作家志望の高校生

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10/12/2025, 6:15:52 AM

「暇だし暑いし肝試し行かね?」
相変わらず唐突な友人の発言に、俺達は皆呆れたように顔を見合わせた。確かに、文化祭もテストも一段落して暇、その上秋なのにまだ蒸し暑い。それはそうだが、なぜ肝試し。俺達の心情はぴったりリンクしていた。
俺達4人は所謂イツメンで、暇さえあれば4人のうち誰かしらと一緒だ。小学校からの仲なので、それなりに何でも知っている。コイツの発言が唐突なのも、それに1人が困ったように笑うのも、興味なさげに呆れているのも、俺が思わずツッコむのも。全部、俺達のいつも通りだった。
*
「……で、ここが例の交差点?」
結局押し切られて肝試しをすることになり、訪れたのはとある交差点。小さな公園と団地のすぐそばにある、どこにでもありそうな交差点だ。
「そーそー。なんか、事故で亡くなった女の子の霊が出るんだって!5歳くらいで、赤いワンピース着てるって。」
いかにもな噂話だ。ひかし、ちらりと視界の端に、電柱の根元に手向けられた花束が映った。きっと、事故で誰かが亡くなったのは事実なのだろう。俺は一瞬だけ友人達から離れ、花束のある方へそっと手を合わせた。
噂では、ここで何か起きるのは事故が起こった時間、午前3時半らしい。事故が本当だとして、5歳かそこらの女児が、午前3時に出歩いていたのならそっちの方が怖い気がする。
どうでもいい話をして眠気と戦いつつ、遂にやってきた3時半。俺達は噂通り、交差点のカーブミラーを覗き込んだ。
全員絶句した。確かに、赤いワンピースの女の子はいた。いたのだが、そんなことはもう些細なことに感じられた。カーブミラーに映っていたのは、古めかしい街並みだった。茅葺き屋根の家に、舗装もされていない道、鏡の中を行き交う人々の服装は着物で、刀を佩いている人もいる。当然、今俺達がいる場所は再開発が進んだ地域なのでそんなものは無いはずだ。こんな時間に人通りがあるはずもない。鏡の中の人々の視線が、皆揃って俺達の方に向いた。
恐ろしくなった俺達は、その場から逃げ出した。こんな肝試しを提案しやがったアイツも、大人びたヤツも、普段気怠げなのも、この時ばかりは本気で走った。もちろん、俺も。
しかし、誰かに袖を引かれて立ち止まる。俺が急に止まったので、3人も怖がりながら足を止めてくれた。
『あぶないよ。』
可愛らしい女の子の声が聞こえた直後、目の前の道、丁字路から猛スピードで車が突っ込んできた。ここで止まっていなければ全員即死だっただろう。
そんな出来事に怯えた俺達に更に追い討ちをかけるように、恐ろしい事実が露見していく。車の運転席には、誰も居なかった。
俺達は速攻逃げ帰り、週末にお祓いに行った。あの交差点には近づきたくもなかったが、俺達を助けてくれたあの子へのお参りだけしに行った。
それ以来、あの過去と繋がったような恐ろしく未知の出来事が多すぎる交差点には近付いていない。

テーマ:未知の交差点

10/11/2025, 7:22:59 AM

「今日もやってんの?マジメだねぇ。」
背後から突然、首に腕が回される。若干間延びしたような声で語りかけてくるのは、同じ緑化委員の先輩だ。
「……先輩が不真面目すぎるんです。昨日また水やりサボったでしょう。」
じとりと睨むように見上げると、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべた。不真面目で見るからに軽薄そうな彼は、堅物と言われがちな自分とは確実に合わないタイプの人類だろう。それでもこうして話してしまうのは、コロコロ変わる表情が案外嫌いじゃないからだろうか。
「耳が痛いねぇ。……ん〜……じゃあ、委員の仕事頑張ってるマジメな後輩くんに、先輩がご褒美あげよっか。」
その言葉に、少しだけ興味を引かれた。草抜きの手を止め、軍手を外して立ち上がる。
「……何くれるんですか。」
先輩はまた猫のように目を細めて笑った。俺はこの表情を知っている。何かしらを企んでいるような顔だ。
「んふ、まだ秘密ー。もうちょっとしたらね。」
俺は釈然としないまま、やたら楽しそうに歩いていった先輩を見送った。
それから1週間後。そんな会話も脳の隅に追いやられて忘れかけた頃。先輩が久しぶりに俺の前に姿を現した。相変わらず猫のような笑みを湛え、後ろ手に何かを隠すようにして。
「おひさ〜。前言ったご褒美、用意してきたよ。」
そう言って彼が俺の眼前に突き付けたのは、一輪のコスモスだった。花自体も大輪で、花弁もよく揃っている。大切に育てられたのが分かる一輪だ。
「……どうしたんですか、これ?」
思わず俺が尋ねると、先輩はなぜか得意げに言った。
「それねぇ、僕が育てたんだよ。」
ぽかんとしてしまった。先輩が、この花を?あまりに似合わないような気がして、花と先輩の顔の間を俺の視線が何度も行き来する。
「あ、信じてないでしょ〜!?もー、酷いなぁ。ほら、ついてきてよ。こっち。」
先輩に手を引かれるまま歩いて辿り着いたのは、学校の裏の花壇。そこには、俺の手にあるものと変わらない、丁寧に育てられただろうコスモスが狂い咲きだった。
「先輩、これ……」
俺はどうやら、先輩のことを少し誤解していたらしい。委員の活動に対して不真面目そうな態度をしながら、その実誰より花に熱心だったのだ。
そのことを伝えるきっかけになった一輪のコスモスは、俺の手の中で誇らしげに日光を受けていた。

