作家志望の高校生

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2/3/2026, 7:56:34 AM

「かーえろ。」
しゃがみ込んでいる友人の背に勢いよく飛び付けば、彼は少しよろめきながらも軽く受け止めてくれる。分かってはいたことだったが、体格差を感じて若干腹が立った。
「それ何植えてんの?」
緑化委員の彼の足元には、植えられたばかりの小さな苗と、少し汚れた軍手が落ちていた。
「これ?……ん〜……まだ内緒。咲いたら教えたげる。」
彼にしては珍しく意地悪を仕掛けてきた。子供っぽい笑顔を浮かべる彼に、こちらも遠慮なく、子供っぽく拗ねてゴネてやった。
「えー?けち、教えてよ!」
彼の袖をぐいぐい引っ張って、駄々をこねるようにしてねだる。彼は堪えきれないといった様子でクスクス笑うが、やはり教えてはくれなかった。
「だぁめ。まだ秘密なの。咲いたら一番に見せてあげるから。ね?」
諭すように言われて、そっと頭を撫でられながら顔を覗き込まれれば、たちまち僕は笑顔が溢れてきてしまう。すっかり機嫌を直した僕を見て、彼はくしゃりと、更に優しく僕の頭を撫でた。
自分より高いところにある彼の顔が、僕の顔を覗き込むのが僕は好きだ。長い脚をわざわざ屈めて、小首を傾げて覗き込んでくる様はいっそあざといまである。大好きな彼の、大好きな仕草。頭を撫でるオプション付き。機嫌が直らないわけがなかった。
「……むぅ……絶対絶対、ぜーったい一番だからね!」
そんな会話が、2ヶ月と少し前にあった。僕はもうすっかり忘れていたが、彼はきちんと覚えていたらしい。そっと僕の腕を引いて、あの花壇の側まで連れて行ってくれた。
「綺麗に咲いたよ。約束通り、一番に見せてあげようと思って。」
花壇の一面に、小さくて可愛らしい、ピンク色の花がたくさん咲いていた。僕はそれをしばらく眺め、それから花と同じ色に頬を染めて彼を見つめた。
「きれーい!なんて花?」
「ふふ、勿忘草。綺麗でしょ?」
はい、と、珍しく彼が花壇から花を摘んで渡してきた。普段は滅多に、花を傷付けるようなことはしないのに。
「これからもよろしくね。」
言葉の意味が分からず首を傾げた僕が、後に花言葉を調べてまた大はしゃぎすることになるまで、あと数時間。

テーマ:勿忘草(わすれなぐさ)

2/2/2026, 7:49:40 AM

俺の家の目の前には、小さな公園がある。遊具もそんなに多くない、狭い公園だ。
しかし子供たちは、そんな狭い空間でも全身ではしゃいで遊び回っている。大して広くもないのに、わざわざボールやら何やらを持ち寄って遊んでいるのだ。結構なことであるが、俺は子供が嫌いだった。
やっぱり公園前の家なんて借りなければよかった、と愚痴を零したところで、現実は変わりやしない。今日も、俺にとっては早すぎるくらいの時間からギャーギャー騒ぐ子供の声を聞きながら、苛立ちを隠すようにヘッドフォンを手にした。
外から響く、耳障りな金属音を聞いていると、どうしても昔を思い出してしまう。記憶からいくら消し去ろうとしても消えてくれない、脳裏にこびりついたシミのような記憶。一定の間隔を空けて、鳴き喚く子犬のような音を上げるブランコが、俺は嫌いだった。
もうずっと昔の話だ。俺がまだこんなにひねくれていなくて、もっとまっすぐで、素直だった頃。俺には一人の親友がいた。当時は陰気で声も小さい、吃りがちで自信もなかった俺は、友達と呼べる友達は彼一人だったように思う。明るくて、友達も多くて、俺とは正反対みたいな奴だった。けれど何かの波長が合ったのか、俺達は不思議なほど、仲が良かったのだ。
そんな彼は、ブランコが好きだった。遊ぶときはいつも公園に集合で、大抵ブランコに並んで座って駄弁るだけ。たまに俺の家に集まる時もあったけれど、彼の家にだけは結局、最後まで頑なに入れてはくれなかった。
ブランコに揺られて、穏やかな彼の声を聞いていると、俺はどうにも眠たくなってしまっていた記憶がある。今は耳障りな金属の擦れる音でさえ、彼の声の前では聞こえなかった。あるいは、小鳥のさえずりに紛れて気が付かなかっただけかもしれない。
彼はある日突然、あの公園で死んだらしい。死体を見たわけでも、葬式に参列したわけでもない。又聞きに聞いただけだった。それを確かめるような勇気は、俺にはなかった。発見時彼が横たわっていたのは、ブランコの下だったという。死因は凍死で、虐待の疑いもあったそうだ。でも俺は、その全てを確かめなかった。だから、真相は分からない。
ブランコの音を聞くと、どうにも彼の声が、あの体温が思い浮かんでしまう。子供たちのはしゃぐ声も、あの頃の彼のようで耳障りだ。
やっぱり、公園前の家なんてやめておけばよかった、ともう何度目かも分からないような後悔を口にしつつ、俺は現実から逃げるようにヘッドフォンから溢れる音の濁流へ飛び込んだ。

