曖昧よもぎ(あまいよもぎ)

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7/10/2025, 11:31:01 AM

いつも通る帰り道の、謎の分岐路の反対側を行くこと。

いつもなら買わない、高いチョコレートを買うこと。

子供の頃好きだった本を、もう一度読んでみること。

よく見る花の名前を知ること。

目を閉じて、周りの音を聴いてみること。

いつも通り過ぎている、おしゃれな服屋に入ること。

まだあまり仲良くない後ろの席の人に、話しかけてみること。

大雨の中で外に出て、びしょ濡れになること。

いつまでもあって欲しいと思うケーキ屋を見つけること。

なんとなく、母校を訪ねること。

布団の上に大の字になって、天井を見つめながら妄想すること。



それら全てが冒険であり、偉大なる冒険の一歩目である。


九作目「冒険」
子供の頃、児童小説をよく読んでいた。幼い曖昧にとって、それは冒険とも言えるほど、没頭できる美しい世界であったのです。『アルセーヌ・ルパン』シリーズがいちばんすき。小児陶酔する程の美青年。

7/9/2025, 1:34:10 PM

とある者は言った。人の死に美しさなど、兵器に美しさなど、必要ないのだと。その瞬間、僕は初めて他人に殺意を抱いた。


僕の研究はいつも、周りには受け入れられないものばかり。交友関係など持たずに、いつでもどこでもひたすらに研究。授業中でも構わない。食事中でさえ、そのことで頭がいっぱいになる。まさに四六時中と言った具合だ。そして実験、工作。そんな僕は、気味が悪いと蔑まれ、罵られることは日常茶飯事だった。“かみさま”だけが僕を肯定してくれた。

「君がつくったものが、いつか、誰かを救う」
「でも、それはいつだって君の知らないところで、君の知らない日で、君の知らないひとだ」かみさまは言った。

僕は、僕の作品達を、大切な子供達を、届けたい。苦しみ飢える人に。それを必要とする人に。それが叶うなら、命だってなんだってくれてやるさ。




――――後のインタビューにて、彼は語った。
『嫌だったんでしょう、自分がではなくて、誰かが莫迦にされたように感じて。どんなに悪趣味だと思えても、この世界に生きるたったひとりでも、僕の発明が必要であれば、それを肯定すべきだと思います。僕は、ただ、誰かの心の傷に寄り添っていたいだけですよ。名前も、顔も、住所も、年齢も、何もかもが分からない、けれども確かに存在している誰かを、救いたい』
我が社のインタビューの四日後、彼は自宅で亡くなった。遺書があったため、自殺と見て間違いないだろう。そこには“かみさま”という謎の人物に対する狂愛と嫉妬、はたまた羨望が綴られていたと言う…。


八作目「届いて.....」
僕のかみさまは、誰かのかみさま。僕だけのかまさまはどこ?
曖昧は無宗教ですが、美青年狂信者と言っても過言ではありません。

7/8/2025, 10:32:04 AM

走馬灯のエンドロールには、1週間も経たずに死んだ祭の金魚を挿し込んで欲しい。


金魚という生物の、美しさと、儚さ。生命の重さ、そして軽さ。

夏の陽の暑さ、冷房の効いたリビングの涼しさ、優しい父母の温かさ、疲れ果てたとき飛び込んだニトリのベッドシーツの冷たさ。

金魚の紅さ、空の青さ、水の白さ、汗の黒さ。

死の苦さ、涙のしょっぱさ、プリンの甘さ、世知辛さ。


『恥の多い生涯を送ってきました。』中学時代、初めてできた彼女が好きだった小説の一節だ。今の俺にぴったりの言葉だった。それでも当時は、「こんな変なもん勧めてくるなよ」なんて笑い飛ばしたものだ。どうしてこんな人生になっちゃったんだろう。俺はこんな形で消えるのか。嫌だなぁ。幸せになりたかったなぁ。


金魚の紅さは、血の紅さとはまるで異なり、どちらかと言えば甘美なりんごあめと同じ色をしていた。俺が死なせた金魚。俺を殺した金魚。優美に泳ぐ魚。食べられないおさかな。きらきらのおさかな。


幼さとは時に残酷であるが、大人もまた残酷である。世の中は残酷である。誰もが皆、加虐的なのである。俺も例外ではない。
残酷な大人と残酷な子供。それならば、俺は残酷な子供でありたい。もう、全ての罪を赦されたい。ねぇ神様、俺に免罪符をくれませんか。甘美な飴の色をした食べられない、美しい魚に会いたいです。

「えへへ、えへへ、えへへ」
「おさかなさん、おさかなさん、ほしいの、ねぇ、とって」
「まっかなのに、きんぎょっておかしいねぇ、ねぇ、かみさま」



七作目「あの日の景色」
祭も終盤にさしかかる頃、まだ金魚はたくさん泳いでいた。並んでいた人々に、おじさんが適当に網ですくって配ってくれた。当時はやけに金魚すくいがやりたかったけど、曖昧には藻だけでじゅうぶん。

