長い長い旅だった。幾人もの仲間の死を乗り越え、文字通りに血の滲むような思いをして続けてきた。そんな旅が、ようやく終わった。十年だ。十年かかった旅の終焉が、ついに訪れた。
目の前に斃れた魔王の死体を見て、俺はじわりと心に滲む歓喜に震えた。長年目の前に立ちはだかり続け、俺の仲間達を何人も目の前で殺し続けてきた巨悪が、ようやく死んだのだ。世界の平和はもはやこの手の中にあり、俺は英雄となった。魔王への道のりで志半ばにして散っていった仲間達も、きっと喜んでくれるはずだ。そうして俺は、討伐の証として魔王の首を獲って国へ帰った。
だが、国に戻った俺を待っていたのは、華々しい歓声でも、平和を喜ぶ人々の笑い声でもなかった。
化け物を見るような眼差しと、腫れ物に触るような空気感。十年という時は、残酷な程に人々の心を変えてしまった。
かつて俺を労った街の商人達は、恐ろしい怪物を見たような悲鳴を上げて逃げていった。かつて頬を染めて俺に好きだと告げた村娘は、あの頃より成熟した唇で俺を罵り、知らない指輪の付いた薬指で腕の中の子供を抱えた。
俺は英雄なんかじゃなく、これまで自分が切り伏せ、死ぬ気で殺した化け物共と同じにされた。命を賭して護った人々は、誰一人俺を守ってはくれなかった。
これがあの地獄のような旅路の果てなのか。こんなものが、俺の望んだ平和だったのか。こんな結末なら、仲間はきっと死んでよかった。道半ばで死んだ彼らは皆、英雄だった。少なくとも、世界で一人は、俺は、彼らを英雄として弔うことができた。
守りたかった彼らは、もう別の何かになってしまった。共に戦った仲間も、もう居ない。ずっと追い続けてきた巨悪は、この手で切り伏せた。今の俺にはもう、何もない。
ならば、もう一度作り替えてしまおうとふと思った。誰からも感謝さえされないのなら。誰も仲間の死を悼まないのなら。そんな間違った世界は、直さなくてはならない。
俺はその日、王城へ赴き、そのまま鏖殺を決行した。顔馴染みの門番も、いつか俺の世話をした従者も、可憐な姫も、勇敢な王子も。そして、みっともなく命乞いをして財宝をやると抜かした王も。
俺が欲しかったのは、豪奢な城でも、愛らしい伴侶でも、万人が振り向く名声でもなかった。ただ一言、ありがとうとだけ言ってくれればよかった。
俺は全身を血に染め、世界を救った刃で世界を滅ぼさんとしている。幽鬼のように、俺はかつての宿敵の城へ戻った。
思えば、彼も同じだったのかもしれない。俺が彼の胴を切り裂いた時、彼は泣きそうな、それでいて世界一幸福そうな顔をして、死んだ。
その日、新たな魔王が誕生した。俺はかつての俺と同じ、正義と光に満ちた勇者に殺されるいつかを待って、かつての魔王と、好敵手と同じように、この城で暴虐の限りを尽くすことにした。
テーマ:旅路の果てに
2/1/2026, 8:42:17 AM