作家志望の高校生

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10/25/2025, 7:44:38 AM

「じゃあ、行ってくるね。いい子で待っててね?」
特に返事は無い。僕の飼い猫は気まぐれな子だから、きっとまだ寝ているんだろうなと苦笑いを浮かべた。
会社に着いて、いつも通り業務をこなす。データを入力して資料を作るだけの簡単な仕事だ。
単純そうに見えて案外頭を使うせいか、時間の経過が早く感じる。気付けば昼休みだった。
昨晩の残りを詰めたお弁当を開いて、ついでにスマホを立ち上げる。ペットカメラと連動したアプリで、猫の様子を確認しようと思った。
「……あれ?」
家は狭いマンションの一室なので、カメラには風呂とトイレ以外ほとんど全体が映る。それなのに、猫の姿が無い。
「え〜……勝手にお風呂とかにいるのかな……」
そう呟いた瞬間、あることに気が付いて血の気が引いた。
ドアが、開いていた。逃げたのかもしれない。そう思うと、もう居ても立ってもいられない。
会社を早退して、普段は絶対使わないタクシーを使って最速で帰宅する。ドアの鍵は開いていて、家の中はガランとしていた。
どこにもいない。逃げられた。どんどん悪い考えが浮かんできて、手足の震えが止まらなくて動けなかった。
どれだけ放心していたか分からない。玄関のドアが閉まる音で我に返った。半ば這うようにして見に行く。
「…………どこ、行ってたの……」
消えた猫が帰ってきていた。僕は彼を抱きしめ、引きずり込むようにリビングへ連れて行く。
「ごめんって……コンビニ行ってただけ。……泣かないでよ……」
彼の着けた、首輪のようなチョーカー。そこに繋いでいた鎖は、いとも容易く外されていた。
「……どこも行かないで……」
彼の胸元に縋り、子供のように泣きながら言う。彼はそんな僕に困ったような笑みを向けて頭を撫でてくれた。
僕と彼の関係はきっと間違っている。僕は彼を監禁しているし、彼は甘んじてそれを受け入れている。本当は、彼はここから逃げ出すことなんて簡単にできるはずなんだ。
2人だけの部屋。ワンルームの小さなマンションは、飼い主と猫のような僕らの秘密の箱庭だ。
どちらも飼い主で、どちらも飼い猫。この箱庭に他の誰かが入ることは、きっとこの人生の中でたったの一度たりとも無いだろう。

テーマ:秘密の箱

10/24/2025, 7:19:10 AM

「はよ。」
端的な挨拶が背後から聞こえ、しばらくして肩にのしりと重みがかかる。
「ん、おはよ。今日もいい匂いすんね。何作ったの?」
肩に回された腕からふわりと香る甘い匂いに、俺は思わず彼の腕に少し顔を寄せた。
「今日は〜……マドレーヌとスコーン。」
「相変わらず女子力たけ〜……」
「これマジ簡単なんだって。」
彼が鞄から綺麗にラッピングされたお菓子を取り出して渡してくる。ちらりと見えた鞄の中は、丁寧に包まれたお菓子以外ほとんど何も入っていない。
渡されたそれを自然に受け取って、そのまま慎重に包装を開ける。あまりに几帳面に包まれているから、開けるのにもなんだか気を使ってしまう。
シールやらで品良く飾られた包装を剥がすと、彼の身体から仄かにしていた焼き菓子の匂いが立ち込めた。
「もう食べていい?」
「どーぞ。つか今日も朝飯食べてないのかよ。そんなんだからチビのままなんじゃね?」
「うっせ……」
身長をからかわれ、俺は少しむくれたまま袋に手を突っ込む。マドレーヌかスコーンかは分からないけれど、とりあえずどちらもどうせ美味いので先に手に触れた方を取り出した。
見もせず食むと、しっとりとした生地が歯に触れる。マドレーヌだったようだ。優しい甘みが口内を満たし、その後を追うようにレモンピールのほんのりとした苦味と香りが鼻腔を抜ける。
「うま……」
ころりと機嫌が直った俺は、その小さな焼き菓子をあっという間に平らげてしまった。
「食べんの早。そんな美味かった?」
「めっちゃ美味い。」
少々行儀は悪いが、手を拭く物もないので指をぺろりと舐めながら答えた。スコーンは放課後の楽しみに残しておこうと、袋を畳んで鞄に入れた。
「あー……よくさぁ、無人島に何持ってくかって質問あるじゃん。」
「急だな。あるけど。」
俺も急だとは思うが、ふと思ってしまったのだ。どうせ中身のある会話なんてほとんどしないんだし気にしたら負けだ。
「昔ならドラえもんとか言ってたけど、今ならお前って答えるわ。」
「はぁ?」
少し視線を上げた先にある彼の顔に、でかでかとクエスチョンマークが浮かぶ。宇宙で呆ける猫の画像を思い出した俺は笑いそうになったが、余計彼を混乱させそうだったから堪えた。
「いやさ、確かにお前頭悪いし足遅いしあと頭悪いけどさ。」
「悪口じゃん。」
今度は彼がむくれてしまった。俺はもう笑いを堪えられなくて吹き出してしまう。
「お前いたら絶対楽しいし、あと美味いもの食べれそう。」
「…………ふーん……」
彼は満更でもなさそうだ。手作りの菓子で機嫌を直す俺も単純だが、俺の一言で機嫌も直すコイツもきっと単純だ。
俺は自分より高いところにある肩に腕を回して肩を組む。
「……やっぱ身長高いの腹立つからやだ!」
「ガキかよ……」
明日も明後日も、無人島に行ったってこんな毎日が送れたらいいな。そんなことをぼんやり考えていた。

