僕らの住む村は、とにかく田舎だった。
隣の家といえば歩いて10分、コンビニは村から車で30分。あるのは田んぼと古い家ばかりで、公園の遊具は錆びきって軋む音を立てる。住人だって、子供はほとんどいない。大体が所謂シルバー世代の高齢者で、他は40代の主婦が10人ほど、30代はいない、20代が1人。小学生は2人だけで、登下校に毎日片道40分かかるそうだ。残りの子供は、僕と、僕の幼馴染3人の計4人。全員、今年で高校生になる年だ。
そんな僕らは、ひとつ約束をしていた。
『いつか、4人で街に行こう』
そんな約束だ。街といっても、村に唯一繋がる電車の路線上にある、地方都市未満の小さな街だ。それでも、僕らから見れば都会だった。
公営の団地も、車で行けば数分で着くコンビニも、少し大きめのスーパーも。全部、僕らには夢のような存在だった。もしかしたらそんなもの実在しなくて、どこもこんなものなんじゃないかと考えた時期さえあった程だ。
さて、そんな僕らもいよいよ高校生。機械に疎い親を必死で説得して買ってもらったスマホを片手に、今日も電波環境の悪さを愚痴る。中々読み込まれない時刻表のサイトにイライラしながら、なんとか読まれた画像を4人で眺めた。
今年の夏休み、4人で街へ行くことになったのだ。
目立った観光スポットも、面白いイベントも特に無い。地元の小規模な祭りはあるようだが、それとも微妙に時期が被らない。
でも、正直、僕らは街へ行くことが目的ではなかった。この、古めかしく少し息苦しい村から、4人で逃れていたかった。
男女それぞれ2人ずつの僕たちは、村の大人たちにやたらと恋愛の話をされた。幼馴染同士、村の中でくっつけて若い人を残したいのだろう。けれど、残念ながら僕たちは、大人たちの思い通りには育てなかった。
僕らは、同性同士で恋をした。女子2人は既に、大人たちには内緒で付き合っているらしい。かく言う僕たち男子も、お互い両片想いを勘付く程度には進展している。
街では、様々な性的マイノリティに関する教育が進んでいるのだと、村の外の学校に通う小学生が言っていた。
ならば、僕らのこの関係も、街ならきっと許されるのではないかと、そんな淡い期待を抱いて、僕らは夏を待っている。
一時だけでもいいから、自分達のことを認められるために。これ以上、古めかしい大人たちに、僕らの心を踏み荒らされないように。
テーマ:街へ
僕の兄さんは誰にでも優しい。
学校では生徒会長として、日々生徒たちの困り事に細かくアンテナを張ってすぐに手伝いに行く。どんな些細なことでも気が付いて、さりげなく手伝う兄さんはまるでヒーローのようだ。
家でだって、兄さんは優しい。
僕が少しでも悲しんでいたり困っていたりすれば、兄さんは眉を下げて、心底心配そうに僕の部屋を訪れる。気分が落ち込んでいたって、失敗したって、兄さんが頭を撫でて、温かいココアを淹れてくれればすぐに元気になってしまう。
兄さんは優しさの魔法使いなのだ。重い荷物も、大変な課題も、全部一緒に背負ってくれる。
そんな兄さんの秘密を、僕は知ってしまった。
何か未来に対する漠然とした不安に苛まれ、眠れなくなった僕は兄さんの部屋の戸を叩く。深夜だったし、当然気も引けたけれど、どうしても人肌が恋しかった。コンコン、とノックを数回。そうすれば普段は柔和な声が返ってくるのに、今日はそれが無かった。
僕はそれを不審に思って、しばらく悩んで、結局ドアを開けてみる。けれど、部屋の中は真っ暗で、もう随分遅いのに、電気の一つも付けていなかった。出かけているのかとも思ったが、ついさっき夕食を共にしたばかりなのだ。それに、隣の部屋に居た自分が、ドアを開ける音に全く気付かなかったとは考えにくい。
数秒そうして思案していると、段々僕の目が暗闇に慣れてきた。その目に飛び込んできたのは、泣きながら床に蹲っている兄さんだった。
