腹部に強い衝撃が走って、それから少し遅れて鈍い痛みが襲ってくる。何度も繰り返し振り下ろされる拳に耐えきれなかった僕は、胃の中のものを全部吐き戻してうずくまった。
彼と僕は、親友以上恋人未満のような曖昧な関係を保っていた。どちらかが踏み込めば崩れてしまいそうなほど脆くて、けれど他の誰が入ろうとしたって入れない固い縁。僕らを繋ぐ糸があるとしたら、赤なんて綺麗な色じゃなくて、どす黒く濁って相手を縛って離れないような醜いものだろう。でも、それを僕達は望んでいた。
今日もまた彼を怒らせてしまった。他の人と話すなと言われたのに話してしまったから。痛みで涙が滲んでくる。手酷い暴力を振るわれて、その後で甘やかすように抱きしめられる。いつものパターンで、僕はそれに安心した。どれだけ痛くても、血が出ても、腹の中身をぶち撒けても、ご褒美みたいにぎゅっと抱きしめられれば全て許せた。
だけど、ある日。彼は他の人を殴っていた。僕だけのものだった痛みを、他の人間が知った。それは、僕を激昂させるには十分だった。
見たこともないほど怯えて震える彼を縛り上げ、そのまま胸ぐらを掴んで引き寄せる。怖がらせないように笑ったのに、なぜかもっと怯えられてしまった。
僕は彼みたいに力が強いわけじゃないから、暴力なんて振るえない。だから、態度で躾けることにした。丸一日無視し続けた翌日は目一杯可愛がってみた。ぐちゃぐちゃになった僕の心を丁寧に解いて、出てきた感情を強く強く彼にぶつける。一ヶ月もする頃には、彼はすっかり反省したみたいだった。
彼を僕の部屋に繋いでいた鎖を解くと、彼はすっと立ち上がって僕を蹴り倒す。久しぶりに感じる痛みに、僕は思わず口角が上がった。体温も上がった気がする。きっと、頬は上気していたのだろう。
これまでで一番、酷い暴力だった。足かどこかの骨が折れる音がしたのに、どこが折れたのか分からないほど全身が激痛に襲われていた。でも、幸福だった。彼からこれほどの痛みを与えられるのは僕だけなのだ。世間から見たら異常でも、僕にはこれが不器用な彼の愛情表現のように思えて愛しかった。
僕らの関係はきっと醜くて、けれど何より美しいものだ。言葉と態度で彼を縛り付けることしかできない僕と、暴力でしか相手を愛せない彼。そして、それを受け止められるのはお互いだけ。
痛くて歪で気持ちの悪いこの関係を、僕らは愛と名付けていた。
テーマ:愛する、それ故に
10/9/2025, 7:50:16 AM