作家志望の高校生

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「はよ。」
端的な挨拶が背後から聞こえ、しばらくして肩にのしりと重みがかかる。
「ん、おはよ。今日もいい匂いすんね。何作ったの?」
肩に回された腕からふわりと香る甘い匂いに、俺は思わず彼の腕に少し顔を寄せた。
「今日は〜……マドレーヌとスコーン。」
「相変わらず女子力たけ〜……」
「これマジ簡単なんだって。」
彼が鞄から綺麗にラッピングされたお菓子を取り出して渡してくる。ちらりと見えた鞄の中は、丁寧に包まれたお菓子以外ほとんど何も入っていない。
渡されたそれを自然に受け取って、そのまま慎重に包装を開ける。あまりに几帳面に包まれているから、開けるのにもなんだか気を使ってしまう。
シールやらで品良く飾られた包装を剥がすと、彼の身体から仄かにしていた焼き菓子の匂いが立ち込めた。
「もう食べていい?」
「どーぞ。つか今日も朝飯食べてないのかよ。そんなんだからチビのままなんじゃね?」
「うっせ……」
身長をからかわれ、俺は少しむくれたまま袋に手を突っ込む。マドレーヌかスコーンかは分からないけれど、とりあえずどちらもどうせ美味いので先に手に触れた方を取り出した。
見もせず食むと、しっとりとした生地が歯に触れる。マドレーヌだったようだ。優しい甘みが口内を満たし、その後を追うようにレモンピールのほんのりとした苦味と香りが鼻腔を抜ける。
「うま……」
ころりと機嫌が直った俺は、その小さな焼き菓子をあっという間に平らげてしまった。
「食べんの早。そんな美味かった?」
「めっちゃ美味い。」
少々行儀は悪いが、手を拭く物もないので指をぺろりと舐めながら答えた。スコーンは放課後の楽しみに残しておこうと、袋を畳んで鞄に入れた。
「あー……よくさぁ、無人島に何持ってくかって質問あるじゃん。」
「急だな。あるけど。」
俺も急だとは思うが、ふと思ってしまったのだ。どうせ中身のある会話なんてほとんどしないんだし気にしたら負けだ。
「昔ならドラえもんとか言ってたけど、今ならお前って答えるわ。」
「はぁ?」
少し視線を上げた先にある彼の顔に、でかでかとクエスチョンマークが浮かぶ。宇宙で呆ける猫の画像を思い出した俺は笑いそうになったが、余計彼を混乱させそうだったから堪えた。
「いやさ、確かにお前頭悪いし足遅いしあと頭悪いけどさ。」
「悪口じゃん。」
今度は彼がむくれてしまった。俺はもう笑いを堪えられなくて吹き出してしまう。
「お前いたら絶対楽しいし、あと美味いもの食べれそう。」
「…………ふーん……」
彼は満更でもなさそうだ。手作りの菓子で機嫌を直す俺も単純だが、俺の一言で機嫌も直すコイツもきっと単純だ。
俺は自分より高いところにある肩に腕を回して肩を組む。
「……やっぱ身長高いの腹立つからやだ!」
「ガキかよ……」
明日も明後日も、無人島に行ったってこんな毎日が送れたらいいな。そんなことをぼんやり考えていた。

テーマ:無人島に行くならば

10/24/2025, 7:19:10 AM