作家志望の高校生

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10/17/2025, 6:30:02 AM

ここはとある駅。現世からはぐれた、あるいは失われたモノだけが訪れることのできる世界、らしい。
そんな世界に迷い込んで早1週間。日の出入りで日付をカウントしてはいるが、ここで出会った、骸骨の仮面を着けた妙な男曰く、現世ではまだ1時間も経っていないらしい。
「……そろそろやることなくなってきた〜……」
初めは怖かったし、少し慣れたら面白かった。かつてあったモノ達を見て触れることができるのは普通に興味深い。滅んだ国や島しか無い世界地図、販売終了した商品しか並んでいない売店。どれもが刺激的に感じられた。けれど、1週間もすれば狭いこの駅の中は粗方見尽くしてしまった。時折ここに訪れる電車に乗ればより多くのモノに出会えるらしいが、迷い込んだだけの俺は切符が買えなくて乗れなかった。俺はまだ、一応現世に存在しているかららしい。
「そんなこと言われてもなぁ……早く戻りなよとしか……」
ここに来て出会った男。俺は暇つぶしに彼にひたすらうざ絡みをしていた。ここにいるということは現世で死んだのかとか、あの電車に乗るにはどうすればいいとか、色々絡みまくっていた。彼はその全てに曖昧な笑みを浮かべて誤魔化し、結局彼のことは何一つとして、仮面の下さえ分からなかった。相当ウザかったと思うが、相手は絆されてくれたのだ。初対面では優しげだがどこか警戒したような態度だったのが、今では柔和で少し軽薄な本性を惜しみもなく晒している。謎の達成感を得ながら、手持ち無沙汰を誤魔化すために乗れもしない電車の時刻表を眺めていた。
「……なにこれ、星図?」
ふと、その時刻表の横に貼られたポスターに目がいく。そんなに珍しいわけでもない。小学生向けの学習サービスの付録なんかになっていそうな、カラープリントの星図だった。
「あー……それ?それは……ほら、現世でもう爆発して死んだ星だけ載ってるの。」
「ふーん……」
どうせ暇なのだ。思い立ったが吉日とばかりに、俺は立ち上がって目の前の彼に手を伸ばす。
「今夜星見ようぜ!」
彼はぽかんとしていたが、数秒後呆れたように笑って頷いた。
深夜(だと思う)になって、俺達は少しでも暗い所を、と終電の過ぎた線路に下りて少し歩いた。街灯の光も届きにくくなったところで上を見上げると、たくさんの星々が瞬いている。
「……死んだ星ってこんなにあるんだぁ……」
死んだ星空を見上げる俺の目を、なぜか彼がじっと見つめていた。
「……ねぇ、もっと広い空、見たくない?」
突然彼が言った。彼が言うには、時刻表の横に貼ってあった星図は一部に過ぎないらしい。この駅の先に行けば、もっとたくさんの星が見られると。
「そりゃ見たいけど……俺まず電車乗れねぇし。」
「教えてあげるよ。」
そう言った彼の羽織った黒のローブがふわりと揺れる。彼の手には、鈍く光る大鎌が握られていた。
俺が駅で彼の手を取った瞬間。どこかで、無機質な機械音が長く、長く響いた気がした。

テーマ:消えた星図

10/16/2025, 8:21:57 AM

アイツと出会って12年、アイツに恋をして3日。俺は未だ、乖離した頭と体の制御ができずにいた。頭は今すぐ隣に座るアイツを抱きしめて隠してしまいたいが、理性を繋いだ体はそれを抑え込む。恋心をギチギチ音がするくらいきつく縛って隠して、そうやって取り繕っていた。
幼馴染だったアイツとは、友愛も、親愛も、家族愛さえも分け合っていた。けれど、一つだけアイツも俺も注がなかった愛情がある。それが恋愛だった。恋をするにはお互い近すぎたし、俺達にとって互いに恋をすることは、家族に恋をするも同義だった。
しかしまぁ、惚れてしまったのだ。ある日突然、ころりと落ちるように。きっかけは本当に些細なことで、屈託のない笑顔を見た。それだけだった。世界を疑うことさえ知らないような澄んだ目が陽光を乱反射して、俺の目の前にぱちぱちと火花のように散らした。アイツが俺に向けているのは恋愛ではないと知った上で、俺はアイツに恋をしてしまった。
自覚してしまうと、一緒になることはできないと分かりきった関係が辛くなった。ありとあらゆる愛情の中から、恋愛だけを差し引いた重さ。これまで積み上げてきた感情が、重りとなって俺の身にのしかかってくる。重くて息苦しくて、けれど手放すには惜しい重みはゆっくりと俺を蝕んだ。
きっと、ずっと前から惚れていたんだと思う。そうでなければ、きっとこんなに苦しくない。こんなことなら、恋なんて気付くんじゃなかった。それならきっと、愛から恋を引いたこの重みは、俺の腕で抱えられていたのに。
放課後を告げるチャイムが鳴る。2人して掃除を抜け出していた俺達は、2人きりの校舎裏で鞄を持って立ち上がった。
「帰るかぁ……」
気の抜けた声でアイツが言う。少し肩が触れるほど近い距離感は、間違いなく特別で。けれど、それは恋じゃない。兄弟にハグをするような、そんな温度。アイツが俺に向ける愛情と、俺がアイツに向ける愛情とでは重さが違う。その差はどんどん開いていって、たった3日で取り返しがつかなくなってしまった。
俺だけが抱く恋愛感情は、醜く歪んでそれでも膨れて、これまで抱いていたその他の愛情をあっという間に飲み込んでしまった。
アイツと同じ、友愛や親愛の皮を被せただけのハリボテ。汚くて救えない本質は変えられなかった。それでも、どうか。この化けの皮が剥がされないことを願う。アイツにこの重さをぶつけることも、かと言って捨てることもできない。それならせめて、痛みを伴ってでも皮を被せて隣にいたかった。