テーマ:一輪のコスモス

10/10/2025, 7:13:29 AM

ガサガサと乾ききった落ち葉を踏み砕きながら、秋の山を歩く。薄い長袖で丁度いいような心地よい気温と秋色を孕んだ風は、夏の暑さに参った心を和ませるのには十分だった。
目的は特に無い。強いて言うのなら、散歩がてらの紅葉狩りだろうか。とにかく、外を歩きたかった。ここ最近はずっと蒸し暑く、いかにも夏といった天気が続いていた。それで、涼しい室内で過ごす機会が多かった。その上、間に合わなかった夏休みの課題まで詰め込んでいたせいで家に引きこもっていたのだ。季節感を失ったまま夏が過ぎ、外が恋しかった。
普段訪れないような、少し遠くの山を選んだからだろうか。見慣れない植物や動物がいて、それなりの刺激になった。
満足するまで山を歩いて、麓の街に下りた。小さいが長閑で賑やかそうな街で、このご時世珍しく、駅前商店街が栄えている。電車の時間までまだ時間があったので寄ってみれば、案外悪くない。昔ながらの八百屋や鮮魚店が並び、刃物や陶器なんかの専門店も多い。電車が来るまでの暇つぶしには事足りそうだ。
ざっと全体を見て、気になった店にふらりと立ち寄った。そこは、どうやら古書店らしい。比較的新しそうな本から、色褪せた古そうな紙の本までびっしりと本棚を埋め尽くしている。色々と見て回っていると、ずっと前に絶版した本に出会えた。フリマサイトやオークションアプリでは値段がつり上がって買えなかった本だ。迷わず手に取ってみると、値段は驚異の500円。少しだけ店のことが心配になるほどの価格で即決だった。
さっさとレジに持っていくと、先ほどまで本を読んでいた店員がこちらに気付いたのか、本に栞を挟んで立ち上がった。店の風貌の割に若そうな男で、一昔前の書生のような雰囲気がある。シャツに袴の書生スタイルがよく似合いそうな男に、目を奪われてしまった。つまるところ一目惚れである。
荒ぶる心を落ち着けるように響く会計の声は落ち着いていて、聞き心地がいい。ふわふわと優しく耳に入ってくる低音に、この短時間で惚れ直しそうになった。
本を一冊買うだけの会計だ。すぐに終わってしまった。けれど、もっと彼と過ごしてみたい。そう思った。それで、この時代にはそぐわない古典的なナンパを仕掛けた。
「あの、連絡先教えてくれませんか。」
下手を打てば不審者だ。けれど、これが限界だった。
店員はきょとんとしている。
その数秒後、温かく程よい秋の風が店内の空気をさらっていった。清々しくなった店内、彼の顔は秋の山のような色をしていた。