僕は驚いて声も出なかった。よく見れば部屋は荒れていて、差し込む月明かりが、兄さんの腕の赤い線と、手の中にあるギラリとした金属の輝きをぼんやり照らしていた。
僕が、僕たちが甘えてきた兄さんの優しさは、途方もないほどの自己犠牲の上に成り立っていた。僕が啜っていた甘い蜜は、紛れもなく兄さんの血肉だった。
僕は入り口に立ち竦んだまま何も言えず、結構扉を閉めてしまった。物音を立ててドアを開閉したはずなのに、何の反応も無かった兄さんが心配で、同時に怖かった。
時刻は既に、丑三つ刻を回っている。普段なら脳裏にいつか見た怪談が過って怖いけれど、今日は違う。
途方もないような罪悪感と、明日から兄の優しさをどう受け取ればいいのか分からない恐怖が、暗い階段の底から這い上がってくるような気配が、兄の泣き声に混じって聞こえた。
テーマ:ミッドナイト·優しさ
書き逃しにつき2日分のテーマを使用しての投稿となります。
「だーかーら!病院行きなって何回言わせんの!?」
「ごめんって……でもほら……お前さえ居ればいいわけだし……」
口籠りながらも確固たる意志を持った声で、彼は言った。
目の前の頑固な幼馴染は、不眠症を発症したのに、頑なに受診を拒む。おまけに、何故か僕が添い寝すると眠れるからとここ最近は抱き枕にされている。
彼は在宅勤務で引きこもっている僕と違って、学生時代は運動部、現在進行系でジム通いを続けているせいか、程よく筋肉の付いた、バランスのいい肉体美の持ち主。そんな彼にヒョロガリ貧弱の僕が敵うわけもなく、今日までダラダラと断りきれずにいたのだ。
しかし、いい加減限界である。彼は力が強い上、寝相なのか何なのか、やたら強く抱き締めてくる。眠っていても息苦しさで目覚めてしまうほど圧迫されるので、今度は僕が不眠症になりつつあった。
「とにかく!今日は一緒に寝ない!帰る!」
叱られた犬のような目をした彼に若干後ろ髪を引かれつつ、それでもなんとか強い心を持って言い切った。
「だめか……?頼む……お前が居ないとだめなんだ……」
珍しくうるりとした目で見つめられ、僕は喉から妙な音が漏れるのを感じた。ああ、だめだ。また流されてしまう。
「……………………今日、だけ……そう、今日だけだから……!」
ぱあ、と途端に明るくなった彼の顔に、もう苦笑しか出なかった。
夜、彼の腕の中に収まって横たわる。ふかふかとしたマットレスはたぶん高いやつで、本気で不眠に悩んでいたのだろうことが窺える。
僕より温かな体温と、静かに響く心音に、とろりとした眠気が頭を満たし始めた。
眠気でぐずぐずの頭は、ネガティブな方にどんどん引きずられていく。
彼が一人で眠れるようになった時、僕は用済みになるのだろうか。散らかった部屋、冷えたぺたんこのマットレスの上で、一人で眠る日が来るのだろうか。
隣で寝息を立てる彼の体温と心音は、どうしようもないほど僕を安心させる。それなのに、その体温が、心音が、僕の未来への不安を増幅させてやまない。
このぐちゃぐちゃの情緒をどうする事も出来ない僕は、早く忘れようと、さっきよりもずっと強く目を瞑った。
テーマ:安心と不安
俺にはある友人がいる。絵の上手い奴で、県のコンクールで何度か入賞を果たすような実力者だ。
さて、そんな彼だが、人物画を描かせると、決まって逆光で描くのである。ポーズは振り向きざまだったり、ただ単にこちらを向いていたり様々。それでも、光の当たる向きだけは、絶対に逆光だった。もっと言うと、主に描くモデルも同じ人物。
勿論、描くモチーフの決まっている人物画なら、彼はそれに従う。美術の授業での提出課題だとか、展示するために依頼されたポスターだとか、そういうの。それらは、一般的な光源の向きで、頼まれた通りの人物で描ける。つまり、彼は決して、逆光の、決まった人物しか描けないわけでは無い。
