大切な人がいる。
同い年で、同性で、実家は隣。絵に描いたような幼馴染。
昔からよく一緒に遊んだし、事あるごとにくっついていた。
でも、親友かと問われれば即答できない。
僕は、彼のことを全部知っているわけじゃない。
初めて吸った煙草の銘柄も、歴代の彼女の人数も分かる。
けど、僕以外との交友関係とか、いつも飲んでる風邪薬とか、そんなの全く知らない。
普通の親友の線引きがどこかは分からないけれど、少なくとも僕にとっては、全部を知らないなら親友ではない。
だからといって、友人なんて浅い枠に収まる年月じゃない。
まだおむつを履いていたような頃から、大学までずっと一緒なのだ。友人以上を名乗っていいのは、きっと本当。
恋人なんて以ての外だ。
僕も彼も、彼女を作ったことが何度かある。
嫉妬の情なんて抱かなかったし、2人の結婚式に呼ばれたって、僕はきっと本心から喜べた。彼も、同じだったはずだ。
だから、余計に彼との距離が分からない。
僕に許されている立場はどこまでなのか、自分はどこまで名乗っていいのか。
僕にとって、彼は親友だ。彼は、僕のことをよく分かってくれている。
ずっと前、別の友人から言われたことがある。
僕らの距離感は異常だと。
僕が少し咳き込めば、当たり前のように、彼の鞄かは僕の使っている風邪薬が出てくる。
彼が口寂しそうにすれば、僕のポケットから彼の好きな銘柄の煙草が出てくる。僕は、非喫煙者だ。
そんなのは、異常だと。
互いにカメラを仕掛け合う友人なんて見たことがないと、その子は言っていた。
暗に、気持ち悪いと言いたかったんだと思う。
世間にとって僕らが異常なことくらい、僕らが一番よくわかっている。
だけど、この筆舌に尽くし難い関係が丁度良くて、この関係を言葉の枠に押し込めたくない気持ちもあった。
だからきっと、僕らはこれでいいのだ。
友人でも、親友でも、恋人でもない。
現代にある言葉じゃ足りない、言葉にできないこの関係のまま、死ぬまで一緒にいられれば。
テーマ:言葉にできない
俺はしがない高校教師だ。
可もなく不可もない人生。
適度に上司に揉まれ、ついモンスターペアレントと呼びたくなってしまうような熱心な親御さんの対応をして、高校生らしい羽目を外した幼稚な言動を適度に叱る。
生徒からの評判もそこそこの、一般的にも程がある人生だ。
さて、そんな俺だが、高校教師になってからできたいわば生き甲斐のようなものがある。
例えば、学校の授業が終了した放課後。
体育館倉庫の方を通りがかってみれば、緊張した面持ちで頬を赤らめ、男子生徒と向き合う女子がいたり。
あるいは、部活も終わる日の暮れ方。
部室棟を覗いてみれば、部活終わりの生徒たちに、マネージャーだろう生徒がタオルを渡している。
そういう、俺はもうとっくの昔に失った青春を眺め、密かに楽しんでいるのだ。
教師という職業上、生徒達の青春に深く関わることもある。
今日もまた、クラス内で幅を利かせる、ギャルっぽいような女子に絡まれていた。
「てかさー、センセー恋愛相談乗ってよ!」
何故、とか、四十代目前にして未だ恋人の一人もいない人間にする話じゃない、とか、色々言いたかったが飲み込んだ。
てっきり、そのギャルの恋愛相談だと思い込んでいたが、どうも違うようだ。
しばらくして、彼女はクラスの中でも大人しいような、言ってしまえば地味な女子を連れてきた。
俺に相談したいという生徒は、彼女のようだ。
「え、えっと……あの……」
割と強引に連れてこられたらしく、彼女も困惑している。
しかし、ギャルな生徒に何かを耳打ちされた瞬間、顔がぽっと赤くなった。
「あ……えっと……その……恋愛相談……ですか……」
それから彼女は、三十分ほどかけて、甘酸っぱい青春を感じさせる相談を聞かせてくれた。
当然、碌な助言はできそうにないので、話だけでも聞いておこうと耳を傾けることに徹したが。
そんなことをしていると、教師の扉が開いて、丁度彼女の意中の人が現れた。噂をすれば何とやら、である。
わたわたと慌てる彼女を横目に、例のギャルがひっそり一歩下がって俺に耳打ちしてきた。
「センセー、知ってるー?あの2人、もうとっくに両思いなのにモダモダしてんの。アイツもさっきまで友達に恋愛相談してたってー。」
チャットの画面をひらひら見せてくる彼女を横目に、2人の様子を伺う。
開いた窓から桜が舞い込んできて、2人の距離が少しだけ縮まっていた。
掃除が大変そうだとは思ったが、せっかくの春なのだ。野暮なことは言わないでおこうと、目が合ったギャルと一緒に静かにしておいた。
テーマ:春爛漫
彼は、僕のことを誰よりも知っている。
下手したら、本人である僕より詳しいかもしれない。
なくし物をした時、彼に聞けば大体見つかる。
遅刻しそうな時、都合良くお母さんに車で送ってもらう途中の彼が乗せていってくれる。
当然だ。彼は僕を、四六時中ずっと見ているのだから。
クラスは一緒だから、授業は当然彼の視線を浴びながら受けている。ノートなんか取らなくたって、僕のことを見ている彼が勝手に貸してくれる。
帰ってからも、隣にある彼の家の窓からであったり、部屋の至る所に仕込まれたカメラであったりでずっと見ている。
