靴を履く。ドアを開ける。外に出る。
生まれてから何度も繰り返したルーティン。通う先が変われど、慣れれば同じことの繰り返しだ。
見慣れた道を歩く。家から出て3番目の角を、右に。そのまま進んで、今度は左。
そうやって駅に着いたら、定期を取り出して、改札を通る。
ホームに出て電車を待っている間は、いつも楽しくもないパズルゲームで暇をつぶしていた。ふと顔を上げれば、同じように暇をつぶしている学生の群れがある。
濁った目をしたサラリーマン、暇を持て余した老人たち。誰もが別の目的で、同じように電車を待っている。
電線の上では、人間たちの喧騒を馬鹿にするように、雀と鴉の鳴き声が飛び交っていた。
平穏な、平穏な日常。何もない幸せ。それこそが幸福なのだと言われれば、そうなのだろう。
行き詰まったパズルの画面を見下ろして、手詰まりになった指先が彷徨った。
何か、とてつもない焦燥が身を焦がしている。
平穏なのは、本当に良いことなのか。何もないのが、素晴らしいことなのか。
雑多に立ち竦む人々の中で、俺一人だけが、深い深い暗闇に足を掬われる。
思考は暗い方へと突き進み、周囲の喧騒がやたら大きく響いた。
全てが耳障りだ。電車を待つ学生の甲高い笑い声も、人生に疲れたようなサラリーマンの重たい溜息も、漏れ聞こえる老人たちの旅行の計画も、全部。
俺にはもっと、何か輝くようなものがあって、こんなところで平穏に暮らしている場合ではなくて、でも俺はそれが分からない。
平穏すぎた日常は、時に人を闇へと誘う。過去、自ら命を絶った者の中にも、同じように誘われてしまった者がいたのだろう。
電車が近付いてきている。警笛が大きく響いて、ざわめいていた人々の声が掻き消される。
黄色い点字ブロックの停止線を踏み越えかけて、警笛の音に引き留められた。
ああ、今日も平穏な日常が待っている。
テーマ:平穏な日常
3/12/2026, 9:17:57 AM