星を見てみよう会に参加した彼女は、参加理由を尋ねられると思い、1週間前からあれこれと考えていた。だが、主催者は理由を尋ねて来なかった。参加しただけでも充分だと満足そうに語った。
天空型シェルターに生成AIが作った星空の映像が映っている。100年も変わらずに、星が点々と不規則に散らばって、チカチカと眩しく瞬いている。公共施設内にある談話室のベランダから参加者たちはシェルターを見上げた。
「では改めて、星とは本当はどんなものだろうか。皆の意見を聞かせてくれないかい」
「そんなのAIの星なんかよりもずっーとキレイ。紙媒体の本に載ってた星空の写真がさ、もうめっちゃキレイだった!」
「えっとね、飴みたいに美味しいらしいよ。コンペイトウっていうお菓子が、星を元にして作られたみたい」
「あー、俺のじいさんが教えてくれたよ。道端に転がってる石が星の名残だってさ。案外星って汚いもんだな」
「手話が出来るピエロ」
予期せぬ回答に主催者は戸惑った。どういう意味かと虹色の髪をした少女に尋ねた。
「アニメで観た。耳の聞こえない子が、手話したピエロにyou are starって言ってたよ」
「なるほど、確かにそれも星だ。さて、新入りくん。君が思う星は何か聞かせてくれないかい」
彼女は言葉を詰まらせた。星を見てみよう会の参加理由ばかり考えていたので、なんと言おうか迷っている。主催者は気を利かせて、星に向かって言ってご覧と指を指した。周囲の視線を逸らして、顔を上げた彼女は星を眺めた。すると、自然と言葉が出てきた。
「お母さんがいるところです」
「君のお母さんは星なのかい」
「はは、それこそユーアースターじゃん!」
「そうですね。確かにお母さんは星です。3年前にシェルターの不具合で、故障した穴から酸性雨が漏れ出して、お母さんが頭から雨に当たって溶けて亡くなりました」
周りは、写真好きの高校生の明るい調子に乗ろうとしたが、新入りの不幸な家庭事情に黙ってしまった。主催者も口に手を当てて言葉を失っている。
天空型シェルターの故障による事故は、約160万分の1とAIで証明された。宝くじの一等を当てるよりも確率が低いとは言え、0%ではない証明でもある。
「新入りくん、嫌なことを思い出させて申し訳ない。君のお母さんの為に、お悔やみを申し上げよう」
「ありがとうございます。三回忌を済ませたので、もう大丈夫です。それに皆さんの星を聞いて、やっぱり私のお母さんは星なんだなと納得しました」
「えっと、新入りちゃんのママはコンペイトウみたいってこと?」
「お前、こんなシリアスな場面で笑うなって」
「ふふん、もしかしたらピエロかもよ」
石頭の男は、2人の笑い声に呆れ返った。新入りは彼らの気の置けない仲に微笑んだ。
「はい、そうです。お母さんは、生成AIでは生み出せない綺麗な目をしていました。遺影に映るお母さんの笑った目は本当に綺麗です。それと、お菓子作りも得意でした。よく白砂糖を星に例えて美味しいお星さまと言って舐めてましたよ。ただストレスを溜め込む癖があったので、首の周りに石も溜まってました。でもお母さんは前向きに、いつか鮓答となって綺麗な石になれたら良いねと願ってました。お母さんは、手話でよくおはようって言ってくれました。人差し指を軽く曲げて、今日も起きられて良かったねって毎朝私に挨拶してくれました」
新入りの彼女は、ずっと空を見上げていた。シェルターの向こうにある、100年前から隠されてしまった本当の星空を眺めていた。
薄暗い周囲から微かに啜り泣く声が響く。主催者は、自分の回答を持って今日の会を終わりにしようとした。
「新入りくんの星は、本当に綺麗だ。実に素晴らしい。私も自分の瞳が、あのシェルターの向こうにある本当の星空から覗いてくれていると夢見ているよ」
主催者は、内蔵型ゴーグルを通して、空を見上げた。ゴーグルには星座と星の光年数、星々の寿命と明日の天気など情報で埋め尽くされている。
「主催者さんの目が空から見てくれているなんて、まるで神さまみたいで安心できますね。私、この会に参加できて良かったです」
「それは良かった。雨天決行の何でもありな星を見てみよう会だ。この会はいつでもやってるからまたおいで」
主催者のゴーグルには、新入りの表情を示すデータや心拍数、瞬きの回数などが表示された。好感を示すAIのデータに彼は眉をしかめる。いつか本当に、自分の目で人そのものを見定めたいと自身のまなこである星に願った。
(250311 星)
3/11/2025, 1:43:27 PM