テーマ:ブランコ

2/1/2026, 8:42:17 AM

長い長い旅だった。幾人もの仲間の死を乗り越え、文字通りに血の滲むような思いをして続けてきた。そんな旅が、ようやく終わった。十年だ。十年かかった旅の終焉が、ついに訪れた。
目の前に斃れた魔王の死体を見て、俺はじわりと心に滲む歓喜に震えた。長年目の前に立ちはだかり続け、俺の仲間達を何人も目の前で殺し続けてきた巨悪が、ようやく死んだのだ。世界の平和はもはやこの手の中にあり、俺は英雄となった。魔王への道のりで志半ばにして散っていった仲間達も、きっと喜んでくれるはずだ。そうして俺は、討伐の証として魔王の首を獲って国へ帰った。
だが、国に戻った俺を待っていたのは、華々しい歓声でも、平和を喜ぶ人々の笑い声でもなかった。
化け物を見るような眼差しと、腫れ物に触るような空気感。十年という時は、残酷な程に人々の心を変えてしまった。
かつて俺を労った街の商人達は、恐ろしい怪物を見たような悲鳴を上げて逃げていった。かつて頬を染めて俺に好きだと告げた村娘は、あの頃より成熟した唇で俺を罵り、知らない指輪の付いた薬指で腕の中の子供を抱えた。
俺は英雄なんかじゃなく、これまで自分が切り伏せ、死ぬ気で殺した化け物共と同じにされた。命を賭して護った人々は、誰一人俺を守ってはくれなかった。
これがあの地獄のような旅路の果てなのか。こんなものが、俺の望んだ平和だったのか。こんな結末なら、仲間はきっと死んでよかった。道半ばで死んだ彼らは皆、英雄だった。少なくとも、世界で一人は、俺は、彼らを英雄として弔うことができた。
守りたかった彼らは、もう別の何かになってしまった。共に戦った仲間も、もう居ない。ずっと追い続けてきた巨悪は、この手で切り伏せた。今の俺にはもう、何もない。
ならば、もう一度作り替えてしまおうとふと思った。誰からも感謝さえされないのなら。誰も仲間の死を悼まないのなら。そんな間違った世界は、直さなくてはならない。
俺はその日、王城へ赴き、そのまま鏖殺を決行した。顔馴染みの門番も、いつか俺の世話をした従者も、可憐な姫も、勇敢な王子も。そして、みっともなく命乞いをして財宝をやると抜かした王も。
俺が欲しかったのは、豪奢な城でも、愛らしい伴侶でも、万人が振り向く名声でもなかった。ただ一言、ありがとうとだけ言ってくれればよかった。
俺は全身を血に染め、世界を救った刃で世界を滅ぼさんとしている。幽鬼のように、俺はかつての宿敵の城へ戻った。
思えば、彼も同じだったのかもしれない。俺が彼の胴を切り裂いた時、彼は泣きそうな、それでいて世界一幸福そうな顔をして、死んだ。
その日、新たな魔王が誕生した。俺はかつての俺と同じ、正義と光に満ちた勇者に殺されるいつかを待って、かつての魔王と、好敵手と同じように、この城で暴虐の限りを尽くすことにした。

