真宵子

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僕の兄さんは誰にでも優しい。
学校では生徒会長として、日々生徒たちの困り事に細かくアンテナを張ってすぐに手伝いに行く。どんな些細なことでも気が付いて、さりげなく手伝う兄さんはまるでヒーローのようだ。
家でだって、兄さんは優しい。
僕が少しでも悲しんでいたり困っていたりすれば、兄さんは眉を下げて、心底心配そうに僕の部屋を訪れる。気分が落ち込んでいたって、失敗したって、兄さんが頭を撫でて、温かいココアを淹れてくれればすぐに元気になってしまう。
兄さんは優しさの魔法使いなのだ。重い荷物も、大変な課題も、全部一緒に背負ってくれる。
そんな兄さんの秘密を、僕は知ってしまった。
何か未来に対する漠然とした不安に苛まれ、眠れなくなった僕は兄さんの部屋の戸を叩く。深夜だったし、当然気も引けたけれど、どうしても人肌が恋しかった。コンコン、とノックを数回。そうすれば普段は柔和な声が返ってくるのに、今日はそれが無かった。
僕はそれを不審に思って、しばらく悩んで、結局ドアを開けてみる。けれど、部屋の中は真っ暗で、もう随分遅いのに、電気の一つも付けていなかった。出かけているのかとも思ったが、ついさっき夕食を共にしたばかりなのだ。それに、隣の部屋に居た自分が、ドアを開ける音に全く気付かなかったとは考えにくい。
数秒そうして思案していると、段々僕の目が暗闇に慣れてきた。その目に飛び込んできたのは、泣きながら床に蹲っている兄さんだった。
僕は驚いて声も出なかった。よく見れば部屋は荒れていて、差し込む月明かりが、兄さんの腕の赤い線と、手の中にあるギラリとした金属の輝きをぼんやり照らしていた。
僕が、僕たちが甘えてきた兄さんの優しさは、途方もないほどの自己犠牲の上に成り立っていた。僕が啜っていた甘い蜜は、紛れもなく兄さんの血肉だった。
僕は入り口に立ち竦んだまま何も言えず、結構扉を閉めてしまった。物音を立ててドアを開閉したはずなのに、何の反応も無かった兄さんが心配で、同時に怖かった。
時刻は既に、丑三つ刻を回っている。普段なら脳裏にいつか見た怪談が過って怖いけれど、今日は違う。
途方もないような罪悪感と、明日から兄の優しさをどう受け取ればいいのか分からない恐怖が、暗い階段の底から這い上がってくるような気配が、兄の泣き声に混じって聞こえた。

テーマ:ミッドナイト·優しさ

書き逃しにつき2日分のテーマを使用しての投稿となります。

1/27/2026, 11:34:59 AM