テーマ:無人島に行くならば

10/23/2025, 7:52:16 AM

「さむい。」
実に単純で、実に切実な3文字だった。隣でガクガク震えている彼は、代謝が悪いのか寒さに滅法弱かった。
「……もう帰ればいいじゃん。」
「やだ……う〜……さむ……」
なぜそんなに震えているのに外に居ようとするのか、僕には理解できない。寒いならさっさと帰ればいいのに。
「……なんで?」
「ん〜……」
さっきからずっとこの調子だ。寒い寒いと言う癖に帰らない。理由を聞いても曖昧に唸るだけで答えない。不可解すぎてそろそろイライラしてきた。
彼の指先はかじかんでいるのか真っ赤で、鼻の頭や頬も色付いている。そこらの紅葉よりずっと赤くて見るからに寒そうなのに、なぜそんな無理をしているのか。
「……もう僕も帰る。君も帰れば。」
突き放すように言うと、彼はあっさり頷いた。あの頑固さは何だったのだろうか。
今年は秋が短くて、暑かったかと思えば急に冷え込んだ。連日最低気温は一桁台で、最高気温も20度に満たない。冬のような秋だ。
2人並んで、気まずい沈黙の中、アキアカネが飛び交う夕暮れの下を歩く。家も近くなった頃、もう一度彼に聞いてみた。
「……結局、なんであんな頑固だったの。」
彼は少しだけ躊躇って、それから口を開いた。
「別に……もうちょっと一緒にいたかっただけだし……」
彼の顔は相変わらず真っ赤で、耳の端まで紅が差している。
「……ふーん……へぇ……そう……」
思ったより下らなくて可愛らしかった理由に口角が上がりそうになるのを抑えつけ、曖昧な返事をしておく。彼の顔が真っ赤なのも、今だけは寒さのせいだけじゃないと確信できた。
「……ねぇ、明日も一緒に待ってよ。……今度はちゃんと上着着てね。」
自分から発されたと思えないほど柔らかい声が出た。
今年の秋は去年よりずっと寒い。冷たい秋風が体の末端を容赦なく冷やしていく。紅葉も無くて、木々の葉は色付く前に枯れてしまう。
けれど、僕達の仲はきっと、去年の秋よりずっと温かく、そして綺麗な色で彩られている。そんなことを自覚すれば、この秋風も、暖かくて綺麗で愛しいものに思える気がした。

