曖昧よもぎ(あまいよもぎ)

Open App

「また虐められた?」
僕はユウくんと視線を合わせるようにしゃがんだ。涙でぐしゃぐしゃの顔を、優しくハンカチで拭いてあげる。それは彼が誕生日にくれた、白くて、紅い薔薇の刺繍が施されたもの。小学生のお小遣いで買えるものは限られているのに、自分の為に使いたいだろうに、僕を想ってくれた贈り物。
「そう、なの…痛かったよぉ、ライ兄ちゃん…っ!」
酷く震えているユウくんを抱きしめる。泣きじゃくる彼の背中をとんとんと軽く叩いて落ち着かせる。
あーあ。君を苦しめる世界なんて無くなればいいのに。何度そう願ったことか。僕の願い事はただ、それだけ。

ユウくんは僕の隣の家に住む、小学5年生の男の子だ。小さい頃から、僕をライ兄ちゃんと呼んで慕ってくれている。それは僕が大学生になった今でも変わらなかった。でも、ユウくんの周りの環境は大きく変わっていた。彼は帰り道に、意地悪な男子中学生達からいじめられるようになってしまった。クラスの傲慢な男に目をつけられた結果、そいつの兄からも嫌われてしまったらしい。年下の幼気な男の子に手を出すなんて最低だ。僕も何度か注意をしたけれど、隙を見て奴らは暴力を振るってくる。どんどんエスカレートしていく虐めに、僕は心底うんざりしていた。

インターホンが鳴ったから、作業を一度中断してユウくんに会いに行った。でも、ほんの少しだけ、無視しようかとも思った。僕は、君を、助けてあげられない。

「たすけて、兄ちゃん…!」
助けたいに決まってるだろう。弟みたいに可愛がってきたユウくんを見捨てたくなんてない。でも、どうすれば良い?僕には何が出来る?
「ぼく、ライ兄ちゃんといたい…外に出るの、怖いよ……」
「……っ、わかった…」



ライ兄ちゃんはぼくの手を引いて、家に入った。手を洗うように促されたから、言う通りにする。久々の兄ちゃんの家。兄ちゃんの匂いがする。心地良い、ぼくの大好きなお家。
ぼくはそこで、何日も過ごした。

ごめんね。ぼく、ライ兄ちゃんのことが好きで好きで堪らないんだ。美人で、まつげが長くって、優しくて、賢くて、自慢のお兄ちゃん。世界でたったひとりだけ、ぼくを愛してくれるひと。

家にすらぼくに居場所が無いことを、兄ちゃんは知っていた。お母さんとお父さんが訪ねてきたとき、今までに見たことないぐらい語気を荒げて追い返してくれたよね。ぼくの辛い思い、分かってくれてありがとう。
ぼくね、ライ兄ちゃんに謝らなくちゃいけないことがあるんだ。本当は虐められてなんかないの。ぼくが頼んで、殴ってもらってたの。だって兄ちゃんにもっと愛されたいから。兄ちゃんなら、ぼくが虐められてるって知ったら絶対に助けようとしてくれるもんね。
ぼくのお願い事は、ずーっと兄ちゃんと一緒にいること。それ以外は要らないよ。だから、離れないで、側にいて、どこにも行くな


六作目「願い事」
曖昧は狂気滲む純愛を抱く少年と、それに気付かないでいるお兄さんを主食としています。

7/7/2025, 1:43:37 PM