テーマ:旅路の果てに

1/31/2026, 7:56:07 AM

「……来たぞ。」
カラリと控えめな音を立て、冷たい金属のドアを開ける。中は無機質なまでに真っ白で、青空を微かに反射して病的な色を映していた。
「ん……」
その白い部屋の中、薄く淡い水色の病衣に身を包んだ友人が横たわっていた。しばらく外に出ていない肌は、病室と同じ色をしている。何もかもが真っ白な中、彼の夜闇のような黒髪だけだ、ぽつりと色を残していた。
「ほら。どうせ昼食ってねぇんだろ。」
スカスカの学生鞄から、小さな飴玉を一つ取り出してそっと目の前に置いてやる。彼は中々に偏食家なので、薄味の入院食を中々食べてくれないのだと、顔馴染みになりつつあるナースが嘆いていた。少しでも栄養を摂ってほしくて色々と試した結果、俺が渡した物なら、多少は食べてくれる事が判明したので、俺は毎日学校帰りにここへ寄るようになったのだ。
昨日は、ビタミンとカルシウムとエネルギーがいっぺんに摂れると謳っていたゼリーを渡した。それなりに食べてくれたので、恐らくそのうちリピートすることになるだろう。今日は野菜だけは食べられたようなので、とりあえずカロリーを摂れるよう飴玉にした。
ガリガリだった身体も、ほんの少しではあるが肉が付いてきた。全然食べていない筈なのに肉が付くとは、これまでどれだけ食事を疎かにしていたのかと問い詰めたくなってしまう。それでも最近は比較的素直に食べてくれるようになってきたので、まぁ許してやっている。
彼が入院している理由はシンプルで、食事を抜きすぎて、ある日突然倒れたのである。学校の、しかも授業中に急に倒れるものだから、しばらく話題に尽きることはなかった。
俺は、彼に食事の楽しさを思い出してほしくて、通う度違うものを差し入れている。少しでも反応があれば記録して、彼の好き嫌いをなんとなく把握してきた。
ずっと前に、何故毎日飽きずに通ってくるのか問われたことがある。その時俺は確か、素直になれずなんとなくだとか言って誤魔化した。
けれど、今なら自信を持って言える。
『お前が美味いと思える物を届けたいから』と。

テーマ:あなたに届けたい

1/30/2026, 8:16:46 AM

俺は自分が好きだ。ナルシストと言われようと構わない。そんなものを恥じる程度の価値ではないのだ、俺は。
頭も、顔も、家柄も。どれを取っても、誰かに劣るようなことはない。恥じるようなこともしていない。清廉潔白とまではいかずとも、胸を張って太陽の下を歩けるような生活をしているつもりだ。
特に、顔が整っている自信はある。少なくとも、これまでの人生で相手に困ったことは無い程度には整っているはずだ。鏡を見れば、切れ長の瞳に長い睫毛、程よい厚みの唇は健康的な血色を宿していて、そのすぐ上にすっと通った鼻筋がある。突然ノーマルカメラで撮られたって平気なビジュアルなのである。
そんな俺には、ある悩みがあった。恐怖と言っても過言ではない。
老いである。
老いは人の価値を奪う。どれだけ容姿が整っていたとしても、老いて皺とシミだらけになった顔を美しいとは誰も思わない。どれだけ賢かったとしても、一度呆けてしまえば元には戻らない。唯一残る可能性のある家柄だって、年を取れば取るほど、その価値は低くなっていく。
全てを手にできるほどの自信を持った俺も、時の流れには逆らえない。さすがに、この世界の理を覆すほどの力は持っていない。
俺は毎日自信を持ち続けながらも、心のどこか奥底で、ずっと老いに怯えていた。肌は丹念にケアをし続け、その日の出来事は全て日記に記録。家の事情もなるべく把握して、自分の価値を高め続ける努力は止めないで。
それに、少し疲れてしまったのかもしれない。
たまたま、テスト前期間と、家業の繁忙期が重なった。多忙を極めた俺は、1日だけ、たったの1日だけ、何のケアも、日記も、何もできず気絶するように眠りについた日があった。
その翌日。俺はこれまで味わったことのないような恐怖に襲われた。たった1日ケアができなかっただけで、ほんの少しではあったが肌が荒れた。日記を1日書き損ねたら、もう俺は昨日の出来事が思い出せなくなった。
俺が俺の価値を見失いかけた出来事。あの時は本気で老いに怯え、時間が怖くて、時計を壊してしまおうかとさえ思った。
そんな俺に手を差し伸べたのは、ずっとずっと昔、俺がまだ軟弱で、愚かでどうしようもないような頃を知っている幼馴染だった。
彼はたった一言を無愛想に言っただけだった。それでも、俺は救われた。
『お前の好きなお前は、その程度の男なのかよ。』
あの一言で、俺は目が覚めた。俺は俺が好きなのだ。それは価値があるか否かではなく、俺が俺である事実が、好きだったのだ。
その日から俺は、もう老いに怯えることもなく、俺を愛せるようになった。

テーマ:I LOVE…

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