の目で人そのものを見定めたいと自身のまなこである星に願った。
(250311 星)
小学校3年生だったか。七夕の日、私は短冊に「妹が欲しい」と書いた。いとこの姉妹が喧嘩するほど仲が良く、ひとりっ子の私には羨ましかった。
だから自分にも弟か妹がいたら良いなと願ったが、親に短冊を見られて恥ずかしくなった。「妹が欲しいの?」と自分の願いを口に出されて、聞いてて嫌になった。その後、オモチャか何かが欲しいと書き直して笹の葉に飾った。
自分の親は恐ろしくも単純で、すぐにきょうだいを用意してくれた。私の願いを聞いてくれた親に愛情を感じられたが、すぐに失った。
妊娠の報告を祖母から聞いた時、私は朝起きて裸の母親と遭遇した日を思い出した。あの時は、母親が寝てて暑かったから服を脱いだと言った言葉を信じて、特に気にしなかった。私も親に似て、馬鹿に単純だった。
私は、あれが性行為の姿なのかと気づいてしまい、母の嘘と重なってより不快になった。さらに、妊娠の報告を祖母に任せたことが、子どもの私の心を傷付けた。悲しいと言うよりも、家族から見放された悔しさに涙を流した。何も言わずに泣く私に、祖母が戸惑うのも無理はない。
その後ようやく、私に弟ができたが、いつの日だったろうか。食事時に、父親が本当はこんなにも子どもを作る予定はなかったと突然言い出した。衝撃的な一言だったから、本当にいつ言ったのか覚えていない。
狭くて窮屈な家とリビングとテーブル。父の書斎室を奪った子どもたちが平然とご飯を食べてて、よほど憎かったのだろう。
もっと計画的にセックスすれば、今ごろ父親は、自分の部屋で大音量のアニメを延々と観られただろうに。この人もやはり単純極まりない。
願わくば、私は子どもの頃の自分にこう言ってやりたい。
「他人に自分の夢を託してはいけないよ。自分で叶えられる夢を持ってね」
(250310 願いが1つ叶うならば)
ああと得も言われぬ感情が、私の中で込み上がった。
ダイアログレイディオ・イン・ザ・ダークに登場した御陣乗太鼓保存会の人が、話してくれた。朝起きたら、いつも変わらない風景を大事にしてほしいと願いを込めて言った。
能登半島地震で、海底は隆起し、大雨で山は土砂崩れを起こした。天災により日々の日常や風景を壊されて、心までも崩れただろう。だが、全てを失ったわけではない。能登の人々は、崩れ落ちたものの中から思い出を掬い上げて、心の拠り所にしていたのだろう。
変わらないものに自分の帰るべき場所と意味を与える。これは人間の生きる術のひとつだ。
最近は、長年建てられた建築物が無闇に解体されている。しかも建てたその国民ではなく、移民や難民の人々に解体を任せている。
現代の人々は、歴史を積み重ねた建物の敬意もなければ、時間への敬意もない。当然、歴史の流れに逆らって変わらずにいるものの存在もすぐに否定できる。急速な時代の変化に置いていかれた人間の心の拠り所なんて容赦なく踏み潰せるのだ。
変化に必死な人間ほど、変わらないものの存在を恐れてしまう。では、その人間の身に天災が起これば、どうなるのか。天変地異に歓喜するのか、それとも堕落するのか。歓喜して昇天しても良いだろう。堕落して悲観して良いだろう。はたまた、崩壊された風景の中で、変わらずに咲き続ける花や流れ続ける雲、伸び続ける草木を見出して、ああ生きてて良かったなと思ってくれたら、もっと良いだろうよ。
(250309 嗚呼)