愛−恋=?

10/15/2025, 8:07:06 AM

人間は、他人のことを声から忘れ、最後に残るのは匂いの記憶だという。きっと、これは本当なのだろう。だって、俺の鼻腔に染み付いたあの洋梨の香水の匂いは、一生離れてはくれなさそうだから。
アイツとは、最低の出会いから始まった。血と吐瀉物が飛び散った校舎裏、日もすっかり沈みきったような時間だった。いつものように喧嘩に明け暮れ、数十人の不良とやり合って伸した後。不意に、ぱちぱちと間の抜けた拍手の音がした。見ると、飴玉を咥えた金髪の男がいる。細身な体躯にバランスのいい長身は、いかにもなモテ男といった様相だ。
「音がしたから来てみたけど……正解だったな。」
そう言うや否や、男は急に俺に飛び蹴りを入れてくる。咄嗟に腕で受けたが、中々重たい。喧嘩後のアドレナリンが抜けきっていなかった脳は、瞬く間に疲れを吹き飛ばして体を戦闘態勢に持っていった。
それから小一時間殴り合った。日が沈んでも僅かに差していた陽光さえ完全に潰え、辺りが薄暗くなり始めてからようやく、俺達はその場に倒れ伏す。勝負はどこまでも平行線で、体力が尽きた。
それから俺は、やけに彼に気に入られたらしい。後で分かったが、彼は俺の先輩で、そこそこ有名な男だったらしい。初めは付きまとってくる先輩がウザったらしくて仕方なかったが、慣れると逆に、傍にあの香水の匂いが無いことに落ち着かなくなっていた。無骨な石鹸の匂いしかしなかった俺にも匂いが移るくらい、一緒にいた。
けれどある日、先輩が捕まった。大きめの喧嘩の後だったらしい。少年院にこそ送られなかったが、保護観察処分になった先輩は学校を退学になった。最も、元々俺達みたいなのはギリギリ退学を回避しているだけで、いつなってもおかしくなかったのだが。
結局俺は、先輩の顔を再び見ることなく学校を卒業した。学生時代を喧嘩に明け暮れて過ごしたような奴にまともな職が務まるわけもなく、俺はそこそこ良かった顔面を生かして歌舞伎町で女を転がして金を稼いだ。
女からする花の噎せ返るような香水の匂いを嗅ぐ度に、先輩のあの、甘く爽やかで、けれどどこか燻る空気を感じるような香水を思い出す。先輩の声は、もう思い出せない。
物思いに耽りながら、今日の客を引くために夜の街を歩き回る。男も女も等しくゴミのように暮らす街の雑踏の中、似合わない、硬質な革靴の音がやけに耳に響いた。
俺の鼻があの洋梨の匂いを拾ったのは、それから数秒後のことだった。

