ダン、と派手に火薬が爆ぜる音を立てて、ここ数日ですっかり慣れ親しんでしまった元非日常な武器が鉛玉を放つ。某国某所で突如発生した生ける屍、俗称ゾンビが街を闊歩するようになったのも、ここ数日のことだった。
「ほら兄さん!早くしないと逃げらんないじゃん!」
僕は屈んで何かをしている双子の兄の首根っこを掴んで、引きずるように近場の隠れ家に逃げ込んだ。皆疑心暗鬼になっているのか、人の密集する大衆シェルターには自称警備員が現れ、入るために何かしら物資が持っていかれるようになってしまった。2人だけでもカツカツだった僕らは、そこへは逃げ込めない。だからこうして、外の適当な洞穴や森の奥の廃墟を拠点としていた。
「今日は……お、あのゾンビの持ってた鞄、結構色々入ってんじゃん!」
前なら他人の鞄を勝手に漁ったりなんてしなかったが、命がかかっているのだ。そうも言っていられない。ゾンビとなって息絶えた誰かの持ち物で、僕らが命をつなぐ。今はそうしないと生きていけない。
「あれ、これもう弾切れになってる……」
パニックが起こった初期の頃、鎮圧のため出動し未知の敵に散っていった軍人達。僕の武器は、そんな彼らから拝借した銃火器だった。初めこそ扱いに困ったが、毎日数十から数百のゾンビを撃ち抜いていれば嫌でも慣れる。今ではリロードも何もかもがお手の物だった。
「明日また弾薬取ってこなきゃか。」
後ろで兄が食事を取っている音が聞こえる。僕が銃に慣れなかった頃と同じ時期、兄さんは食事を嫌がって大暴れしていた。僕がせっかく外から回収してきても、泣き喚くばかりで口を付けようとしなかった。でも、数週間経つ頃には空腹が限界だったのか、呻き声を上げながら食べていた。
「ふふ、それ美味しい?昨日のは固そうだったから、今日はもっと柔らかそうなのにしたんだ。」
ガシャガシャと金属の擦れる音がする。どうやら食べ終わったらしい。僕はくるりと振り向き、兄さんの頬を軽く撫でる。
「あ、こら。僕は噛んじゃだめって言ったでしょ。」
意味の無い母音を叫びながら噛みつこうとしてくる兄さんの口に、大型犬用の口輪を嵌める。足元には、兄さんが食い散らかした若い女の子の腕が転がっていた。
「もー、綺麗に食べてって言ったのに〜……」
それを適当に拾って外に放り投げ、兄さんに手枷と足枷を着けて縛り付けた。
「明日外に出るから、その時はまた今日みたいにおんぶしてあげるね。」
相変わらず吠えている兄さんの頭を撫で、僕は冷たくなった兄さんの体温を感じながら眠りについた。
外はゾンビの呻き声と逃げ惑う人々の悲鳴で随分騒がしい。けれど、僕の耳には兄さんと過ごす静かな静寂の空間しか耳に入らない。たまに兄さんが呻くが、それすら愛おしい静寂の一部になり得た。
僕は狂ってしまったのか、あるいは初めから狂っていたのか分からない。でも、兄さんが今は僕だけのものである現実だけで、僕の心は静かに凪いでいた。
テーマ:静寂の中心で
10/8/2025, 8:06:55 AM