作家志望の高校生

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3/13/2026, 8:10:51 AM

ある日の、学校からの帰り道。普段は通らない裏道を通ってみたら、クラスメイトの影を見つけた。
あまりクラスに馴染めていない、不良っぽい男の子。
その彼が、道端に座り込んで、何かごそごそと怪しげな動きをしていた。
もしかして、何か怪しいこと?それとも、体調が悪いとか?
色々な考えが頭を巡って、足音を忍ばせて近寄ってみた。
みぃ。
小さな、猫の鳴き声がした。
予想外の音に驚いて、枯れ葉をぐしゃりと踏み潰してしまう。
「……あ?」
彼が、振り向いてしまった。
ばちりと目が合って、逃げられそうにない。鋭い視線が僕を射抜いて、背筋を冷や汗が伝った。
「……お前、いつから見てた。」
冷たい声が飛んできて、僕の背は余計に跳ねて震えた。
「あ……え、えと……さ、さっき……」
喉が引きつるのを感じながら、詰まり吃りながらどうにか答える。言葉が不自然じゃなかったかで、頭がいっぱいだった。
「……そうかよ……」
予想外に柔らかな音が返ってきて、僕は拍子抜けする。
ぱっと顔を上げると、彼は少し耳を赤くして、そっぽを向いていた。
にゃあ。
また、子猫の声がした。彼の目がふっと緩んで、そのしゃがみ込んだ大柄な体躯から覗いた小さな毛玉に視線が落ちる。
「……あー……コイツ見てたんだ。……ちょっと前からここに居てな。親も居ねぇみたいだし、たまに見てんだよ。」
恥ずかしそうに言う彼は、噂に聞くような暴力的な力を持った不良なんかには見えなかった。
「……ねぇ。」
思わず、手が伸びた。一歩近寄って、彼の肩にそっと触れる。びく、と彼の肩が跳ねたのも、よく伝わってきた。
「……僕も、一緒に見てていい?」
精一杯の呟きは、果たして聞こえていたのだろうか。
分からないけれど、肩に置いた手は拒絶されていない。
僕は少しだけ、この不器用なクラスメイトのことが気になり始めていた。

テーマ:もっと知りたい

3/12/2026, 9:17:57 AM

靴を履く。ドアを開ける。外に出る。
生まれてから何度も繰り返したルーティン。通う先が変われど、慣れれば同じことの繰り返しだ。
見慣れた道を歩く。家から出て3番目の角を、右に。そのまま進んで、今度は左。
そうやって駅に着いたら、定期を取り出して、改札を通る。
ホームに出て電車を待っている間は、いつも楽しくもないパズルゲームで暇をつぶしていた。ふと顔を上げれば、同じように暇をつぶしている学生の群れがある。
濁った目をしたサラリーマン、暇を持て余した老人たち。誰もが別の目的で、同じように電車を待っている。
電線の上では、人間たちの喧騒を馬鹿にするように、雀と鴉の鳴き声が飛び交っていた。
平穏な、平穏な日常。何もない幸せ。それこそが幸福なのだと言われれば、そうなのだろう。
行き詰まったパズルの画面を見下ろして、手詰まりになった指先が彷徨った。
何か、とてつもない焦燥が身を焦がしている。
平穏なのは、本当に良いことなのか。何もないのが、素晴らしいことなのか。
雑多に立ち竦む人々の中で、俺一人だけが、深い深い暗闇に足を掬われる。
思考は暗い方へと突き進み、周囲の喧騒がやたら大きく響いた。
全てが耳障りだ。電車を待つ学生の甲高い笑い声も、人生に疲れたようなサラリーマンの重たい溜息も、漏れ聞こえる老人たちの旅行の計画も、全部。
俺にはもっと、何か輝くようなものがあって、こんなところで平穏に暮らしている場合ではなくて、でも俺はそれが分からない。
平穏すぎた日常は、時に人を闇へと誘う。過去、自ら命を絶った者の中にも、同じように誘われてしまった者がいたのだろう。
電車が近付いてきている。警笛が大きく響いて、ざわめいていた人々の声が掻き消される。
黄色い点字ブロックの停止線を踏み越えかけて、警笛の音に引き留められた。
ああ、今日も平穏な日常が待っている。

