ずっと昔から見る夢がある。コンパスだけを手に、何も無い平原をひたすらに歩き回る夢。動物も人も出てこなくて、ずっと一人で歩く。それだけの、つまらない夢だ。
窓の外から差す陽光と、小鳥が鳴き交わす甲高い鳴き声で目が覚めた。いつも通りの夢を見て、いつも通り起きる。至って普通の朝食を摂り、まだ眠気の残る目を擦って制服を着る。ありふれた日常だ。
右耳にイヤホンを装着してお気に入りのプレイリストを再生しながら、通学路を歩く。わざわざ選んだ人通りの少ない道は、穏やかな風が吹き込んで学校への憂鬱さを少しだけさらっていってくれる。
そんな程よい静けさが、突然乱された。日常に無かった、イレギュラー。
「うわヤバっ……止まれない……!ごめんなさーい!!」
そんな声に振り向こうとした直後、背中に伝わる衝撃。危うく前に転ぶところだったが、間一髪で誰かの腕に抱きとめられた。
「っぶな……大丈夫ですか!?」
へたり込んだまま声の主を見上げる。どうやら同じ学校の生徒らしい。いかにも明朗快活といった好青年だ。
「あ……はい……大丈夫……です……」
自分とは正反対の男と、あまりにも距離が近い。俺はボソボソと答えるので精一杯だった。
彼は自然に俺を立たせ、そして自然に俺の横を歩く。当然のように一緒に登校するつもりらしい。
「やー、さっきはごめんね!背高いから先輩かと思って超焦っちゃった。同い年なんだぁ。」
眩しい。笑顔の後ろにキラキラしたエフェクトが見える気がする。なぜ俺と登校しようしているんだ。ぐるぐると思考が絡まって、ろくな返事もできない。なのに、隣の彼は心底楽しそうに話続けた。
それから、彼はやたら俺に絡んでくるようになった。見たところ友達も多そうなのに、わざわざこんな陰キャの元に甲斐甲斐しく通っている。初対面からうっすら思ってはいたが、彼のパーソナルスペースはかなり狭いらしい。至る所でベタベタとくっついてくるので、俺もそのうち絆されてしまった。
彼と出会ってからの生活はそれなりに楽しい。一人で食べていた昼食も、右側ばかりが酷使されていたイヤホンも、彼と出会ってから変わった。非常階段で2人並んで弁当を食べるようになったし、イヤホンの左側が彼の左耳に嵌るようになった。そして、何より。
あの夢が、変わった。コンパスを持った俺の隣に、色とりどりの地図を持った彼がいる。だだっ広いだけだった草原も、様々な建造物が立ち並ぶ賑やかな道になった。
どこまでも続くその道は、きっとまだこれから、彼と歩んでいくのだろう。
テーマ:どこまでも
10/13/2025, 7:51:12 AM