秋恋

10/9/2025, 7:50:16 AM

腹部に強い衝撃が走って、それから少し遅れて鈍い痛みが襲ってくる。何度も繰り返し振り下ろされる拳に耐えきれなかった僕は、胃の中のものを全部吐き戻してうずくまった。
彼と僕は、親友以上恋人未満のような曖昧な関係を保っていた。どちらかが踏み込めば崩れてしまいそうなほど脆くて、けれど他の誰が入ろうとしたって入れない固い縁。僕らを繋ぐ糸があるとしたら、赤なんて綺麗な色じゃなくて、どす黒く濁って相手を縛って離れないような醜いものだろう。でも、それを僕達は望んでいた。
今日もまた彼を怒らせてしまった。他の人と話すなと言われたのに話してしまったから。痛みで涙が滲んでくる。手酷い暴力を振るわれて、その後で甘やかすように抱きしめられる。いつものパターンで、僕はそれに安心した。どれだけ痛くても、血が出ても、腹の中身をぶち撒けても、ご褒美みたいにぎゅっと抱きしめられれば全て許せた。
だけど、ある日。彼は他の人を殴っていた。僕だけのものだった痛みを、他の人間が知った。それは、僕を激昂させるには十分だった。
見たこともないほど怯えて震える彼を縛り上げ、そのまま胸ぐらを掴んで引き寄せる。怖がらせないように笑ったのに、なぜかもっと怯えられてしまった。
僕は彼みたいに力が強いわけじゃないから、暴力なんて振るえない。だから、態度で躾けることにした。丸一日無視し続けた翌日は目一杯可愛がってみた。ぐちゃぐちゃになった僕の心を丁寧に解いて、出てきた感情を強く強く彼にぶつける。一ヶ月もする頃には、彼はすっかり反省したみたいだった。
彼を僕の部屋に繋いでいた鎖を解くと、彼はすっと立ち上がって僕を蹴り倒す。久しぶりに感じる痛みに、僕は思わず口角が上がった。体温も上がった気がする。きっと、頬は上気していたのだろう。
これまでで一番、酷い暴力だった。足かどこかの骨が折れる音がしたのに、どこが折れたのか分からないほど全身が激痛に襲われていた。でも、幸福だった。彼からこれほどの痛みを与えられるのは僕だけなのだ。世間から見たら異常でも、僕にはこれが不器用な彼の愛情表現のように思えて愛しかった。
僕らの関係はきっと醜くて、けれど何より美しいものだ。言葉と態度で彼を縛り付けることしかできない僕と、暴力でしか相手を愛せない彼。そして、それを受け止められるのはお互いだけ。
痛くて歪で気持ちの悪いこの関係を、僕らは愛と名付けていた。

テーマ:愛する、それ故に

10/8/2025, 8:06:55 AM

ダン、と派手に火薬が爆ぜる音を立てて、ここ数日ですっかり慣れ親しんでしまった元非日常な武器が鉛玉を放つ。某国某所で突如発生した生ける屍、俗称ゾンビが街を闊歩するようになったのも、ここ数日のことだった。
「ほら兄さん!早くしないと逃げらんないじゃん!」
僕は屈んで何かをしている双子の兄の首根っこを掴んで、引きずるように近場の隠れ家に逃げ込んだ。皆疑心暗鬼になっているのか、人の密集する大衆シェルターには自称警備員が現れ、入るために何かしら物資が持っていかれるようになってしまった。2人だけでもカツカツだった僕らは、そこへは逃げ込めない。だからこうして、外の適当な洞穴や森の奥の廃墟を拠点としていた。
「今日は……お、あのゾンビの持ってた鞄、結構色々入ってんじゃん!」
前なら他人の鞄を勝手に漁ったりなんてしなかったが、命がかかっているのだ。そうも言っていられない。ゾンビとなって息絶えた誰かの持ち物で、僕らが命をつなぐ。今はそうしないと生きていけない。
「あれ、これもう弾切れになってる……」
パニックが起こった初期の頃、鎮圧のため出動し未知の敵に散っていった軍人達。僕の武器は、そんな彼らから拝借した銃火器だった。初めこそ扱いに困ったが、毎日数十から数百のゾンビを撃ち抜いていれば嫌でも慣れる。今ではリロードも何もかもがお手の物だった。
「明日また弾薬取ってこなきゃか。」
後ろで兄が食事を取っている音が聞こえる。僕が銃に慣れなかった頃と同じ時期、兄さんは食事を嫌がって大暴れしていた。僕がせっかく外から回収してきても、泣き喚くばかりで口を付けようとしなかった。でも、数週間経つ頃には空腹が限界だったのか、呻き声を上げながら食べていた。
「ふふ、それ美味しい?昨日のは固そうだったから、今日はもっと柔らかそうなのにしたんだ。」
ガシャガシャと金属の擦れる音がする。どうやら食べ終わったらしい。僕はくるりと振り向き、兄さんの頬を軽く撫でる。
「あ、こら。僕は噛んじゃだめって言ったでしょ。」
意味の無い母音を叫びながら噛みつこうとしてくる兄さんの口に、大型犬用の口輪を嵌める。足元には、兄さんが食い散らかした若い女の子の腕が転がっていた。
「もー、綺麗に食べてって言ったのに〜……」
それを適当に拾って外に放り投げ、兄さんに手枷と足枷を着けて縛り付けた。
「明日外に出るから、その時はまた今日みたいにおんぶしてあげるね。」
相変わらず吠えている兄さんの頭を撫で、僕は冷たくなった兄さんの体温を感じながら眠りについた。
外はゾンビの呻き声と逃げ惑う人々の悲鳴で随分騒がしい。けれど、僕の耳には兄さんと過ごす静かな静寂の空間しか耳に入らない。たまに兄さんが呻くが、それすら愛おしい静寂の一部になり得た。
僕は狂ってしまったのか、あるいは初めから狂っていたのか分からない。でも、兄さんが今は僕だけのものである現実だけで、僕の心は静かに凪いでいた。

テーマ:静寂の中心で

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