ふとその事が気になった俺は、暇つぶしも兼ねて少し探ってみる事にした。友人なのだから直接聞いてみればいいのだが、最近見た刑事ドラマの影響で捜査という概念に憧れていたのでそれはしなかった。
まず、誰を描いているのか。それから調べてみた。普段風景画ばかり描いている、彼が依頼でなく、個人的に人物画を描くのはそこそこ珍しい。よって、それなりに捜査は難航した。
何枚かの絵をようやく見られて、分かったこと。モデルはどうやら男性で、暗い色の短髪。がっちりとまではいかずとも、それなりに筋肉質な体格。そのくらいである。正直、逆光のせいであまり表情なんかの詳細は見られないし、わざとなのか顔立ちはややぼかされている。モデルが誰か、全く特定できなかった。
しばらくはそうやって地味な調査もどきを続けたが、短気な俺はやがて面倒になって、半ばヤケクソで友人に聞いた。
「なぁ、これ誰描いてんの?いつも同じ奴描いてるだろ。ずっと逆光だし。」
俺がそう聞くと、彼はぱちりと目を瞬かせ、それからにまりと笑んだ。
「なんだ、もう気付いてるかと思ったのに。最近なんかずっと見てたし。」
まさか調査がバレているとは思っていなかったので、今度はこっちが面食らった。
「え、バレてたのか。……で、誰なんだよ、それ?」
「これ君だよ。僕らが初めて会った時の君が、あんまりに眩しくて綺麗だったから。それしか描きたくなくなっちゃった。」
今度こそ絶句して言葉を失った俺は、じわじわと上がってくる顔の熱を隠す方法を、どうにか考えていた。
翌日からのことだった。彼が珍しく、逆光でない人物画を描いた。
夕陽に染まって、かつきっとそれだけでない頬の赤みを湛えた、紛れもない、真正面からの俺の肖像を。
テーマ:逆光
一般的に盛り上がりにくい話題がある。それが、天気の話と夢の話。一方的に話すだけになってしまうこれらの話題は、中々会話が弾まない。
そんな定石を、真正面からブチ破ってくる存在が一人。目の前の男である。
この男、なんともまぁ酔狂なことに、入学式早々から一目惚れだのなんだのと言って俺に付きまとってくる。目立った友人も居らず、人との交流があまり得意でない俺にとって、プライベートを邪魔されているようでうざったかった。
そこで、俺は考えた。ひたすらに俺がつまらない人間だとアピールし続ければ、いずれは向こうから離れていくのでは、と。そうすれば角も立たないし、俺は束縛から解放されることができる。
「うんうん、それでそれで?」
が、しかし。彼は中々にしつこく、そして俺に盲目すぎた。俺はもうここ一週間ほど、その日の天気の話と俺が見た夢の話しかしていない。もっとも、天気は話すことがあまりにも無さすぎたので一昨日からはひたすら夢の話をしているのだが。
「…………お前さ……つまんねぇだろ、こんな話。」
呆れ返って、思わず言ってしまった。彼は大型犬のようなくりくりした目をぱちりと瞬かせ、それから心底おかしいとでも言いたげに笑った。
「なに、そんなふうに思ってたの?楽しいよ、君の話ならなんでも。」
きゅう、と彼の目が細められて、その目があまりに蕩けきっていて。俺まで恥ずかしくなってくるほど甘ったるい表情をした彼の肩を、ひとまず強めに殴った。
「あ、照れてる。」
意地悪げな表情で笑い続けるので、なぜだか無性に腹が立って仕方ない。俺が文句の一つでもつけてやろうと口を開きかけると、彼はそれに被せるように口を開いた。
「……それに、最近は君がたくさん話してくれるから。どれだけつまんない話したって、君が喋ってる限り僕は聞き続けるよ。」
最早俺は何も言えなくて、開きかけた口は空気を漏らしてはくはくと開閉を繰り返している。じわじわと顔に熱が滲んで、それを隠すように顔を伏せた。
俺はまだ、知らなかった。この日の晩、夢の中で彼に熱烈な告白を受けることも、それで絶叫しながら飛び起きる羽目になることも。
翌日、俺は夢の話は一切できなかった。
テーマ:こんな夢を見た