テーマ:平穏な日常

3/11/2026, 8:47:09 AM

小さい頃、母さんの歌う童謡が好きだった。
おとぎ話を音節に乗せただけの、簡素なもの。寝る前にいつも思いつきで歌われるそれは、毎日音程も中身も違って、幼い俺の頭に楽しげな刺激を与えてくれた。
母さんの語るおとぎ話は、大抵が勧善懲悪の話で、愛だとか、平和だとか、そういったものの大切さを説いて締めくくられる。
幼い頃は、何も疑わなかった。愛とは素晴らしく美しいものねら平和な生活が何よりの幸せなのだと。
俺が大きくなってからは、もうその童謡を聴くことは無かった。大きくなってひねくれた俺は、滅多に家にも帰らなくなっていた。
喧嘩に明け暮れ、補導回数も片手では足りない。まだ許されているが、そのうち少年院送りになったっておかしくない。
母さんの語るおとぎ話の、罰せられる側になっていた。
愛も平和もどうでもよくて、そこに愉悦と刺激さえあればよかった。
そんな生活の中で、俺を可愛がってくれた先輩がいた。
温かくも退屈だった家から俺を連れ出して、夜の味を教えた男。
無造作に伸ばされた黒髪と、前髪で陰る無気力な瞳。いつもどこかしらを怪我していて、理由を聞いても教えてはくれなかった。
今思えばあの人は、俺の知る愛も平和も、知らずに生きてきたのだろう。
未成年のはずの彼からは、いつも煙草と夜の湿った匂いがした。
そんな彼は、ある日ぱたりと顔を見せなくなった。その頃には俺も少しは落ち着いていて、先輩のことなんか気にせず、母さんとも程々に話すようになっていた。
なんとなく、先輩に会いに行こうと思った。今会いに行かなければ後悔すると、そう感じた。
大学受験が終わった日、俺はそのままの足で先輩の家に向かった。場所だけ教えられて、結局行ったことのなかった場所。
家は随分古くて、あばら家と言うに等しかった。家を囲む塀の内側では、積もったゴミ袋に鴉が頭を突っ込んでいる。
インターホンさえ無くて、ドアをノックした。中から聞き慣れた声がして、久しぶりに見る先輩の顔が覗く。
彼は少しきょとんとして、それから手招きをして、俺を家に引き込んだ。
引き込まれた家の中、俺は暴力と快楽の綯い交ぜになった、知らないものを嫌というほど流し込まれて、かつて愛だと教えられたはずの行為を、愛なのかも分からないうちに上書きされた。
気が付けば、俺は先輩の腕の中にいて、その日、俺は、愛からも平和からも、一番遠いところにいた。