テーマ:梨

10/14/2025, 8:07:46 AM

高校卒業のすぐ直前。クラスで描いたカウントダウンカレンダーはもう片手で数えられる。そんな時、俺と彼はかつての部室を2人で訪れていた。
俺が所属していた、至って普通の声楽部。一クラス20人いるかどうか、それが三学年分6クラスだけの小さな学校だ。部活もそんなに多くなく、声楽部とは言うものの、吹奏楽部と合同だった。たまに大会なんかに出られた時には、付け焼き刃としてお互いの人員を充てがったりする。
吹奏楽部からの補充員の中。歌うことはそこまで好きでもなさそうな彼らの中で、一人だけ俺の目に真っすぐ飛び込んできた者がいた。周りと同じように気怠げで、けれど誰より伸びやかで甘い低音が耳に心地良い。合唱の中、たくさんの声が重なって響いているのに、大きくもない彼の声だけは確実に聞き取れた。
それから、どうやって仲良くなったかは覚えていない。俺から声をかけたのだけが確かな事実だ。部活も終わった今では、放課後に2人で駄弁って寄り道する程度の仲にはなった。
「俺さぁ、今だから言うんだけど。」
「うん?」
ある日の夕方。いつものように、俺らが別れる道のそばの土手で彼が言う。速度を出しすぎる自転車を止めるためのフェンスに寄りかかって、紙パックのコーヒー牛乳を啜りながら横目で彼を見やった。
「たまにお前、吹奏楽部にヘルプ来てたじゃん。」
「うん。」
俺はピアノが弾けたので、補充として吹奏楽部に入ることみ多かった。歌うことがもちろん一番好きだが、ピアノを弾くのも悪くない。
「俺、お前の弾くピアノが一番好きだったんだよね。」
そんな告白をされ、俺も勢いで彼の声が好きなことを告げた。お互い、自分の本領ではないところを褒められたのがおかしくて小さく笑い合う。
その翌日。かつての部室、音楽室へやってきた俺達は、どちらともなくグランドピアノの傍に寄る。ピアノは俺、歌うのは彼だ。適当に、なんとなく覚えていた流行りのポップスを弾き始める。彼も知っている曲のようで、イントロの部分から鼻歌を歌っている。別れにしては明るすぎる気もしたが、二度と会えないような悲しい別れにはしたくなかった。
俺達の進路はバラバラ、大人になれば会う機会もほとんど無いだろう。それでも、後生の別れにするつもりは微塵も無い。
誰もいない音楽室、鴉の鳴き声と夕日の茜色が満ちる中 、うろ覚えの伴奏と歌詞が飛びがちな歌声が響いた。

テーマ:LaLaLa GoodBye

10/13/2025, 7:51:12 AM

ずっと昔から見る夢がある。コンパスだけを手に、何も無い平原をひたすらに歩き回る夢。動物も人も出てこなくて、ずっと一人で歩く。それだけの、つまらない夢だ。
窓の外から差す陽光と、小鳥が鳴き交わす甲高い鳴き声で目が覚めた。いつも通りの夢を見て、いつも通り起きる。至って普通の朝食を摂り、まだ眠気の残る目を擦って制服を着る。ありふれた日常だ。
右耳にイヤホンを装着してお気に入りのプレイリストを再生しながら、通学路を歩く。わざわざ選んだ人通りの少ない道は、穏やかな風が吹き込んで学校への憂鬱さを少しだけさらっていってくれる。
そんな程よい静けさが、突然乱された。日常に無かった、イレギュラー。
「うわヤバっ……止まれない……!ごめんなさーい!!」
そんな声に振り向こうとした直後、背中に伝わる衝撃。危うく前に転ぶところだったが、間一髪で誰かの腕に抱きとめられた。
「っぶな……大丈夫ですか!?」
へたり込んだまま声の主を見上げる。どうやら同じ学校の生徒らしい。いかにも明朗快活といった好青年だ。
「あ……はい……大丈夫……です……」
自分とは正反対の男と、あまりにも距離が近い。俺はボソボソと答えるので精一杯だった。
彼は自然に俺を立たせ、そして自然に俺の横を歩く。当然のように一緒に登校するつもりらしい。
「やー、さっきはごめんね!背高いから先輩かと思って超焦っちゃった。同い年なんだぁ。」
眩しい。笑顔の後ろにキラキラしたエフェクトが見える気がする。なぜ俺と登校しようしているんだ。ぐるぐると思考が絡まって、ろくな返事もできない。なのに、隣の彼は心底楽しそうに話続けた。
それから、彼はやたら俺に絡んでくるようになった。見たところ友達も多そうなのに、わざわざこんな陰キャの元に甲斐甲斐しく通っている。初対面からうっすら思ってはいたが、彼のパーソナルスペースはかなり狭いらしい。至る所でベタベタとくっついてくるので、俺もそのうち絆されてしまった。
彼と出会ってからの生活はそれなりに楽しい。一人で食べていた昼食も、右側ばかりが酷使されていたイヤホンも、彼と出会ってから変わった。非常階段で2人並んで弁当を食べるようになったし、イヤホンの左側が彼の左耳に嵌るようになった。そして、何より。
あの夢が、変わった。コンパスを持った俺の隣に、色とりどりの地図を持った彼がいる。だだっ広いだけだった草原も、様々な建造物が立ち並ぶ賑やかな道になった。
どこまでも続くその道は、きっとまだこれから、彼と歩んでいくのだろう。

テーマ:どこまでも

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