テーマ:秋風🍂

10/22/2025, 8:19:09 AM

僕の人生はずっと下り坂で、生きている価値なんて一つもないと漠然と思っていた。
家に帰れば両親の怒声が聞こえる。今日もまた、何か喧嘩をしているらしい。妹が泣けば喧嘩は中断されるが、ギスギスした空気はそのままに母が妹をあやす。その間に帰ってきた僕には一言もない。
学校でも僕は空気みたいで、友人はいても親友はいない。いつも誰かの2番目、3番目にしかなれなくて、世界にとって僕という存在は何かの予備でしかないような気がしていた。帰りの会で先生が何か言うと、クラスが急にざわざわと騒がしくなった。ネガティブな騒がしさではなく、むしろ楽しみなような調子が含まれている。先生の話をろくに聞いていなかったし、何故騒ぐのか聞けるほど仲のいい友人もいないので分からずじまいだったが。
その日の帰り道。僕はいつも通り俯いて、見慣れた灰色のアスファルトを見つめながら機械的に歩く。ガヤガヤと騒がしい街の雑音が耳に流れ込んできて気持ちが悪くなりそうだ。
前を見ていなかったからだろう、どん、と誰かにぶつかってしまった。
「あ……ご、ごめんなさい……」
恐る恐る顔を上げて、思わず固まってしまった。
「……ああ、大丈夫。君は?」
目の前にいたのは、すらりと身長が高くて綺麗な顔をした男の子。たぶん年は同じくらい。この辺じゃ見たこともないような人だ。
見惚れて声を出すのも忘れていると、不審に思ったのか彼の顔が眼前に迫った。
「え、ほんとに大丈夫そ?……どっか痛い?」
真っ赤になりそうになる顔を鎮めて、慌てて何度も頷く。挙動不審になりながら大丈夫だと伝えたら、彼はあっさり乗り出していた身を引いた。
「あ、そう。よかった。じゃあ、俺もう行くわ。じゃあ。」
そう言って彼はさっさと行ってしまった。しばらく惚けていたが、やがては我に返ってまた歩き出した。今度は俯かないで、しっかり前を見る。憎いほどの快晴に、点々と飛ぶカラスの群れ。遠くに見える赤い屋根に、散りかけた花々の青や黄色。美しいと言うにはあまりに日常的で、綺麗になりきれない世界がやけに愛しく思えた。
次の日。朝の会の時転校生の紹介があった。昨日騒がしくなったのはこの話だったのかと合点がいって、少し満足する。
先生の呼びかけに答え、教室のドアがガラリと開いた。
ばちりと目が合って、転校生と僕は一瞬硬直する。僕はじわじわ顔が熱くなるのを感じて、少し視線を下に落とした。
先生の淡々とした説明に落ち着きをなんとか取り戻し、また前を向く。
「……よろしく、お願いします。」
そう言った彼の顔は、間違いなく昨日見たあの人だった。
ぺこりと頭を下げた彼の髪がはらりと落ち、耳が隙間から覗く。その隙間から見えた耳が赤くなっていたのを見て、僕は初めて、誰かの一番になれたような、そんな予感がした。

テーマ:予感

10/21/2025, 7:57:59 AM

「まもなく、終点。終末、終末です。お出口は、右側です。」
無気力な車掌の声がガラガラの車内に響く。乗客は俺達4人だけで、他は誰もいない。当然だ。楽しい時間旅行の行き先に、危険が溢れかえっている終末世界を選ぶような変人はそう多くない。しかも時刻は終電ギリギリの深夜。乗客はさらに絞られる。
「今日何するー?前とおんなじ?」
「薬は飽きたでしょ、そろそろ。」
なんでもないような調子で、物騒な話を繰り広げる。終末世界では、薬も暴力も何もかも、全てが合法だ。正確に言えば、秩序も法も崩壊した世界、というのが正しいが。
ガタリと一際大きく車体が揺れ、タイムワープの長い長いトンネルを抜ける。車窓から見える景色は、崩れたビルに薬でゾンビのようになった人々、荒れ果てた荒野。街灯さえ壊れた、深夜の街だった。
風化して原形を失った駅に下り立ち、4人揃っていることを確認する。そして、誰からともなく荒廃した世界のさらに下、アンダーグラウンドの闇市に足を踏み入れた。
「ねー、あそこで売ってる子けっこー可愛くない?」
世界の終わりに即して親でも喪ったのだろう。粗末な服を着た少女が檻の中で一人座っていた。
「馬鹿、買っても連れて帰れねぇだろ。」
「そうだよ。どうせ連れて帰れないんだしやめときな。」
駄々をこねる友人を、別の友人が2人がかりで止めている。
「なぁ、今日の宿いつもんとこでいい?」
そんな彼らの空気を、俺はあえて読まない。流れをぶち壊して宿の予約を入れる。
「オプションで薬つけて!」
「はいはい。」
言われた通りオプションを組み、宿の予約を完了する。薬物中毒者の俺達にとって宿代なんて勿体なくて仕方ないので、4人で一部屋だけだ。
めぼしいものも無かった闇市を抜け、宿に入る。机の上には、サービスの水や菓子に並んで怪しげな注射器が4本置かれていた。全員、慣れたように無言でそれを手にとって、躊躇なく腕に突き立てる。ぼんやりしていく意識にただならぬ幸福感を感じながら、4人縺れるようにしてベッドに倒れ込んだ。
俺達の関係は、きっと友人と呼ぶにはあまりに歪であまりに近い。けれど、それでいい。俺達4人はオトモダチ。全員が全員にうっすら依存しているのも、もう離れられないのも、間に誰も入れないのも分かっている。けれど、この薬でドロドロになった終末世界、そんな世界でも一緒に笑いながら歩ける。薬でハイになった4人の狂ったような呻き声と笑い声が響くのを、多幸感に包まれながらどこか他人視点で聞いていた。
俺達は、今日も、そしてきっと明日も、この愉快でイカれた友達とこの廃墟街へ足を運ぶのだろう。

テーマ:friends

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