誕生日に貰ったぬいぐるみの目、いつの間にかペン立てに増えていたボールペン、ひっそりすり替えられていたコンセントの拡張プラグ。
全部カメラが入っていたのを知った上で、放置している。
理由は単純だ。
彼に見られているのが、嬉しいのだ。
彼は、顔良し家良し性格良しの三拍子。おまけに高身長でスタイルも良い。
それだけの要素が揃っているのだから当たり前だが、鬼のようにモテるのだ。
待ち合わせに来ないと思ったら、街中で逆ナンに遭って止められていたことなんて数知れず。
校舎裏を見れば大抵告白されていて、それを困ったような笑みでやんわり断っている。
そんな彼が、冴えない、どちらかといえば陰気な僕に、これだけの執着を抱いているのだ。
こんなに優れた人間なのに、自分しか眼中にないその異様さへ、ある種優越感を抱いていたのかもしれない。
彼の一番は僕でありたいし、僕の一番はもちろん彼だ。
誰より長く、ずっと一緒にいる。顔や性格なんて浅い所を見ている人間になんて、絶対に取られたくない。
だから、盗聴器も隠しカメラも、着替え中の隠し撮りも、全部見て見ぬふりをしている。
それらは全て彼の僕に対する執着の現れであり、愛しいものなのだ。
こんなことを言っている僕が一番、誰より、彼でさえ敵わないほど、ずっと抱き続けて拗れた執着を持っているに違いない。
テーマ:誰よりも、ずっと
エルフは、長い永い時間を生きる。
エルフ同士の絆ならば、その身で生きる長い時間の中、切れることなくずっと続いている。
だが、異種族間となるとそうはいかない。
最近交流が増えてきた人間なんか、特に酷い。
どれだけ寿命を引き伸ばしたってたったの120年ぽっちだ。エルフの寿命の十分の一程度にしか満たない。
どれだけ想いあったって、どれだけ強く結ばれたって、エルフはその生の残りをずっと寂しく生きていかなければならない。
人間とエルフが交流するようになってから、エルフの自殺率は格段に跳ね上がった。
これまでは穏やかに、長い時を静観しながら静かに暮らしていた種族が、人間達の喧しくも賑やかで活気のある生活に触れ、彼らの時間の中では極短い期間でそれを喪う。
後を追うエルフが、後を絶たなくなった。
それを問題視したエルフ達は、新しく画期的な機械を作った。
人間の記憶を脳から取り出し、元の姿に極限まで寄せた人工義体に移す、いわばアンドロイド。
機械の体を手に入れた想い人達が、末永く一緒にいられるようになった。
エルフの寿命が尽きると、義体の手入れをする者もいなくなり、やがては人間の意識も永遠にスリープモードに入る。
誰かが取り残されることも、無くなった。
それから人間とエルフの交流はますます勢いを増し、今では人間とエルフのハーフらしい子どもたちだって珍しくなくなった。
純粋な人間、純粋なエルフ、アンドロイドに、ハーフエルフ。
実に多様で、愛の結晶たる街は、今日もエルフの静かさを湛えつつ人間らしいどよめきを含んでいる。
長命故にその数は少ないエルフは、人間達と交わっても暴発的に数が増えることは無かった。
ハーフエルフの純粋は、人間とエルフの丁度真ん中の辺り。
人間にしては長すぎる、エルフにしては短すぎる寿命。
どこかおかしくて、けれど愛おしい、彼らの営みは、小さな島の中で今日もひっそり広がっている。
明日も、明後日も、百年後も、千年後も。
例えこの星が滅んだって、ずっとずっと、彼らは寄り添い続けるだろう。
テーマ:これからも、ずっと
僕にはある友人がいる。
太陽みたいな人で、いつも明るくて誰かを照らしている。
僕は引っ込み思案で人見知りだから、彼が居なければきっとクラスにも馴染めなかった。
彼が太陽なら、僕は月。彼がいないと輝けない、ちっぽけな衛星。
僕は、誰かと協力して何かを成し遂げるのは得意でも、一人で何かをこなすのはからっきしダメなのだ。
そんな彼の様子が、近頃時々おかしくなる。
とろけた飴玉みたいな、それでいて喉に引っ掛かる苦味を湛えたような、そんな色をした目ををしている時がある。
そういう彼と目が合うと、僕は何故だかぞくりと背筋に仄暗い何かが伝って、本能が赤く警告灯を点滅させてくるのだ。
けれど、そうでない時の彼は相変わらず眩しくて、いつも通りの太陽みたいな彼のままだ。
きっと考えすぎだろうと思い込んで、気に留めないようにした。
それが、良くなかったのかもしれない。
ある日の帰り道、僕は彼のことに気付いていた。
けれど僕は彼の帰り道を知らなかった。
だから、普段は見かけない彼が後ろにいたって、きっと部活が無い日か何かでたまたま帰るタイミングが一緒になっただけなのだろうと、そう思っていた。
ぱちぱちと静電気のような音がして、僕は少しだけ振り向いた。
でも、彼は特に何もせず立っている。
時々鞄を少し漁るけれど、それも一瞬のことで、すぐに前を向いて歩き出す。
日が落ちる。輪郭がぼやけて、溶けたような夕日が山に吸い込まれていく。
思えば、彼は部活なんて入っていない。身長だって僕より大きいんだから、あんなにゆっくり、わざわざ僕の後ろをついて歩く必要は無い。さっさと追い抜けばいいのだ。
彼のあの異常な目によく似た夕日が沈みきった頃、月が顔を出した頃、僕の目の前は白く明滅して、そのまま意識を手放した。
テーマ:沈む夕日