テーマ:愛と平和

3/10/2026, 8:38:33 AM

「――じゃあ……ばいばい。」
夜桜の桜吹雪に掻き消されるように、もう二度と聞くことはないローファーの足音一つを残して彼は電車に乗り込んだ。
取り柄は、校門前の桜坂。あとは何もない学校だった。
成績は下の上、治安は下の中。毎日喧嘩は絶えないけれど、抗争という程でもない。
そんな、微妙な学校だ。先生も生徒も、どこかやる気が抜けた無気力さを孕んだ空気を纏っていた。
そんな、何の思い入れもない学校。そこを、今日卒業した。
クラスメイトは、専門と就職を合わせて大体4分の3、残りは進学。俺は多数側だった。
こんな底辺とも呼べる学校にいるのに進学を志す奴はそういない。だが、全くいないわけでもない。
数少ない真面目側に、俺の元親友がいた。
元、というのは、中学生の時に俺が半グレのような奴らとつるむようになってから疎遠になったせいである。
元々、真面目な奴だった。
課題はいつも期日より前に提出、テストも計画的な学習によって常に上位。
そんな彼がこんな学校にいるのも、ひとえに俺のせいだった。
アイツと俺は、仲がよかった。良すぎた。
俺が半グレ共とつるんでいた期間、奴らは何か、社会的に見てまずいことをしでかしたらしい。
未成年飲酒、喫煙。虐め、恫喝、深夜の暴走。挙げ句の果てに、闇バイト。
俺はそんなの全く知らなかった。けれど、そんな奴らと縁があったのは間違いなかった。俺が疑われたのは当然だ。
ただ、ここで問題だったのは、アイツまで疑いの目が向けられたことだ。
俺と仲がいい。その俺が、非行行為に及んでいる可能性がある。
元々推薦で進学校への進学が決まっていたのに、そのせいで取り消しになった。
時期はもう遅くて、桜はとうに散り始めていたと思う。
結局、枠の余っていて編入が容易な底辺校に入らざるを得なかった。俺のせいだ。
そんな学校での、汚くてつまらない3年が終わった。
俺と彼の間の関係は微妙なままで、あの日の溝は埋まることはなかった。
卒業式だった今日、俺は彼を連れて街を適当に出歩いた。
何となく、そうしたかった。
別れは案外あっけなくて、彼が電車に乗り込んだらそれきり。またね、とはお互い言わなかった。
こんな学校で高校生活を送ったのに、彼は元々目指していた大学に進学したらしい。
何もなくなった駅のホームで、白く儚い桜の花弁が、まだ冷たい夜闇に、何枚も何枚も呑まれていった。

テーマ:過ぎ去った日々

3/9/2026, 9:11:32 AM

俺の幼馴染は守銭奴である。それも、かなり重度の。
口を開けば金のこと、大事なものを問えば、1に金、2に金と答えるような奴だ。
俺はずっと、彼のことを意地の悪い男だと思っていた。
ずる賢くて、金のためならなんだってする、狐みたいな奴。
近頃じゃ危ない商売に片足を突っ込みかけているようだが、持ち前の危機察知能力からなのか深入りはしていないらしい。
そんな彼に、まさか、金を投げうってでも守りたいものがあったなんて知らなかった。察しはつくだろうが、奴にとって俺は、金より価値のあるものだったらしい。
今思えば、夜道を一人で出歩くのは、いくら男だからといって危険すぎる選択だっただろう。
頭のネジが外れた奴らの本領は、日が沈んでからだ。
人通りの少ない道、新月で街灯もない田舎で、ぽつりと一人出歩くいかにも出不精そうな若い男。
格好の餌食である。その推測は外れることなく、俺は抵抗する間もなく横付けしてきた車に引きずり込まれた。
財布と携帯は奪われ、口に猿轡を噛まされ、手足は太い縄でぐるぐる巻きにされて縛られた。お手本のような誘拐で、でも当事者となった自分にとっては恐怖以外の何物でもなかった。
俺のような陰気で誰からも気にかけられないような見た目をした人間は、いなくなってもしばらくの間気付かれず、熱心に探し回る面倒な者もいない。そう思われた。
が、予想外にいたのだ。先述の、守銭奴の幼馴染。奴が、全財産、全権力をフル活用して俺を探している、と。誘拐犯共の焦ったような囁き声が聞こえた。
面倒事になる前にさっさと俺を金にしてしまいたかったのか、俺は適当に何度か殴られて意識を落とされた後、好き者の集まる悪趣味な売買現場に運ばれた、らしい。意識がない状態だった俺は全く覚えていないが。
どうやらそこで幼馴染は、生活に支障が出ないギリギリの額だけを残して、全財産を使って俺を買い戻したらしい。意識が戻った時目の前にあった奴の顔は、珍しく泣きそうで、けれど安堵していて、笑ったような怒ったような、あるいは泣いているようなおかしな顔をしていた。
俺の殴られた傷に気が付いた彼を窘めるのは少々骨が折れたが、俺が彼に後ろから全力で張り付かれて自由を奪われるのを代償としてなんとか押さえた。
想像以上の幼馴染の執着に鳥肌が立つ一方で、あれだけ金が好きな、金が代名詞のような男の一番が自分である事実に口角が緩むのはどうしても抑えられなかった。

テーマ:お金より大事なもの

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