7/7/2025, 1:43:37 PM

「また虐められた?」
僕はユウくんと視線を合わせるようにしゃがんだ。涙でぐしゃぐしゃの顔を、優しくハンカチで拭いてあげる。それは彼が誕生日にくれた、白くて、紅い薔薇の刺繍が施されたもの。小学生のお小遣いで買えるものは限られているのに、自分の為に使いたいだろうに、僕を想ってくれた贈り物。
「そう、なの…痛かったよぉ、ライ兄ちゃん…っ!」
酷く震えているユウくんを抱きしめる。泣きじゃくる彼の背中をとんとんと軽く叩いて落ち着かせる。
あーあ。君を苦しめる世界なんて無くなればいいのに。何度そう願ったことか。僕の願い事はただ、それだけ。

ユウくんは僕の隣の家に住む、小学5年生の男の子だ。小さい頃から、僕をライ兄ちゃんと呼んで慕ってくれている。それは僕が大学生になった今でも変わらなかった。でも、ユウくんの周りの環境は大きく変わっていた。彼は帰り道に、意地悪な男子中学生達からいじめられるようになってしまった。クラスの傲慢な男に目をつけられた結果、そいつの兄からも嫌われてしまったらしい。年下の幼気な男の子に手を出すなんて最低だ。僕も何度か注意をしたけれど、隙を見て奴らは暴力を振るってくる。どんどんエスカレートしていく虐めに、僕は心底うんざりしていた。

インターホンが鳴ったから、作業を一度中断してユウくんに会いに行った。でも、ほんの少しだけ、無視しようかとも思った。僕は、君を、助けてあげられない。

「たすけて、兄ちゃん…!」
助けたいに決まってるだろう。弟みたいに可愛がってきたユウくんを見捨てたくなんてない。でも、どうすれば良い?僕には何が出来る?
「ぼく、ライ兄ちゃんといたい…外に出るの、怖いよ……」
「……っ、わかった…」



ライ兄ちゃんはぼくの手を引いて、家に入った。手を洗うように促されたから、言う通りにする。久々の兄ちゃんの家。兄ちゃんの匂いがする。心地良い、ぼくの大好きなお家。
ぼくはそこで、何日も過ごした。

ごめんね。ぼく、ライ兄ちゃんのことが好きで好きで堪らないんだ。美人で、まつげが長くって、優しくて、賢くて、自慢のお兄ちゃん。世界でたったひとりだけ、ぼくを愛してくれるひと。

家にすらぼくに居場所が無いことを、兄ちゃんは知っていた。お母さんとお父さんが訪ねてきたとき、今までに見たことないぐらい語気を荒げて追い返してくれたよね。ぼくの辛い思い、分かってくれてありがとう。
ぼくね、ライ兄ちゃんに謝らなくちゃいけないことがあるんだ。本当は虐められてなんかないの。ぼくが頼んで、殴ってもらってたの。だって兄ちゃんにもっと愛されたいから。兄ちゃんなら、ぼくが虐められてるって知ったら絶対に助けようとしてくれるもんね。
ぼくのお願い事は、ずーっと兄ちゃんと一緒にいること。それ以外は要らないよ。だから、離れないで、側にいて、どこにも行くな


六作目「願い事」
曖昧は狂気滲む純愛を抱く少年と、それに気付かないでいるお兄さんを主食としています。

7/6/2025, 1:06:13 PM

あの頃は僕も莫迦だった。「ねぇ、僕のどこが好き?」なんて期待して聞いてしまったりして。恥知らずにデートに誘って、その度に君を冷めさせて、萎えさせて。君は一度も僕に好きだと言ってくれなかったのにね。どうして両想いだなんて思ったんだろう。
「んー、顔」
「そ、それ以外で」「じゃあ無い」
きっと夢見がちな奴だと思われた。元から少女趣味だった僕は、お姫様扱いしてくれそうな男の人が好きだった。君なら、僕の望む恋人になってくれるって本気で思ってた。
僕の取り柄が顔だけなのは分かってた。美人な自覚はあったし、おどおどしていて暗い僕なんかを、君が好きになるなんてあり得ない。

でも、やっぱり、今でも忘れられないんだ。
「綺麗だな」
「うん…夜景とか月とか、僕も好き」
「ばか、お前のことだっての」
そうやって、頬を撫でられて、そっと唇を重ね合わせた。ギラついたピンクの記憶が、今でも海馬に焼き付いている。僕を今でもドキドキさせる。もう一度あんな夜を、過ごしてみたいとも思う。


僕は、君に恋をするのをやめた。空恋。からこい。空っぽの恋。何度噛んでも味がしなかった恋。それでも甘い香りを漂わせていた恋。
ねえ。本当に、最低な奴だったな。僕も君も。


五作目「空恋」

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